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 1アイヌ語学
 2知里真志保
 3アイヌ語 の 研究 にかけて は 、 世界的 な 権威 として 、 その 名声 を うたわ れ て いる ジョン・バチラー博士 が 、 アイヌ語 で 説教 を し て 、 アイヌ を 感心 さ せ た という 話 が 伝え られ て おり ます 。
 4明治 の 中頃 、 といえば 、 アイヌ が まだ アイヌ語 を 使っ て 暮らし て い た 時代 な の で あり ます が 、 北海道 の 南 の 方 の 、 とある アイヌ部落 に 、 当時 まだ 非常 に 若く 、 新進気鋭 の 牧師 で あら れ た バチラー博士 が あらわれ て 、 部落 の アイヌ を 集め て 、 キリスト教 について 、 アイヌ語 で 説教 を 致し まし た 。
 5滔々 と 何 時間 か 、 アイヌ語 で ペラペラ と 説教 を する の を 、 ポカン と 口 を 開い た まま 、 呆気 に とら れ て 聞い て い た アイヌたち は 、 博士 の 長い 長い アイヌ語 の 説教 が 終る と 、 感嘆 し て いっ た という こと で あり ます 。
 6―― 「 えらい もん だ な 。 さすが に 、 鉈 と 鎗 を 使っ て もの を 食う 先生 だけあって 、 あの アイヌ語 の うまい こと ! ただ 惜しい こと に は 、 北 の 方 の アイヌ語 で しゃべっ た ので 、 何 を いっ た ん だ か ちっとも 分ら なかっ た 」 と いっ た という の です 。
 7その バチラー博士 が 、 今度 は 北 の 方 の 部落 に 現われ 、 やはり 滔々 と アイヌ語 で 説教 し ます と 、 そこ の アイヌ も 、 びっくり し て 、 ―― 「 えらい もん だ な 。 さすが に 、 もの を 食う に も 鉈 と 槍 を 使っ て 食う 先生 だけあって 、 あの アイヌ語 の 上手 な こと ! ただ 惜しい こと に は 、 南 の 方 の アイヌ語 で しゃべっ た ので 、 何 を いっ た ん だ か 、 さっぱり 分ら なかっ た …… 」 、 と いっ た という こと で あり ます 。
 8この 話 は 、 非常 に よく でき て おり ます ので あるいは 作り話 かも 知れ ませ ん 。
 9その 真疑 の ほど は 保証 の 限り で は あり ませ ん が 、 バチラー先生 は 、 キリスト教 の 聖書 や 祈祷書 や 讃美歌 の 類 を たくさん アイヌ語 に 翻訳 し た もの を 残し て おり ます 。
 10たいてい 今 から 60 年 ばかり 前 に 書か れ た もの な の です が 、 それら の 本 を 今 開い て 見 ます と 、 チンプンカンプン で 、 さっぱり 分ら ない 。
 11たしか に 、 書い て いる の は アイヌ語 だ という こと は 分る の で あり ます が 、 さて 何 を 書い て いる の か 、 という 段 に なり ます と さっぱり 分ら ない の で あり ます 。
 12アイヌ が 読ん で も 分ら ない アイヌ語 で 書い て ある という 点 で 、 これ は 誠 に 天下 の 珍本 たる を 失わ ない もの な の で あり ます 。
 13この アイヌ語 の 聖書 など 、 今 は 古本屋 の 相場 で 、 一 冊 何千 円 の 高価 を 呼ん で おり まし て 、 米 の 飯 と 同じく 、 貧乏人 に は ちょっと つき合え ない シロモノ に なっ て おり ます 。
 14今 いっ た 通り 、 アイヌ も 分ら ない アイヌ語 で 書い て ある という 、 天下 の 珍本 な の で あり ます から 値 の 張る の も 無理 の ない こと だ と 考え て おり ます 。
 15バチラー先生 の 学問的 な お仕事 として 有名 な もの に 、 アイヌ語 の 文法 と 辞書 が あり ます 。
 16バチラー先生 が 初めて アイヌ文典 を 公 に さ れ た の は 、 遠く 明治 20 年 に さかのぼる の で あり ます が 、 それ が 初めて 『 日本帝国大学紀要第一 』 に 載っ た とき に は 、 当時 東大 の 教授 として 言語学 の 王座 を 占め て い た バジル・ホール・チェンバレン教授 が 、 非常 に 感激 し て 絶讃 の 辞 を 与え 自分 が 北海道 各地 の アイヌ について 親しく 研究 し た 結果 から み て 、 バチラー の 観察 は 全面的 に 正しい 、 と いっ て 、 極力 提灯 を 持つ こと に 努め て いる の で あり ます 。
 17この 文典 は 、 それ に 語彙 を くっつけ て 、 後 に 有名 な バチラー の 辞書 に なっ た の です が 、 その 第一 版 が 出 た の は 明治 22 年 、 第二 版 が 出 た の は それ から 16 年 たっ た 明治 38 年 で あり まし た 。
 18その 第一 版 について は 、 これ も アイヌ語学 の 権威 として 世界的 に 有名 な 金田一京助博士 が 、 「 一 冊 の 本 で アイヌ語 の 文法 と 、 大約 二万 の アイヌ語 を 知る 重宝 な もの 」 と いわ れ 、 同じく その 二 版 について は 、 「 改版ごと に 必ず 改訂 せ ずに おか れ ない 老先生 の 、 孜々 と し て 倦ま れ ざる 態度 は 畏敬 に 値する 」 と いっ て 、 大いに 推奨 し て おら れる の で あり ます 。
 19こうして バチラー博士 の 辞書 は 、 斯界 の 権威者たち の たたく 景気 の 好い 太鼓 の 音 に 送ら れ て 、 賑々しく 学界 に 船出 し て 以来 、 順風満帆 、 手痛い 批判 の 嵐 に 遭遇 する こと も なく 、 大正 15 年 に は 増補改訂 第三 版 を 出し 、 さらに 昭和 14 年 に は 第四 版 を 世 に 送っ て 、 今や 世界最高 の 権威書 として 、 いやしく も アイヌ語 について もの を いお う と する 者 の 必ず 参照 す べき 典拠 と なっ て いる の で あり ます 。
 20世間 で は 、 その 著名 の 名声 の 世界的 で ある こと と 、 その 著書 の 外観 の 堂々 たる こと に 眩惑 さ れ て 、 もはや 誰一人 として その 権威 を 疑う 者 は ない の で あり ます 。
 21ところが 、 実際 に それ を 使っ て アイヌ研究 を し て みる と 、 これ ぐらい また 役 に 立た ない 文法 や 辞書 も 珍しい の で あり ます 。
 22聞い て 極楽 見 て 地獄 と いう か 、 幽霊 の 正体 見 たり 枯尾花 と いう か 、 およそ 世 に 辞書 という 辞書 、 文法 という 文法 は 多い けれども 、 これ ぐらい に 役 に 立た ない 文法 や 辞書 は 、 稀 な の で は ない か と 思い ます 。
 23そういう 意味 で 、 これ また 、 珍本中 の 珍本 たる こと を 失わ ない の で あり ます 。
 24この 辞書 も 今 は 絶版 に なっ て 、 その 第四 版 は 古本屋 の 相場 で 万 に 近い 高値 を 呼ん で いる の で あり まし て 、 これ も 米 の 飯 と 同じく 、 貧乏人 の 学者 など に は 、 ちょっと 手 の 出せ ない シロモノ に なっ て おり ます 。
 25今 申し た 通り 、 アイヌ語 の 辞書 や 文法 で あり ながら 、 アイヌ語 の 研究 に ちっとも 役 に 立た ない という 珍本 な の で あり ます から 、 千金 、 万金 に 値する の に も 、 まこと に 無理 の ない 話 だ と あきらめ て いる 次第 で あり ます 。
 26ところで 、 この よう な 役 に 立た ない 辞書 を 大いに 役 に 立て て いる の が 、 今 申し た 古本屋 な の で あり ます が 、 それ に も 負け ず 劣ら ず 、 これ を 大いに 役 に 立て て いる の が 、 世 に 多い アイヌ語 の 地名研究家 で あり ます 。
 27アイヌ語 の 研究 など は 、 世 に 顧み られ ない 淋しい 道 な の で あり ます が 、 同じく この アイヌ語研究 の 部門 に 属し ながら 多く の 研究家 と ファン を 抱え て 、 いつも 賑やか に 店先 の 繁昌 し て いる の が 、 この 地名研究 の 部門 で あり ます 。
 28そこ で は 、 アイヌ語 の 単語 の 意味 も ろくに 知ら ず 、 アイヌ語 の 文法 の ブ の 字 も 分ら ない よう な 人々 が 、 バチラーさん の 辞書 と 永田方正さん の 『 北海道蝦夷語地名解 』 を 唯一 の 虎の巻 と し て 、 アイヌ語 の カムイ は 神様 の 意味 で 、 コタン は 村 だ から 、 カムイコタン は 、 神様 の 住む 美しい 里 だ など と 、 まるで エデン の 園 を 思わ せる よう な 解釈 を ぶっ て いる の で あり ます 。
 29しかし 、 アイヌ語 の カムイ は 古く は 悪魔 の 意味 です から 、 カムイコタン という の は 、 実は 「 悪魔 の いる おそろしい 場所 」 の 意味 な の で あり ます 。
 30アイヌ語 の 地名 に 一番 多く で て くる 形容詞 の ポロ など も 、 バチラーさん の 辞書 に は 「 大きい 」 と しか 書い て い ない 。
 31それで 、 「 ポロ・トー 」 など の 地名 が あれ ば 、 「 ポロ 」 は 大きい という 意味 だ し 、 「 トー 」 は 沼 という 意味 だ から 、 ポロトー は 大きい 沼 だ 、 など という 解釈 を し て 疑わ ない の で あり ます 。
 32「 ポン・トー 」 など という 地名 について も 、 やはり バチラーさん の 辞書 や 、 永田さん の 地名解 に従って 、 「 小さい 、 沼 」 という ふう に 解釈 し て 、 ちっとも 疑お う と し ない 。
 33ところが 、 古く さかのぼれ ば [ # 「 さかのぼれ ば 」 は 底本 で は 「 さかのばれ ば 」 ] 、 ポロ は 「 親 の 」 という 意味 で あり 、 ポン は 「 子 の 」 という 意味 で あり ます 。
 34古い 時代 の アイヌ は 、 アニミズム と いっ て 、 山 でも 川 でも 沼 でも 人間同様 に 考え て 、 大小 二 つ の 沼 が 並ん で いれ ば 、 それ を 親子連れ と 考え て 「 親 の 沼 」 「 子 の 沼 」 と 呼ん だ の で あり ます 。
 35だから 、 大沼公園 など も 、 本当 は 「 親沼公園 」 と 訳さ なけれ ば なら なかっ た の で あり ます が 、 地名研究 が まだ 幼稚 で 、 親 の 状態 に まで 達し て い なかっ た ため に 、 今 の よう な 名 を 頂戴 し て いる わけ な の で あり ます 。
 36アイヌ語 の 文法 や 語彙 の 研究 は 、 バチラーさん の 辞書 によって 基礎 を 据え られ た の で あり ます 。
 37また アイヌ語 の 地名 や 研究 について は 、 開拓者 として 、 バチラーさん と 並ん で 、 永田方正さん の 功績 も 、 まこと に 偉大 な もの が ある の で あり ます 。
 38ことに 永田方正さん は 、 明治 16 年 に 北海小文典 という 名 で 、 アイヌ語 の 文法 の 本 を 函館県 から 出版 し て おり ます 。
 39バチラーさん の 最初 の 文法 よりも 4 年 も 早く 世 に 出 て いる わけ で 、 その 点 永田方正さん こそ 、 アイヌ語 の 開拓者 として の 名誉 を 担う べき 人 な の で あり ます 。
 40バチラーさん にしても 、 永田方正さん にしても 、 開拓者 として の 功績 は まこと に 偉大 な もの が ある の で あり ます が 、 進ん だ 今 の アイヌ語学 の 目 から 見れ ば 、 もう その 人たち の 著書 は 、 欠陥だらけ で 、 満身創痍 、 辛うじて 余喘 を 保っ て いる に すぎ ない 程度 の もの な の で あり ます 。
 41それ が 今だ に 世界的権威 として 、 大手 を 振っ て 学界 を まかり通る ところ に 、 アイヌ語学界 が 全体 として 、 まだまだ 事始め の 状態 を 抜け 切っ て い ない という こと を 痛感 さ せ られる の で あり ます 。
 42( 昭和 28 年 5 月 27 日 放送 )