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aozora_Chiri-1955-7のコンテキスト表示

title Ainu shuukyoo seiritsu no shiteki haikei
author Chiri, Mashiho
date 1955
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/001540/card53899.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1アイヌ宗教成立の史的背景
 2知里真志保
 3座長 ( 小林高四郎 )
 4では 知里さん に お願い し ます 。
 5知里 ( 真志保 )
 6私 は はじめ 、 言語 から 見 た いわゆる 貞操帯 の 起源 、 という よう な 演題 で お話 し よう か と 思い 、 いささか 資料 も 準備 し て 来 た の で あり ます が 、 はからずも 先刻 に 河野広道氏 が その 問題 に ふれ られ 、 ご親切 に も 私 の 持参 し た 新資料 ― 樺太アイヌ の チャハチャンキ ( chax-chanki ) まで も 自発的 に 紹介 の 労 を とっ て 下さっ た ので 、 その 問題 は 一応 ひっこめる こと に いたし ます 。
 7貞操帯 に関する 論議 は なかなか デリケート な 点 に も ふれ なけれ ば なり ませ ん し 、 かたがた 病床 から 起きだし て 来 た ばかり の 私 にとって は その よう な よけい な 神経 を 使う の は いささか 重荷 で も あり ます ので 、 ここ で は アイヌ に 存在 し た 呪術的仮装舞踊劇 の こと を お話 し て 、 神話 の 起源 に ふれ 、 神 の 観念 の 形成 さ れる 史的背景 を 明らか に し 、 さいきん 問題 に なっ て いる イオル や パセオンカミ の 問題 に も ふれ て み たい と 存じ ます 。
 8一 アイヌ社会 に於ける 呪術的演劇 の 存在
 9アイヌ の 社会 に於て は 、 他 の 未開社会 の 場合 と 同様 に 、 呪術 という もの が 非常 に 大きな 働き を 演じ て いる の で あり ます 。
 10たとえば 、 彼等 が 山 で マイタケ を 見つけ た と いたし ます 。
 11マイタケ の こと を 樺太 で は “ イソ・カルシ ” ( iso-karus ) と 云い 、 北海道 で は “ ユク・カルシ ” ( yuk-karus ) と 云い 、 いずれ も “ 熊きのこ ” の 意味 で あり ます が 、 樺太 の 白浦 で は 、 この “ きのこ ” の 生いかけ を 見 たら 、 棒切れ で その 廻り の 地面 に 大きな 輪 を 描い た と 云い ます 。
 12それ ほど 大きく なれ といった よう な 意味 で あり ましょ う 。
 13秋 に なっ て この “ きのこ ” を 取る 時 は 、 必ず 、 まず 槍 を 構え て 、 掛声 もろとも 突き出す まね を し て から 取っ た と 言い ます 。
 14あいにく 槍 を 持ちあわさ ぬ 時 は 、 手頃 の 木 を 切っ て 槍 の よう な もの を 作り 、 それ で 突く まね を し て から 取っ た と 云い ます 。
 15つまり 熊 を 取る 時 と 同じ よう な 気持ち だっ た と 見 られる の で あり ます 。
 16北見 の 美幌 で は 、 この “ きのこ ” を 見つける と 、 熊 を 取っ た 時 の よう に 、 男 は 「 フォー 、 フォー 」 と 高らか に とき の 声 を あげ ながら その 廻り を 踏舞 し 、 女 は 「 オノンノ 、 オノンノ 」 と 歌い ながら 踊っ た という こと で あり ます 。
 17釧路 の 塘路 で は 、 この “ きのこ ” を 見つける と 、 男 なら 陣羽織 、 女 なら 楡皮製 の 厚司 の 着物 を 着 て 、 その まわり を 踊り 、 それ を 脱い で 、 「 取っかえ よう 、 取っかえ よう 」 と 言っ て 、 おじぎ し ながら 取っ た と 言い ます 。
 18もう 一 つ 例 を あげ ます と 、 胆振 の 幌別 で は 、 山 へ 薪 を 取り に 行っ て 、 二 本 の 木 が 両方 から 寄っ て からみ 合っ て いる の を 見つける と 、 男女 が 取っ組み 合っ た まま 、 その まわり を 六 回 まわっ て から 、 それ を 切り倒し た という こと で あり ます 。
 19これら は 単純 な 呪術 の 例 の よう に 見える の で あり ます が 、 実は アイヌ の 社会 に 古く 存在 し た 呪術的仮装舞踊劇 の 零落 し た 姿 な の で あり ます 。
 20その よう な 呪術的仮装舞踊劇 の 一 つ の 例 として 、 ここ に 難産 の 際 に 演じ られ た 呪術的演劇 を 挙げる こと が でき ます 。
 21二 難産 の 際 に 行わ れ た 呪術的演劇
 22樺太 で は 、 難産 の 際 、 一人 の 男 が 犬 の 食器 の 先 に “ イナウ ” ( inaw 木 の 幣 ) を つけ た もの を 手 に 持っ て 産婦 の 家 の 外 に 立ち 、 戸 を 細目 に 開け て 、 次 の よう に 言う の で あり ます 。
 23「 私 の 孫 が 難産 で 苦しん で いる のに 、 なぜ 早く 私 に 知らせ て くれ なかっ た の ?
 24私 が 来 た から に は 、 すぐ 産み ます よ ! 」
 25すると 、 炉ばた から 一人 の 男 が 立っ て 行っ て 、
 26「 ほんと に 俺 が 悪かっ た よ 、
 27近所 に お前 が 居る のに 、 それ を すっかり 忘れ て 、 早く 知らせ も し なかっ た 、
 28ほんと に 俺 が 悪かっ た 」
 29そう 言い ながら 、 戸 を がらり と いっぱい に 開け て 戸外 に 飛びだし ます 。
 30すると 、 まもなく 、 赤ん坊 は 安らか に 呱々 の 声 を あげ て 生れる もの だっ た という こと で あり ます 。
 31ところで 、 最初 の 男 が 手 に 持っ た 犬 の 食器 という の は 、 幅 約26 センチ 、 長さ 約2 メートル 60 センチ の 、 丸太 を 二 つ割 に し て 手彫 し た 舟型 の 木器 で あり ます 。
 32最初 の 男 が これ を 手 に し た の は 、 もちろん 犬 に 扮する ため で あり 、 犬 に 扮する の は 、 犬 は 産 の 軽い 動物 で ある から 、 それ に あやかる ため で あり ます 。
 33つまり 、 犬 の 孫娘 と あれ ば 、 お産 も 軽く て すむ 筈 だ から で あり ます 。
 34また 、 第二 の 男 が 、 細め に 開け て あっ た 戸 を いっぱい に 開い て 戸外 に 飛出し た の は 、 アイヌ語 で 子宮 を “ ポ・アパ ( po-apa 子 の ・ 戸口 ) と 呼ん で いる こと で も 知れる 通り 、 お産 とは 、 赤ん坊 が その いわゆる “ 子 の 戸口 ” の 戸 を 押し開け て 出 て 来る こと だ と 考え て い た から に 他なら ない の で あり ます 。
 35この よう な 、 いわゆる 模倣呪術 に もとづく 原始的 な 演劇 が 、 古く 風鎮め の 呪法 として も 行わ れ て い た こと は 、 江戸時代 の 文献 が 、 明らか に それ を 伝え て いる の で あり ます 。
 36三 風鎮め の 呪法 として の 演劇
 37『 津軽紀聞 』 という 本 が あっ て 、 高倉新一郎氏 によれば それ は 今 から およそ 二百 年 近く も 前 の 、 宝暦 8 年 ( 西紀 1758 ) の 著述 と 推定 さ れる もの で あり ます が 、 その 本 の 上巻 に 、 松前蝦夷地 の 風俗 の 聞書 として 、 “ 日和もふし ” という 行事 の 記事 が 見え て おり ます 。
 38“ 日和申し ” とは 、 天気願い の 意味 で あり ます が 、 それ に は 次 の よう に 書い て あり ます 。
 39「 彼地 風雨 しげく 、 海上 波 荒れ て 、 久しく 漁猟 なり がたく 、 舟 の 渡海 も なり かたき 時 は 、 所 の 者 を 雇い て 、 日和申し を する 。 まづ 、 人数 四五十 人 も 雇い て 、 一方 へ 四五十 人 づつ 、 両方 へ 立ち分れ 、 さて 合図 を以て 、 双方 より 、 相互 に 銘々 鞭 を もつ て 、 眼鼻 も わかた ず 、 はげしく 打ち あう こと 、 しばらく あつ て 、 後 、 東風 を 祈る 時 は 、 西方 の 者ども 負け て 引しりぞく を 、 東 の 方 から 追いくずす 。 北風 を 祈る 時 は 、 南北 に 立ち分れ 、 南 の 方 の 者ども 、 負け て 引退く を 、 北 に 立ち たる 者ども 、 これ を 追い まわる 。 晴天 ばかり を 祈り て 、 風 を 望む こと なれ ば 、 惣勢 一所 に 集まり て 、 天 を 拝し て 去る 。 予 が 知り たる 人 、 彼地 へ 渡り し 事 あり て 、 久しく 日和 悪しく 難儀 せ し に 、 この 時 すすめ し 事 あり て 、 執行 せ し に 、 忽ち に 、 よき 追風 を 得 て 、 古郷 へ 帰り し と 聞く 。 この 時 、 自然 と 追風 を 得 て 然るにや 、 但し 又 、 件 の 事 を とり行い し 故 に や 、 計り がたし 」 と 、 いう の で あり ます 。
 40文献 に は 、 風鎮め の 呪法 として 記録 さ れ て いる に すぎ ない 、 この よう な 呪術的演劇 が 、 本来 は 、 古く 、 お祭 の 際 に 演じ られ て いる 習い で あっ た 、 原始的 な 仮装舞踊劇 と 密接 な 関係 に 立つ もの な の で あり ます 。
 41その こと は 、 現実 の 祭儀 が 、 それ を 示し て いる の で あり ます 。
 42即ち 、 北海道 の 西南部 、 胆振国 山越郡 八雲地方 で は 、 明治 に なっ て から でも 、 鮭漁 に関する 風鎮め の お祭 に於て 、 その よう な 仮装舞踊劇 が 演じ られ て い た こと を 、 土地 の 故老 は 記憶 し て いる の で あり ます 。
 43四 風鎮め の 祭儀 と 仮装舞踊劇
 44胆振国 山越郡 八雲地方 で は 、 秋 に なっ て 毎日 東風 が 吹き荒れ 、 その ため に ユーラップ川 に 鮭 が 入っ て 来 ない 時 に は 、 コタン の 人々 が 川口 の 浜辺 に 集っ て 、 そこ に “ ヌサ・サン ” ( nusa-san 幣棚 = 祭壇 ) を 設け 、 盛大 な お祭 を 行っ て 、 風 が 早く 凪い で 鮭 が 川 に 入っ て 来る こと が 出来る ように と 、 神々 に 祈願 を こめ まし た 。
 45それ を “ ペウレチェプ・エカノク・イノミ ” ( pewrechep-ekanok-inomi 走り の 鮭 を ・ 迎える ・ 祭 ) と 申し まし た 。
 46その 際 、 祈願 が 終る と 、 コタン の 若者 の 中 から 、 四 人 の 者 を 選び 、 東 、 西 、 南 、 北 の 風 の 神 に 扮装 さ せ ます 。
 47その 際 、 西風 、 南風 、 北風 の 三 神 は 、 善神 で ある から 、 よい 着物 と よい 礼帽 を つけ させ ます 。
 48また 、 東風 は 、 悪い 神 な ので 、 やぶれ た 着物 を 着 せ 、 髪 を おどろ に ふり乱さ せ て 、 やぶれ た 古い 礼帽 を つけ させ ます 。
 49最初 に この ぼろ の 着物 を 身につけ た 東風 の 神 が 、 舞い ながら 祭場 に 出 て 来 ます 。
 50やがて 、 美しい 衣裳 を つけ た 、 他 の 風 の 神達 も 、 それぞれ の 方角 から 、 舞い ながら 出 て き ます 。
 51東風 の 神 は 人々 の 間 を はねまわり 、 砂 を かけ 、 水 を かけ 、 あらゆる 乱暴狼藉 を はたらき ます 。
 52それ を 見る と 、 他 の 風 の 神達 は 東風 の 神 を 追いかけ 、 とりかこみ 、 水際 に 追いつめ て 、 遂に は 、 海中 に 追いこみ ます 。
 53彼 は 着物 を びしょぬれ に し ながら 海中 を 逃げまわり 、 最後 に 岸 に 這い上っ て 、 他 の 風 の 神達 や 会衆 の 前 に ひれ伏し て 、 「 もう 決して 乱暴 は いたし ませ ん から 許し て 下さい 」 と 陳謝 いたし ます 。
 54それで 、 この お祭 は 終る の で あり ます 。
 55漁撈 に関して 行わ れ た この よう な 風鎮め の 祭 は 、 古く は 酋長 たる シャーマン が 祭主 と なっ て とり行わ れ た もの で あり 、 その 際 に 演じ られる 習い で あっ た 風 の 神 退治 の 演劇 は 、 さらに 古く は 祭主 たる シャーマン の 妹 と 称せ られる 女 の シャーマン ( 巫女 ) が 、 風 の 神 の 役割 を 演じ 、 祭主 たる シャーマン が それ を 退治 する 趣向 の 仮装舞踊劇 で あっ た らしく 、 風 の 神 退治 の 神話 が それ を 示し て おり ます 。
 56その よう な 神話 は 各地 に 数多く 伝え られ て いる の で あり ます 。
 57が 、 ここ に は 日高国 沙流郡 新平賀村 で “ ペネクマカ 、 ヘ ※ ( 半濁点付き片仮名 ツ 、 1-5-93 ) イ ※ ( 半濁点付き片仮名 ツ 、 1-5-93 ) イ ” という 折返し を以て 歌わ れ て い た もの を 紹介 し て おこ う と 思い ます 。
 58歌う 主人公 は 北風 の 女神 で あり ます 。
 59「 ペネクマカ 、 ヘ ※ ( 半濁点付き片仮名 ツ 、 1-5-93 ) イ ※ ( 半濁点付き片仮名 ツ 、 1-5-93 ) イ ( この 折返し は 以下 各節 の 冒頭 に くりかえさ れる の で ある が 今 は 省く )
 60柔かい 絹 の 冠りもの 、 柔かい 絹 の 手ぶくろ 、 一揃 わが 身 に つけ て 、 わ が 領有 する 高嶺 、 高嶺 の 東 、 われ そこ へ 立ち 廻っ て 、 幾十 となく 、 幾百 となく 、 踏舞 の 足跡 を 、 われ は 次 から 次 と つけ て いっ た 。
 61それ と共に 美しい 凪 が 眼前 に 打ひらけ て 、 オキクルミ ・ サマイウンクル 一人乗 で 沖漁 に 出 て 来 た 。
 62ぼろ の 冠りもの 、 ぼろ の 手ぶくろ 一揃 、 われ は 身につけ て わ が 領有 する 高嶺高嶺 の 西 、 われ そこ へ 立ち 廻っ て 、 幾十 となく 幾百 となく 踏舞 の 足跡 を 次 から 次 へ と われ は つけ て 行っ た 。
 63海面 一帯 はたはた と 騒ぎ立ち 底 の 海 、 上 に なり 、 上 の 海 、 底 へ 落ちこむ か の よう に 見え た 。
 64それから オキクルミ は 、 大浪 の 谷底 へ 追い落さ れ 漕ぎ つづけ て 行く うち に 、 手 の おもて から 手 の うら から 、 夥しい 血まめ が 見る見る ぶらさがっ て いく 。
 65サマイウンクル は 力尽き て 死ん だ 。
 66オキクルミ は 、 ただ 一人 に なっ て 漕ぎ つづけ て 行っ た あげく 、 手廻 の 品々 を 入れ て ある 袋 の 中 を 手さぐり手さぐり し て 、 イケマ の 小弓 、 イケマ の 小矢 を 前 に とりだし 、 大空 の おもて を にらみにらみ 、 ひょう と 射はなっ た 。
 67よもや そんな こと が あろ う と は 思い設け なかっ た のに 、 全く 突然 わが 手 さっと しびれわたり 、 わが 片手 ぽっきり と 折れ た 。
 68けれども 、 わが 片手 を われ 振りあげ振りあげ 、 幾千 幾百 となく 、 踏舞 の 足跡 を われ は 重ねて 踊っ た 。
 69すると 、 やがて またもや オキクルミ は 、 大空 の おもて を にらみにらみ 、 イケマ の 小矢 を 射はなっ た 。
 70またもや わが 片手 ぽきり と 折れ た 。
 71それでも 、 わが 胴体 だけ で 踊り つづけ 跳ね つづけ て い た 。
 72またもや 大空 を オキクルミ は 、 にらみにらみ 、 ひょう と 射はなっ た 。
 73わが 片目 を 、 イケマ の 小矢 が 射ぬい た 。
 74またもや 射はなっ た 。
 75わが 片目 へ ずぶり と 立っ た 。
 76その ため に われ は 死ん だ の だ から 、 今 いる 風 の 魔神たち よ 決して その よう な 振舞 は せ ぬ が よい ぞ や ! 」
 77この 神謡 は 、 北風 の 女神 が 悪い 風 を 吹か せ て 、 人間 を 苦しめ 、 その ため に 人間 の 祖神 オキクルミ に 罰せ られる いきさつ を 、 北風 の 女風 が 、 “ 自ら の 体験 を 語っ た ” という 形式 で 述べ た 物語 で あり ます 。
 78神謡 は 多く 何某神 が “ 自ら の 体験 を 語っ た ” という 文句 で 結ば れ て い ます が 、 その 原語 は “ ヤイェユカル ” ( yay-e-yukar ) で 、 “ 自分 ・ について ・ まねる ” “ 自分 の 体験 を 演技 する ” “ 自分 の 体験 を 所作 で 表わす ” という こと で あり ます 。
 79神謡 は 、 もと 祭儀 の 際 に 現実 に 演じ られ た 演劇 の 詞章 で あっ た こと は 、 その 点 から も 明らか で あり ます 。
 80しかも 、 オキクルミ という の は 、 古い 社会 に於ける シャーマン たる 酋長 だっ た と 考え られ ます ので 、 この 神様 は 、 もともと 、 その よう な シャーマン酋長 の 司祭 する 風鎮め の 祭儀 に於て 演じ られ た 仮装舞踊劇 の 詞章 で あり 、 その よう な 仮装舞踊劇 に於て は 、 前 に も 述べ た よう に 、 祭主 たる シャーマン の 妹 と 称せ られる 巫女 が 、 風 の 神 の 役 を 演じ 、 祭主 たる シャーマン が それ を 退治 する 役割 を 演じる 趣向 の もの で あっ た こと が 、 想像 さ れる の で あり ます 。
 81“ ペネクマカ 、 ペ ※ ( 半濁点付き片仮名 ツ 、 1-5-93 ) イ ※ ( 半濁点付き片仮名 ツ 、 1-5-93 ) イ ” ( penekuma-ka-pe-tuytuy ) という この 神話 の 折返し は 、 「 びっしょり 濡れ た 魚 乾し 竿 の 上 から 水 が 垂れ落ちる 、 垂れ落ちる 」 という 意味 に 解せ られ 、 ぼろぼろ の 服装 を 身につけ て 風 の 神 に 扮し た 者 の 、 水 を まい て 盛ん に 暴れ廻っ て いる 光景 を 、 さながら に 示し て いる もの と 考え られる もの で あり ます 。
 82五 熊祭 と 仮装舞踊劇
 83アイヌ民族 の 最大 の 祭典 で ある 熊祭 に於て も 、 古く は その よう な 仮装舞踊劇 が 行わ れ た こと について は 、 その 際 の 詞章 で あっ た と 考え られる 神謡 の 形式 や 内容 の 検討 から も 、 その 神謡 から 発達 し た と 考え られる 「 ウエペケレ 」 と 呼ぶ 散文 の 物語 の 内容 から も 、 また そういう 神謡 や 物語 に 示さ れ て いる 神々 の 生活 に関する アイヌ の 観念 の 分析 から も 、 現実 の 熊祭 の 周到 な 観察 や 、 その 際 に 歌わ れる 踊り歌 の 意味 の 探求 から も 、 或は 子供 の 間 に 行わ れる 遊戯 の 観察 から も 、 たやすく 察する こと が 出来る の で あり ます 。
 84ところで 、 それ を 述べる 前 に 、 熊祭 とは 一体 、 何 で あっ た か 、 という こと について 、 ちよっと [ # 「 ちよっと 」 は ママ ] 触れ て おき たい と 思い ます 。
 85アイヌ は 、 古く から 、 漁撈 と 狩猟 と で 暮し て き た 民族 で あり ます 。
 86彼等 は 、 春 から 秋 まで は 、 水辺 に いわゆる 夏 の 家 を 建て て 魚 を 取っ て 暮し 、 秋 の 末 に 山の手 の いわゆる 冬 の 家 に 引き移っ て 、 山狩 を 行い ます 。
 87冬 は 彼等 にとって 山狩 の 季節 な の で あり ます 。
 88それで その 季節 の 初め に 、 盛大 な 祭 を 行っ て 、 山 の 神 に 山 の 幸 を 授け て くれる よう に 祈る の が 、 この 熊祭 の 本来 の 意義 だっ た の で あり ます 。
 89すなわち 、 冬 に なっ て 山入り の 時 が 近づく と 、 あらかじめ 猟運 を 確保 する ため に いわゆる 幸先 を 祝っ て 、 熊祭 なる もの を 行っ た の で あり ます が 、 その 際 、 前 に 述べ た よう な 仮装舞踊劇 が 演じ られ た の で あり ます 。
 90即ち 、 狩 の 獲物 で ある 熊 、 つまり それ が 山 の 神 な の で あり ます が 、 シャーマン の 一人 が それ に 扮し て 人間 に 殺さ れる よう な 演技 を する の で あり ます 。
 91神謡 の 述べる ところ によれば 、 彼 は 屋内 の 壁際 に かけ て あっ た 熊 の 皮 を 頭 から かぶる と 、 彼 は 忽ち 熊 に なり 、 熊 の 鳴声 を し て 、 “ フウェー 、 フウェー ” とか 或は “ オウェー 、 ウェー ” とか いい ながら 、 場内 に 現われ て 舞 を 舞い ます 。
 92その 舞 の 中 で 、 彼 は 、 冬ごもり の 穴 から 出 て 来 た 熊 が 山 を 彷徨 し て いる うち に 人間 の 狩人 に 会っ て その 手 に 討取ら れる に 至る 経緯 ―― それ を 神 が 天国 なる 自分 の 家 を 出 て 肉 を 手土産 に 人間 の 里 を 訪れ 、 気に入っ た 者 を 見付け て その 者 の 許 へ “ お客さん と なる ” という ふう に 所作 で 表わす と同時に 、 その 所作 の 一 つ 一 つ を 言葉 に 表わし て 歌う の で あり ます 。
 93それ が 山 の 神 が 、 “ 自ら の 体験 を 語っ た ” という 形式 で 歌わ れる 神謡 と なり 、 “ ウェー 、 ウェー ” とか 、 “ オウェー 、 ウェー 、 フムフム ” とか 言う 折返し をもって 各地 に 歌わ れ て いる の で あり ます 。
 94或は その よう な 神謡 から 発達 し た 散文 の 物語 も 数多く 伝え られ て いる の で あり ます 。
 95それら の 神謡 や 散文 の 物語 に 数多く 接し て いる と 、 熊祭 の 行事 の 一 つ 一 つ が どのような 観念 の もと に 行わ れる か 、 という こと を 内側 から まざまざ と 見る こと が 出来る の で あり ます 。
 96また 、 それら の 神謡 や 散文 の 物語 の 中 で は 、 山 の 神 は 壁際 の 衣桁 から 熊 の 毛皮 を とりおろし て 、 それ を 身につける と 忽ち 熊 に なる とか 、 熊 の 肉 は 山 の 神 が 人間 へ 持っ て 来 て くれる お土産 の 食料 で ある とか 、 熊 の 皮 を 脱い で 本来 の 姿 に 返っ た 山 の 神 は 、 熊 の 死体 の 耳 と 耳 と の 間 に 坐っ て 、 人間 の 酋長 の 家 に お客さん と なっ て 歓待 さ れ 、 お土産 を もらっ て 、 又 山 へ 帰っ て 行く とか 、 古代 の 祭 の 片鱗 が そこ に うかがわ れ て 、 まこと に 興味 の 深い もの が ある の で あり ます が 、 ここ で は 申述べる 余裕 が あり ませ ん ので 、 実例 の 紹介 を 割愛 さ せ て いただき ます 。
 97六 訪れる 神 の 観念 と その 史的背景
 98神話 は 人間 の 村 を 訪れる 神々 の 物語 な の で あり ます 。
 99ここ で は 、 その よう な 物語 の 中 に 示さ れ て いる 神々 の 生活 に対する アイヌ の 考え方 を 吟味 し て 、 その よう な 考え方 が 、 どのような 歴史的背景 に於て 形成 さ れ て き た もの で ある か 、 という よう な こと を 明らか に し て み よう と 思い ます 。
 100神々 の 生活 に対する アイヌ の 考え方 は 、 次 の よう に 要約 する こと が でき ます 。
 101( 一 ) 神々 は 、 ふだん 、 その 本国 で は 、 人間 と 全く 同じ 姿 で 、 人間 と ちっとも 変ら ない 生活 を 営ん で い ます 。
 102( 二 ) 神々 は 時 を 定め て 人間 の 村 を 訪れ ます 。
 103( 三 ) その 際 、 神々 は 特別 の 服装 を 身につけ ます 。
 104たとえば 、 山 の 神 ならば 家 の 壁際 の 衣桁 から 熊 の 皮 を 取り下し て 身につける の で あり ます 。
 105( 四 ) それから 、 神々 は 人間 の 村 を 訪れる 時 は 決して 手ぶら で くる など という こと は ない 。
 106山 の 神 ならば 、 みやげ に 熊 の 肉 を 背負っ て 来る の で あり ます 。
 107熊 の 肉 は アイヌ の いう “ カムイ・ハル ” ( kamuy-haru 神 の 持っ て 来る 食糧 ) で あり 、 “ カムイ・ムヤンケ ” ( kamuy-muyanke 神 の 持っ て くる みやげ ) な の で あり ます 。
 108それ で 肥え た 大きな 神 を アイヌ は “ シケカムイ ” ( sike-kamuy [ # 「 sike-kamuy 」 は 底本 で は 「 sike-kanuy 」 ] 荷物 を 背負っ た 神様 ) など と 名づけ て 大いに 尊敬 する の で あり ます 。
 109( 五 ) 山 の 神 は この よう に 熊 の 皮 を 着 て 、 熊 の 肉 を 背負っ て 、 ―― いわば 、 おみやげ の 食糧 で ある 熊 の 肉 を 熊 の 皮 の 風呂敷 に 包ん で 背負っ て ―― 人間 の 村 の 背後 の 山 の 上 に 降り立ち 、 そこ で 人間 の 酋長 の 出迎え を 受け て 、 みやげ の 荷物 で ある 熊 の 肉 の 風呂敷包み を 与え 、 その 本来 の 霊的 な 姿 に 返る の で あり ます 。
 110熊 が 人間 に 狩り殺さ れる こと を 、 “ マラ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ト・ネ ” ( marapto-ne ) “ 賓客 ・ と なる ” と いう の で あり ます が 、 それ は 山 の 神 が 、 はるばる 背負っ て 来 た みやげ の 食糧 で ある 熊 の 肉 を そっくりそのまま 人間 に 与える こと によって 、 ―― すなわち 、 熊 が 死ぬ こと によって 、 ―― 山 の 神 は 熊 の 肉体 から 解放 さ れ 、 その 本来 の 霊的 な 姿 に 立ち返っ て 、 人間 の 酋長 の 家 に “ お客さん と なる ” という 考え方 な の で あり ます 。
 111( 六 ) 人間 の 酋長 の 家 に お客さん と なっ た 山 の 神 は 、 そこ に 数 日間 滞在 し て 飲めや歌え の 大歓待 を 受け ます 。
 112( 七 ) そして 人間 の 酋長 から みやげ の 酒 だの 米 だの 粢(しとぎ) だの 或は 幣 だの を どっさり 頂戴 に 及ん で 、 はるばる 山 の 上 に ある 自分 の 本国 へ 帰っ て 行き ます 。
 113( 八 ) 本国 へ 帰る と 部下 の 神々 を 集め て 、 盛大 な 宴会 を 開い て 人間 の 村 で の 珍しい 見聞談 を 語り聞かせ 、 人間 の 村 から おみやげ に もらっ て 来 た 品々 を 部下 一同 に すそ分け し て 、 神々 の 世界 で の 顔 を 一層 よく する の で あり ます 。
 114以上 が 神々 の 生活 に対する アイヌ の 観念 な の で あり ます が 、 この よう な 特異 な 神 の 観念 は 、 はたして 彼等 の 空想 が 産み出し た もの に すぎ ない の でありましょう か 。
 115否 、 そこ に は 古い 過去 の 社会 に於ける 経験的 な 事実 の 反映 が 見 られる の で あり ます 。
 116先ず 考え られる の は 、 いわゆる “ ウイマム ” ( uymam ) すなわち 異民族 と の 交易 で あり ます 。
 117古く アイヌ が 日本人 或は その 他 の 異民族 と 盛ん に 交易 を 行っ た こと は 、 歴史上 かくれ も ない 事実 で あり ます 。
 118アイヌ の 説話 の 中 に は 、 その よう な 交易 について 述べ た 物語 が たくさん ある の で あり ます 。
 119それ によりますと 、 ( 一 ) アイヌ の 酋長 は 、 ふだん は アイヌ部落 に い て 、 狩猟 なり 漁撈 なり を 営ん で おり ます 。
 120( 二 ) 彼 は 時 を 定め て 和人 の 村 へ 交易 に 出かけ て 行き ます 。
 121( 三 ) その 際 、 彼 は 壁際 の 衣桁 から 晴着 を とり下し て 身につけ ます 。
 122( 四 ) 彼 は その 際 、 かねて 稼ぎ貯め て あっ た 毛皮 その 他 を 背負っ て 行き ます 。
 123( 五 ) 和人 の 村 へ 着い たら 、 背負っ て 行っ た 毛皮 その 他 を “ ムヤンケ ” ( muyanke みやげ ) として 差し出し 、 和人 の 家 に “ お客さん と なる ” の で あり ます 。
 124( 六 ) そして そこ で 数 日 滞在 し 、 飲めや歌え の 大歓待 を 受け ます 。
 125( 七 ) そして 和人 から 米 だの 粢 だの 酒 だの 煙草 だの 、 その 他 いろいろ な 品物 を みやげ に もらっ て 、 はるばる 故郷 の 村 へ 帰っ て 来 ます 。
 126( 八 ) 村 へ 帰る と 、 彼 は 部下 の 人々 を 集め て 盛大 な 宴会 を 開き 、 和人 の 村 で 見聞 し た 珍しい ことども を 語り聞か せ 、 和人 の 村 から おみやげ に もらっ て 来 た 品々 を 一同 に おすそ分け し て 、 人間 の 村 で の 酋長 として の 権威 を 一層 強める の で あり ます 。
 127さき に 述べ た 神々 の 訪れ の 観念 と 、 今 述べ た 日本人 と の 交易 の 事実 と を 仔細 に 比較 し て みる ならば 、 まるで 符節 を 合わせる よう に ぴたりと 一致 する の を 発見 し て 驚く の で あり ます 。
 128これ は 神々 の 観念 の 一部 が 、 異民族 と の 交易 ( 特に 和人 ) という 社会経済史的 な 事実 の 定期的 な 繰返し の 上 に 形成 さ れ た もの で ある こと を 如実 に 物語る もの と 考え られる の で あり ます 。
 129それから 、 もう 一 つ 、 さらに 古く アイヌ の 神 の 観念 の 形成 に 参与 し た 社会史的 な 事実 として 、 シャーマン の 生活 を 取りあげる こと が でき ましょ う 。
 130シャーマン は 、 ( 一 ) ふだん は 部落生活 に於て 、 俗人 と 全く 同様 の 姿 で 、 俗人 と 変ら ぬ 生活 を 営ん で い ます 。
 131( 二 ) しかし 彼 は 祭 の 際 に は 神 として 行動 し ます 。
 132( 三 ) 例えば 、 熊祭 の 際 に は 、 彼 は 壁際 の 衣桁 から 熊 の 皮 を 取り下し て 身につけ ます 。
 133そして 人間 の 村 の 背後 の 山 の 上 に 昔 は あっ た と 考え られる 祭場 に 、 熊 の 姿 で 現われ 、 そこ で 熊 が 人間 の 手 に 扼殺 さ れる まで の 様 を 演じ ます 。
 134( 四 ) 殺さ れ た 後 は 、 当然 熊 の 皮 を 脱い で シャーマン本来 の 姿 に 返り 、 いわゆる 直会(なおらい) の 席 に 列席 し ます 。
 135( 五 ) そして そこ で 数 日 滞在 し て 、 祭 が 終れ ば 再び 俗人 の 生活 に 戻っ て いく の で あり ます 。
 136おそらく 、 今 の アイヌ の 神 の 観念 は 、 その 形成 の 過程 に於て 、 さき に 述べ た 和人交易 と 、 それ から の シャーマン の 生活 が 、 その 基盤 を なし た と 考え られる の で あり ます 。
 137なお 、 日高 の 静内地方 の 熊祭 に於て 、 “ ヘペレ・アイヌ ” ( heper-aynu 熊 の 子 で ある 人間 ) という 奇異 な 行事 が 行わ れ て おり まし た 。
 138檻 の 中 から 縄 を つけ て 引出さ れ た 子熊 が 、 しばし 場内 で 花矢 など に たわむれ た 後 、 締め木 に かけ て 殺さ れ 、 皮 を 剥が れ た 後 、 その 生々しい 血 の したたる 生皮 を 一人 の 男 ―― これ に は 少し ばかり 頭 の 鈍い 男 が 選ば れる ―― が 身 に 纏う て 、 あらためて 熊 の 檻 に 入り 、 子熊 が 引出さ れ て 殺さ れる まで の 経過 を 、 そっくりそのまま 人間 が 熊 に なっ て 演じる の で あり ます 。
 139日高 の 沙流地方 で も 昔 は それ が あり 、 それ を “ アイヌ・ペウレ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ” ( aynu-pewrep 人間 で ある 熊 の 子 ) と 言っ た と いい ます 。
 140樺太 の 太泊 に 、 “ イソ・ヘチリ ” ( iso-hechiri 熊踊り ) と 名づける 子供 の 遊び が あり まし た 。
 141一人 の 少年 が 四つん這い に なっ て 熊 に なり ます 。
 142その 帯 に 長い 綱 を つけ て 左右 に 振り分け 、 二人 の 少年 が 各々 その 一端 を 持っ て 立ち ます 。
 143熊 に なっ た 少年 は 、 四つん這 に なっ た まま 大暴れ に 暴れ ます 。
 144二人 の 少年 は 、 そう さ せ まい と し て 一生懸命 綱 を 引っぱり ます 。
 145熊 に なっ た 少年 は 、 ますます 猛りたち 、 見物人 は それ を 見 て ワハハ と 笑い興じる の で あり ます 。
 146これら の 行事 や 遊戯 は 、 前 に 述べ た マイタケ を とる 際 の 呪術的演劇 と共に 、 かつて 熊祭 の 際 に シャーマン によって 演じ られ た 仮装舞踊劇 の 名残り と 見 られる もの な の で あり ます 。
 147七 古代 の 祭場 ( その 一 )
 148今 の アイヌ は 家 ごと に 戸外 に “ ヌササン ” と 呼ぶ 祭壇 を 持ち 、 そこ で お祭 を 行う の です が 、 古く は 部落共同 の 祭壇 が あっ て 、 そこ で 部落 の 人々 が 共同 で お祭り を 行い まし た 。
 149ところが 、 さらに 古く は 、 神 によって それぞれ 祭壇 を 異 に し 、 山 の 神 の 祭壇 は 山 の 上 に 、 沖 の 神 の 祭壇 は 海 に 臨ん だ 岬 の 上 に あっ た 時代 も あっ た よう で あり ます 。
 150その こと は 山 に関する 伝説 や 、 地名 や 、 現実 の 祭 の 際 に 祈願 の 中 に 折込ん で 行わ れる “ パセ・オンカミ ” ( pase-onkami 重要 な 礼拝 ) と 称せ られる 山 の 神 の 遙拝 や 、 祭 の 際 に シャーマン によって 演じ られ た 仮装舞踊劇 の 詞章 で あっ た ところ の 神謡 や 、 “ ウポポ ” と 称する 踊り の 歌詞 など を 仔細 に 観察 する こと によって 、 察する こと が できる の で あり ます 。
 151先ず 、 伝説 や 地名 について 観察 し て 見 ましょ う 。
 152北海道 の 各地 に 、 アイヌ の 崇拝 の 対象 と なっ て いる 神聖 な 山 が あり 、 それ に は いろいろ 神秘 な 伝説 や 信仰 が 附い て いる の で あり ます 。
 153第一 に 、 その よう な 山 や 丘 に は 、 その 頂 に 、 “ カムイ・ミンタ ※ ( 小書き片仮名ル 、 1-6-92 ) ” ( kamuy-mintar 神々 の 舞い遊ぶ 庭 ) が ある と 伝え られ て いる もの が あり ます 。
 154例えば 、 日高 と 十勝 の 国境 に 聳え て いる ポロシリ岳 が それ で 、 沙流アイヌ の 信仰 によれば 、 この 山 の 頂 に は 神々 の 降り て 舞い遊ぶ 庭 が あり 、 また その 庭 の 傍 に は 、 “ カイカイ・ウン・ト ” ( kaykay-un-to 白波 の 立つ 沼 ) という 神秘 な 沼 が あっ て 、 そこ に は 海 の 鳥 や 魚 や 貝 が 住み 、 コンブ や ワカメ など も どっさり 生え て い て 、 殊に コンブ など は 、 水 の 中 に ある とき は コンブ な の で あり ます が 、 岸 に 寄り上る と たちまち 蛇 に なっ て のたうちまわる と 言わ れ て い ます 。
 155この 山 の 神 は 竜 だ と いわ れ て おり ます が 、 山 の 神秘 を けがさ れる の を 嫌っ て 、 人 が 近づく と 晴れ た 空 で も 忽ち かき曇り 、 物凄い 暴風雨 に なり 、 それ を 冒し て 登っ た 者 は 二 度 と 再び 村 へ 帰る こと が でき ず 、 稀 に 帰る 者 が あっ て も 、 物 に 憑か れ た よう に ぼうっと なっ て い て 、 まもなく 死ぬ か 、 再び 山 へ 入っ て 行方知れず に なっ て しまう と いい ます 。
 156この 山 の 隣 に カムイ・ヌプリ ( kamuy-nupuri “ 神山 ” の 義 ) という 山 が あっ て 、 浦河アイヌ の 伝える ところ によれば 、 この 山 の 頂 に は 石 の 殿堂 が あり 、 その 後 に 海獣 や 海草 の 沼 が あっ て 、 その 沼 の みえる 谷 一 つ 手前 まで は 誰 でも 登れる けれども 、 それ 以上 近づく こと は 禁じ られ て い た と いい ます 。
 157また 、 この 山 に 登っ た とき は 海 の 物 の 名 を 呼ぶ こと は 禁制 に なっ て い て 、 例えば 塩 を “ 灰 ” と 呼び 、 コンブ を “ 葡萄蔓 の 皮 ” と 呼ぶ の で あり ます 。
 158また 外人 や 外来 の もの を 嫌い 、 日本人 を “ 小父さん ” 、 酒 を “ 水 ” と 呼ば なけれ ば なら ない の で あり ます 。
 159樺太 の 東海岸 の トッソ山 の 頂 に も 、 やはり 神々 が 舞い遊ぶ 庭 が あっ た らしく 、 そこ に も 一 つ 沼 が あっ て 、 中 に は 海草 が 茂り 、 海獣 や 海魚 が 住み 、 そこ の 岸辺 に は 、 この世 で 人間 の 使い捨て た 器具 の 類 や 木幣 など が 山 と 寄り上っ て い た という こと で あり ます 。
 160ある 時 、 頭 の 少し 狂っ て いる 男 が 、 そこ へ 登っ て から 帰っ て 来 て の 物語り で 、 はじめて そこ が 神々 に 送っ た 木幣 や 、 人間 の 使い捨て た 器具 の 霊 、 それから 死者 と 一緒 に 墓穴 に 納め た 副葬品 の 霊 など の 帰っ て 行く 所 ―― “ カムイ・イワキ ” ( kamuy-iwak-i 霊 の 帰り住む 所 ) ―― だっ た という こと が 分っ た と いう の で あり ます 。
 161この 男 は それ を 話し て から 、 まもなく 死ん だ という こと です 。
 162鵡川 の 支流 、 穂別川 の 水源 に “ タ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) コ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ” ( tapkop 丸山 ) と 言っ て 、 切り立っ た 一 つ の 小山 が あり 、 その 頂 は 、 “ シノッ・ミンタ ※ ( 小書き片仮名ル 、 1-6-92 ) ” ( sinot-mintar 舞い遊ぶ 庭 ) と 言っ て 、 昔 から そこ に は 神々 が 集っ て 踊っ たり 歌っ たり する 場所 だ と 伝え られ て おり まし た 。
 163昔 、 ある 男 が 、 この “ シノッ・ミンタ ※ ( 小書き片仮名ル 、 1-6-92 ) ” に 上っ て 見る と 、 そこ は 木 も ない きれい な 広場 で あり まし た 。
 164そこ へ 寝そべっ て いる と 、 やがて 夜 に なり 、 どろどろ と 恐しい 音 が し て 、 神々 が 賑やか に 歌っ たり 踊っ たり し まし た 。
 165男 は 神々 に 気づか れ ぬ よう に 、 くら闇 の 中 に じっと 寝 ながら それ を 聞い て いる と 、 蛇 や 蛙 が もそもそ と 懐 の 中 へ 這い込ん で 来 まし た 。
 166それでも じっと し て いる と 、 夜明近く に なっ て 、 頭 の 上 で 神様 の 声 が し て 、 「 シー 、 ピリカ 、 ヘー 、 エコン 、 ルスイ ? 」 「 シー 、 ウェン 、 ヘー 、 エコン 、 ルスイ ? 」 「 シー 、 パエトク 、 ヘー 、 エコン 、 ルスイ ? 」 と 聞い て き まし た 。
 167つまり 、 「 本当 の 美しい 顔 が 欲しい か 」 「 本当 の 醜い 顔 が 欲しい か 」 「 本当 の 雄弁 が 欲しい か 」 という こと な の です 。
 168この 男 は 「 シー 、 ピリカ 、 クコン 、 ルスイ 」 、 すなわち “ 美しい 顔 が 欲しい ” と いう つもり な の が 、 つい 、 うっかり し て 、 「 シー 、 ユカル 、 クコン 、 ルスイ 」 “ 本当 の ユーカル が 欲しい ” と 答え て しまい まし た 。
 169やがて 夜 が 明け て 、 男 が 起き上っ て 見る と 、 自分 の 前 に 神々 が ユーカル を する 時 に 手 に 持っ て 拍子 を 取っ て い た “ レ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ニ ( rep-ni 拍子 を とる 木 ) と 呼ぶ 棒 が おい て あり まし た 。
 170男 は その 棒 を 拾っ て 部落 へ 帰っ て き まし た が 、 元来 ユーカル なぞ 出来 ない 人 だっ た のに 、 それ から 後 は 急 に ユーカル が できる よう に なり 、 “ シー・ユカル・コル・クル ” ( si-yukar-kor-kur 本当 の ユカル の 上手 ) という 名誉 の 名 を 取る よう に なっ た という こと で あり ます 。
 171ところで 、 これら 山上 の 神々 の 舞い遊ぶ 庭 を これら の 伝説 で は “ カムイ・ミンタル ” とか 、 “ シノッ・ミンタル ” とか 、 或は “ カムイ・オ・シノッ・ミンタル ” ( kamuy-o-sinot-mintar 神 が ・ そこ で ・ 舞う ・ 庭 ) とか 言っ て いる の です が 、 それら は もともと 祭場 の 意味 に ほかなら なかっ た の で あり ます 。
 172そこ に 石 の 殿堂 が あっ た など という 伝説 が 生れ た の も 、 それ が 古代 の 祭場 だっ た から だ と 考え て 差支え あり ます まい 。
 173また 、 そこ で 神々 の ユーカル が 演じ られ た という の も 、 ユーカル という もの が 、 もと は シャーマン が 神 に 扮し て 祭 の 際 に 演じ た 仮装舞踊劇 で あっ た こと から 見 て 、 うなずける こと な の で あり ます 。
 174神々 が ユーカル を 演じる 際 に 手 に 持っ て 拍子 を 取っ た という “ レ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ニ ( rep-ni ) は 、 もともと シャーマン が 神懸り に なる ため に 打ち鳴らす 太鼓 の 桴 を 意味する 語 で あっ た こと を 思え ば 、 この よう な 山 の 上 の 祭場 に シャーマン が 関係 し て い た こと も 、 察する に 難く ない の で あり ます 。
 175八 古代 の 祭場 ( その 二 )
 176ポロシリ岳 へ 禁制 を 犯し て 登っ た もの は 二 度 と 再び 村 へ 帰る こと が でき ず 、 稀 に 帰る 者 が あっ て も 、 物 に 憑か れ た よう に ぼうっと なっ て いる 。
 177と 申し まし た が [ # 「 申しましたが 」 は 底本 で は 「 申しまましたが 」 ] 、 それ は シャーマン の 神懸り の 状態 を 思わ せる もの で あり ます 。
 178トッソ山 へ 登っ た 男 について も 、 頭 の 少し 狂っ た 男 の よう に 述べ て あり まし た が 、 それ も 同じ こと を 示し た もの と 考え られる の で あり ます 。
 179北海道 の 各地 の 、 山 や 丘 の 地名 に 、 “ 舞い遊ん だ 所 ” とか “ 踊っ た 所 ” とか という 意味 の もの が 他 に たくさん 見出さ れる の で あり ます が 、 そういう もの は 一応 、 古代 の 祭場 が あっ た の で は なかろ う か と 、 疑っ て みる 必要 が ある の で あり ます 。
 180旭川市 の 郊外 に ある 神楽村 は 、 もと “ ヘッチェウシ ” と言った 所 で 、 “ ヘッチェウシ ” は “ 皆 で 集っ て いつも ヘッチェ を する 所 ” という 意味 で あり ます 。
 181“ ヘッチェ ” という の は 、 ユーカル を 演じ て いる 際 に 、 会衆 が 演者 を 励ます ため に 、 例の “ レ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ニ ” と 称する 棒 を 打ち振り 打ち振り 、 力強く “ ヘーイッ ! ヘーイッ ! ” と 掛声 を かける こと で あり ます 。
 182つまり 、 この 丘 は 、 昔 その 上 に 祭揚 が あり 、 お祭 の 際 は 部落 の 人 が そこ へ 集っ て 、 シャーマン を 中心 に し て 原始的 な 舞踊劇 を 演じ た 場所 だっ た と 考え られる の で あり ます 。
 183そこ は 別 に “ イナウ・サン ” すなわち “ 祭壇 ” と も 呼ば れ て い た と いい ます から 、 いよいよもって 、 そう と 考え て 間違いない の で あり ます 。
 184“ タプカンニ ” “ ウポポウシ ” という 地名 が 北見 の 美幌 から 藻琴 へ 抜け て 行く 山路 の 途中 に ある の です が 、 いずれ も “ 舞い踊っ た 所 ” “ 舞い歌っ た 所 ” の 意味 で 、 昔 そこ で 疱瘡 の 神々 が 輪舞 し た 所 だっ た という 伝説 が あり 、 そこ に は 土俵 の よう な 形 の 畝 が 三 重 に なっ て い た という こと で あり ます 。
 185これ など も 古く 祭壇 だっ た と 考え られる もの で あり ます 。
 186山中 に よく 、 “ チ・ルラ・トイ ” ( 運ん だ 土 ) という 地名 が 見出さ れる の です が 、 それ など も 或は こういう もの だっ た の かもしれません 。
 187日高 の 様似地方 で は 、 タンポポ の 花 の 咲い て いる 茎 の こと を 、 “ ホノイノエ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ” ( honoynoyep ) と いう の です が 、 これ は 雨乞 の 呪術 の 場合 に だけ 使う 特別 の 語 だ という こと で あり ます 。
 188この 地方 で は 旱魃 の 時 、 テレケウシ という 所 へ 行っ て 、 人目 に 触れ ぬ よう に し て 、 この タンポポ を 石 の 上 に のせ 、 「 ホノイノエ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) よ 、 ホノイノエ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) よ 、 天気 を 直せ 、 天気 を 直せ ! 雨 降れ 、 雨 降れ ! 」 と 唱え ながら 叩き漬 し た [ # 「 叩き漬した 」 は ママ ] という こと で あり ます 。
 189“ ホノイノエ ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) ” とは 、 “ 尻 を よじり よじり 舞う 者 ” という 意味 で 、 雨乞祭 の 際 の シャーマン の 踊 の 所作 を さし た もの でしょう 。
 190古く 、 旱魃 の 際 に は 、 山 の 上 の 一定 の 祭場 で 、 雨乞祭 が 催さ れ 、 その 際 シャーマン を 中心 に 、 雨乞踊 が 舞わ れ た もの と 思わ れ ます 。
 191“ テレケウシ ” ( Terke-us-i ) という 地名 も 、 語源 は “ いつも そこ で 皆 が 踊る 場所 ” という 意味 で あり 、 これ も 古代 の 祭場 だっ た と 見 て 差支え ない の で あり ます 。
 192さて 、 次 に 、 その よう な 山 の 上 に は 特定 の 神 が 住み 、 特定 の 部落 の 人々 を 守る と 伝え られ て おり ます 。
 193例えば 勇払郡 穂別村 の 、 昔 カイクマ と 言っ た 部落 の 傍 に 、 コムシ ※ ( 半濁点付き片仮名ツ 、 1-5-93 ) という 丘 が あり 、 その 丘 の 麓 に 大昔 コムシコル 、 カンハウェ 、 ラコッ という 三 人 の 兄弟 が 一人 の 妹 と 一緒 に 住ん で い まし た 。
 194そこ へ 或 年 疱瘡 が 流行 し て き まし た 。
 195コムシ ※ ( 半濁点付き片仮名ツ 、 1-5-93 ) の 丘 の 上 に 、 宙 に 弁財船 が 浮ん で い て 、 それ は 雲 の 綱 で 遠く コムシ ※ ( 半濁点付き片仮名ツ 、 1-5-93 ) の 奥 の ウラ ※ ( 小書き片仮名ル 、 1-6-92 ) コッペ という 山 の 頂 に 繋が れ て 波 に ゆら れる よう に ゆらゆら と ゆれ て おり まし た 。
 196その 弁財船 から 部落 の 上空 へ 針金 の よう に 細い 雲 の 橋 が 懸っ て い て 、 その 上 を 丹前姿 の 者 が 、 下駄 を はい て 、 人間 の 手 を 噛り ながら 、 行っ たり 来 たり し て い て 、 人間 の いる 頭 の 上 に 来る と 「 そら 雄鹿 だ 、 早く 射ろ ! 」 「 こんど は 雌鹿 だ 、 早く 射ろ ! 」 という 声 が 聞え た か と 思う と 、 不気味 な 弦音 が し て 、 村人 が ばたばた と 倒れ て 行き まし た 。
 197その 時 、 その 部落 の 酋長 で ある コムシコル だけ は 、 コムシ ※ ( 半濁点付き片仮名ツ 、 1-5-93 ) という この 山 の 神 の 名 と 同じ 名 で あっ た ため に 助かり 、 妹 の 老婆 は 、 ぼろ の [ # 「 ぼろの 」 は 底本 で は 「 ばろの 」 ] 帽子 を かぶり 、 ぼろ の 手袋 を はめ 、 ぼろ を 詰め た 煙草 を のん で い た ため に 、 疱瘡神たち も 、 「 くさい 、 くさい 」 と いっ て 、 顔 を そむけ て 相手 に し なかっ た ので 助っ た という こと で あり ます 。
 198それぞれ の 子孫 の 人々 は 、 お祭 の 際 に は 、 必ず この コムシ ※ ( 半濁点付き片仮名ツ 、 1-5-93 ) の 山 の 神 に 酒 を 捧げ て 感謝 する の だ という こと です 。
 199なお 、 この 山 の 神 は 黒狐 の 神 で 、 今 で も この 山 に 狐 が 出 て き て 啼く と 、 何 か 部落 に 変事 の 起る 予告 だ と 信じ られ て おり ます 。
 200ところで 、 この 話 の 中 で 、 部落 の 先祖 の 酋長 が 、 妹 と 二人連れ で 助かっ た と 語ら れ て いる の は 、 意味 の ある こと で あり ます 。
 201詞曲 に 出 て 来る 古代 の 酋長 は シャーマン で あり 、 それ は 必ず “ ※ ( 半濁点付き片仮名ツ 、 1-5-93 ) レシ ” ( turesi 妹 ) と 称する 女性 の シャーマン を 伴っ て 現れ 、 事 ある 場合 に は その 女性 の シャーマン に 神懸り さ せ て 、 その 託宣 によって 神意 を 判断 し た の で あり ます 。
 202この 話 で 、 妹 の 老婆 が 、 ぼろ帽子 を かぶり 、 ぼろ の 手袋 を はめ 、 ぼろ を 詰め た 煙草 を のん で い た ので 助かっ た と 語ら れ て いる の も 、 それ が 古代 の 祭 に於ける シャーマン の 仮装 の 一 つ で あっ て 、 以前 に 述べ た 風鎮め の 祭 に 演じ られ た 仮装舞踊劇 の 詞章 の 中 で 、 風 の 魔女 に 扮し た 者 が 、 自ら 「 ぼろ の 礼冠 、 ぼろ の 手套 、 われ 身につけ て 」 と 歌っ て いる こと など を 思い合わせる ならば 、 この 妹 の 老婆 という の も 、 やはり 古代 の シャーマン に 他なら なかっ た こと が 知れる の で あり ます 。
 203また 、 キツネ は シャーマン の 憑神 だっ た と 考え られる もの で あり 、 シャーマン は その 頭 の 骨 を 削り 花 に 包ん で 秘蔵 し 、 お祭 の 際 など に は 、 それ を 取出し て 卜占 に 用い た もの で あり ます 。
 204従って 、 この 神 が 災害 の 予告 を する という の も うなずける わけ で あり ます 。
 205アイヌ の 崇拝 する 山 の 中 に は 、 大昔 洪水 の 時 、 その 山 の 頂上 に だけ は 、 お膳 を 据える だけ の 、 或いは 綱 を 張る だけ の 、 狭い ながら も 乾い た 場所 が あっ て 、 それ で 先祖 の 人 が 助かっ た ので 、 それ を 拝む の だ という 山 が 方々 に あり ます が 、 そういう 場所 の 神様 は 、 たいてい 、 この キツネ の 神様 で あり ます 。
 206お膳 を 据える と云い 、 綱 を 張る という の も 、 すべて 祭 に 関係 し た こと で あり 、 それ が 古代 の 祭場 で あっ た こと は 、 その 点 から も 明らか な の で あり ます 。
 207九 山上 の 遺跡
 208キツネ が シャーマン の 憑神 だっ た よう に 、 竜 も また 、 シャーマン の 有力 な 憑神 で あり まし た 。
 209有名 な 英雄詞曲 、 「 虎杖丸の曲 」 の 中 で も 、 主人公 “ ポイヤウンペ ” の 憑神 として 、 狼 や 狐 と 並ん で 、 雌雄 の 竜神 が 、 事 ある ごと に 、 主人公 の 危難 を 救っ て おり ます 。
 210それ は 大蛇 に 羽 の 生え た 姿 に 考え られ て い て 、 神様 として の 名 を “ ラプシ・ヌプル・クル ” ( rap-us-nupur-kur 羽 の 生え て いる 巫力 の ある 神 ) と も 呼ば れ 、 蛇体 の 常 として 、 暑い 時 は しごく 元気 で 恐しい ので 、 “ サク・ソモ・アイェプ ” ( sak-somo-aye-p 夏 ・ 言わ れ ぬ ・ 者 ) と も あだ名 さ れ て おり ます 。
 211その かわり 、 蛇体 の 常 として 、 寒さ に は 弱い ので 、 アイヌ の 始祖神 オキクルミ が 、 この 神 に 追いかけ られ た 時 、 霙 の 神 に 頼ん で 霙 を 降ら せ て もらっ て 助かっ た 、 という 神謡 が あり ます 。
 212これ は また 、 “ カント・コル・カムイ ” ( kanto-kor-kamuy 天上 を 支配 する 神 ) 、 或いは “ カンナ・カムイ ” ( kanna-kamuy 上方 の 神 ) と も いい 、 雷 の 神様 で も あり ます 。
 213それで 、 古代 の 祭場 だ と 思わ れる 山 の 上 に 神々 が 天降る 時 は 恐しい 雷鳴 が 鳴る と いい 、 或いは 部落 に 災害 が ある 時 は 、 雷 を 鳴らし て 予告 し て くれる という わけ で あり ます 。
 214アイヌ は 沼 の 主 を 、 普通 に 竜神 として 考え て おり ます 。
 215それで 、 その 竜神 の 棲家 として 、 山 や 丘 の 上 に 神秘 な 沼 を 考え て いる の も 、 また 当然 で あり ます 。
 216十勝 の 足寄 に 、 “ カムイ・エロキ ” と 言っ て 、 現在 で も 土地 の アイヌ が 、 何 か ある と 酒 を 捧げ て 祈る 山 が あり ます 。
 217昔 一人 の 男 が 山狩 に 行っ て 道 に 迷い 、 この 山 の 上 で 野宿 し まし た 。
 218すると 夜中 に 神々 が 集っ て 来 て 、 歌っ たり 踊っ たり する ので 、 やかましく て 眠ら れ ず 、 朝 に なっ て 逃げ て くる と 、 途中 で 大きな 熊 に 出会っ た ので 、 それ を 捕っ て 部落 へ 帰っ て 来 て 、 その 話 を する と 人々 は 自分たち も 神々 の 歌 を 聞こ う と 云っ て 、 そこ へ 出かけ て 行き まし た 。
 219しかし 、 わざわざ 聞き に 出かけ て 行っ た 時 は 、 神々 は やって来 ず 、 狩 に 出 て 、 偶然 そこ へ 迷いこん で 野宿 し た 人 だけ が 、 それ を 聞い た という こと で あり ます 。
 220この 山 の 名 、 “ カムイ・エロキ ” という の は 、 “ 神様 が 住ん で いる 所 ” という 意味 で 、 “ カムイ・コタン ” という の と 同じ で あり ます 。
 221この 山 の 上 に やはり 、 神々 の 舞い遊ぶ 庭 、 すなわち 、 “ カムイ・ミンタル ” が ある ので 、 雷 の 鳴る 時 は この 山 で 一番 物すごい 音 が する の だ と 土地 の 人 は 云っ て おり ます 。
 222この カムイ・エロキ の 麓 に 、 昔 “ カムイ・トー ( kamuy-to 神様 の 沼 ) という 神秘 な 沼 が あり 、 そこ の 沼 の 主 が 、 やはり 竜神 で あっ た と 伝え られ て おり ます 。
 223昔 、 この 沼 の ほとり に 部落 が あり 、 そこ の 酋長 が 山狩り に 行っ たり 、 旅 に 出 たり し て 、 その 出先 で 、 酋長 の 身の上 に 何 か 異変 が 起る と 、 この 沼 の 水面 に 白く 波 が 立つ という こと で あり ます 。
 224酋長 が 遠い 旅 に 出 て 、 明日 は いよいよ 帰る という 前 の 日 に も 、 やはり 沼 に 白く 波立っ た という こと で あり 、 これ は 酋長 の 憑神 で あっ た 竜神 の お告げ で あっ た こと は 申す までも あり ませ ん 。
 225アイヌ に は 、 昔 は 波占 と でも いう べき 卜占 の 方法 も あっ た らしく 、 沼 や 泉 の 上 に まき起こる 波紋 など によって 物 の 吉凶 を 判断 し た と 思わ れる 例 が 幾ら も ある の で あり ます 。
 226それ は ともかく と し て 、 ポロシリ岳 の 神 が やはり 竜神 で 、 山 の 頂 に ある 神秘 な 沼 の 主 で あり 、 しかも 、 その 神秘 な 沼 の 名 が 、 “ カイカイ・ウン・トー ” すなわち “ 白い 波 の 立つ 沼 ” で あっ た こと を 思い合わせる ならば 、 これ も また 、 それら の 山 が 古代 の シャーマン の 司祭 する 祭 の 祭場 で あっ た こと を 思わ せる 一 つ の 証拠 な の で あり ます 。
 227殊に 、 アイヌ が 崇拝 し て いる 、 これら の 山 や 丘 に は 、 アイヌ の 始祖 と 称せ られる オキクルミ や サマイクル に 関係 し た 伝説 が 多く 、 例えば 日高 の 平取 の 、 現在 義経神社 の ある ハヨピラの丘 は 、 もと 天上 から 下界 に 派遣 さ れ て 人間界 の 主宰者 に なっ た オキクルミ の 居城 で あっ た と いう し 、 また 北見 の 本別町 に 、 俗 に 義経山 と 呼ば れ て いる 小山 が あり 、 もと “ サマイクル・サンケ ” という 名 の 山 で 、 アイヌ の 始祖 サマイクル が 物 を 乾し た 棚 の 意味 に 解さ れ て いる もの で あり ます 。
 228昔 この 附近 まで 海 で あっ た 時代 に 、 サマイクル が 鯨 を とっ て 、 ここ で 料理 し た 所 で ある と いい 、 山 の 上 に は 今 で も その 時 の 鯨 が 岩 に なっ て 残っ て いる と 伝え られ て おり ます 。
 229山 の 名 の 、 サマイクル の “ サン ” つまり サマイクル の “ 棚 ” という の は 、 サマイクル の “ ヌササン ” すなわち サマイクル の “ 幣棚 ” の 意味 だっ た と 思わ れ ます 。
 230つまり 、 サマイクル の 物乾棚 で なく 、 “ ぬさ ・ だな ” すなわち 祭壇 だっ た の で あり ます 。
 231この 伝説 の 内容 から 見 て も 、 また その 山 の 名 から 見 て も 、 ここ は 古く 祭場 で あっ た こと は 明らか な の で あり ます 。
 232しかも 、 サマイクル といい 、 オキクルミ といい 、 いずれ も 古代 の シャーマン で あっ た こと は 、 すでに 明らか に さ れ て いる の で あり ます から 、 そういう 山 や 丘 の 上 の 祭場 が 、 古く アイヌ の 社会 に 栄え た シャーマニズム の 祭 の 遺跡 で ある こと は 、 もう 断言 し て も 差支え ある まい と 思う の で あり ます 。
 233尚 、 この よう な 山 の 頂 は 、 神様 の 住む 世界 で ある という 思想 の 他 に 、 死ん だ 者 の 霊 の 行く 世界 で ある という 思想 も ある の で あり ます 。
 234先 に 述べ た トッソ山 の 伝説 で は 、 山 の 上 に 神秘 な 沼 が あり 、 そこ の 岸辺 に は 、 人間 の 使い捨て た 器具 や 木幣 や 、 死人 と 一緒 に 墓穴 に 納め た 副葬品 が 、 山 と 寄りあがっ て い た と あり まし た が 、 胆振 の 幌別郡 カルルス温泉 の 奥 に ある “ たちばなの池 ” は 、 もと の 名 を “ パスイ・ヤン・ト ” すなわち “ 箸 の よりあがる 沼 ” と いう ので 、 そこ に は やはり 同じ よう な 信仰 が あっ た の で あり ます 。
 235従って 、 この よう な 丘 や 山 の 上 の 遺跡 の ある もの は 、 或いは 古代 の 墳墓 で あっ た かもしれません 。
 236その よう な 山 や 丘 の 中腹 、 又は 麓 に は 、 必ず と 云っ て いい 位 に 、 神秘 な 洞窟 の 存在 が 伝え られ 、 そこ から あの世 に 行っ た 人 の 話 が 伝説 に 語ら れ て いる こと など も 、 その よう な 山 の 上 の 遺跡 の 或る もの が 古代 の 墳墓 で あっ た だろう という 想像 を 裏書 する よう に 思う の で あり ます 。
 237北海道 の 先史時代 に於ける 山上 の 遺跡 として は 、 ( 1 ) 祭場 、 ( 2 ) 墓場 ( ストーンサークル など ) 、 ( 3 ) いわゆる “ チャシ ” ( chasi 山砦 ) 、 など が 考え られ 、 それら が 今 は いずれ も “ チャシ・コッ ” ( chasi-kot 砦趾 ) の 名 で 呼ば れ て いる よう で あり ます 。
 238十 山 の 神 の 遙拝 及び 狩 の 縄張り
 239以上 述べ て き た よう に 、 古く アイヌ は 山上 に 祭場 を もち 、 そこ で 種々 の 祭 を 行っ た の で あり ます 。
 240今 “ ポリ・シリ ” ( 親 の ・ 山 ) とか 、 “ カムイ・シリ ” ( 神 ・ 山 ) とか “ カムイ・ヌプリ ” ( 神 ・ 山 ) とか 、 “ カムイ・エロキ ” ( 神 ・ そこ に 住む 所 ) とか “ カムイ・イワキ ” ( 神 ・ そこ に 住む 所 ) とか 云っ て いる の は 、 古く 頂上 に そういう 祭場 の あっ た 山 で 、 それ が 後 に アイヌ の いう “ チノミシリ ” に なる の で あり ます 。
 241“ チ・ノミ・シリ ” ( 我ら ・ 祭る ・ 山 ) という の は 、 それぞれ の 家系 に於て 祭 の 際 に 必ず その 山 の 神 の 名 を 呼ん で 酒 を 捧げ て 遙拝 する 山 の こと で 、 その よう な 遙拝 を “ パセ・オンカミ ” ( 重要 な 礼拝 ) と いう の で あり ます 。
 242“ パセ・オンカミ ” は 今 こそ 遙拝 の 形 で 行わ れ て いる けれども 、 古く は 直接 その 山 へ 登っ て そこ に あっ た 祭壇 の 前 で 行わ れ た と 考え られ ます 。
 243すなわち 、 古く は 各所 の 山 の 麓 に 一定 の 神 と 特別 な 繋り を もつ 血縁的 な 小集団 が 住ん で い て 、 それぞれ 山上 に 自己 の 奉仕 する 神 の 祭場 を もっ て い た らしく 、 その 時代 に於て は 直接 山 の 祭場 に 行っ て 祭 を 行う 習い だっ た の が 、 後 に は それら の 血縁的 な 集団 が 幾 つ か 集っ て 、 地縁的 に より 大きな 部落 を 作る よう に なる と 、 部落 の 中 に 共同 の 祭場 を もつ よう に なり 、 祭 は すべて そこ で 行わ れる よう に なっ た の で あり ます が 、 それでも それぞれ の 家系 に於て 、 祖先 の 祭場 で あっ た 山 の 山 の 神 に対する 祈願 を 、 他 の 神々 に対する 祈願 の 中 に 折込ん で 、 遙拝 の 形 で 丁重 に それ を 行う よう に なっ た もの と 考え られる の で あり ます 。
 244なお 、 “ カムイ・イワキ ” から “ イワ ” という 語 が 出 て おり ます 。
 245イワ という の は 、 今 は ただ 山 の 意 に 用い て おり ます が 、 もと は 祖先 の 祭場 の ある 神聖 な 山 を 意味し た よう で あり ます 。
 246今 の アイヌ語 で 狩猟 或いは 漁撈 に於ける 部落世襲 の 縄張り を 意味する 。
 247“ イオル ” という 語 も 、 もと は “ イワ・オロ ” ( iwa-oro イワ の 所 ) で 、 それぞれ の 家系 の 祖先 の 祭場 の あっ た 神聖 な 山 の ある 所 、 すなわち 彼等 の 祖先 と 特別 の 関係 に あっ た 神 の 支配 する 区域 を さし て 云っ た もの と 思わ れる の で あり ます 。
 248〈 昭和 28 年 8 月 於 札幌 『 日本人類学会・日本民族学協会連合大会 第8 回 記事 』 昭和 30 年 7 月 発行 〉