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aozora_Chiri-1956-7のコンテキスト表示

title Ainugo no Omoshirosa
author Chiri, Mashiho
date 1956
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/001540/card53898.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1アイヌ語のおもしろさ
 2知里真志保
 3アイヌ語 や アイヌ文学 を 扱っ て いる と 、 われわれ の 予想 も し なかっ た よう な 考え方 に ぶつかっ て 戸惑い する の は 毎度 の こと で ある 。
 4例えば 氷 を アイヌ語 で は 「 ル ※ ( 半濁点付き小書き片仮名フ 、 1-6-88 ) 」 ( ru-p ) と 言う 。
 5「 とける ・ もの 」 という こと で ある 。
 6日本語 の 「 コオリ 」 という 語 は 「 氷る もの 」 という 意味 で あっ た と 思わ れる から 、 さし示す 対象 は 同じ で も 、 ことば の 裏 の 考え方 に は 根本的 な くいちがい が ある 。
 7アイヌ語 に 、 「 エネア・レカ・イカイサム 」 ( enea-reka-ikaisam ) という 表現 が ある 。
 8直訳 すれ ば 、 「 どう われら ・ 褒め・よう も ない 」 という こと で 、 「 褒めよう も ない 」 から 「 くさす 」 という 意味 に も なり かね ない 。
 9しかし この アイヌ語 の 真意 は 、 「 それ 以上 ほめ よう と し て も 、 ほめる キッカケ が ない 」 という こと で 、 完全無欠 を 意味する 慣用句 な の で ある 。
 10また 「 ミナ・コヤイクス 」 ( mina-koyaykus ) という 表現 が ある 。
 11直訳 すれ ば 「 笑う こと が ・ でき ない 」 という こと で ある 。
 12「 笑う こと が でき ない 」 ならば 、 「 笑わ ない で ムッツリ と し て いる 」 の か と 思え ば 、 事実 は 「 腹 を 抱え て 笑う 」 こと で ある 。
 13「 これ 以上 笑い たく て も 笑え ない 」 という の が 、 この アイヌ語 の 真意 で ある 。
 14古く アイヌ は 、 自分たち を とりまく 森羅万象 を 、 自分たち と 同様 の 生き物 と 考え て い た 。
 15例えば 風 で ある が 、 それ は われわれ にとって こそ 単なる 空気 の 動き に すぎ ない の で ある が 、 彼ら にとって は それ は 一 個 の れっきといた [ # 「 れっきといた 」 は ママ ] 生き物 で あっ た 。
 16また ある 地方 で は 、 風 が 吹き荒れる と 、 戸外 に 草刈鎌 を 立て て 、 「 風 の 神 よ 、 あんまり 暴れる と 、 あんた の 奥さん の ズロース が 切れ ます ぜ 」 など と 唱え た 。
 17風 が 女房 を 連れ て 暴れまわっ て いる という 考え方 な の で ある 。
 18風 が 終日 吹き荒れ て い た の が 、 夕方 に なっ て ハタ と 吹きとだえる こと が ある 。
 19そういう 夕なぎ の こと を 、 「 レラ オヌマン イペ 」 ( 風 が 夕方 に 食事 する ) と いう 。
 20風 も 人間 同様 に 夕食 を とり 帰宅 する という 考え方 で ある 。
 21アイヌ に 古く から 伝承 さ れ て いる ユーカラ ( 詞曲 ) の 中 に 大風 が 吹きすさぶ 場面 が よく 出 て くる 。
 22例えば 、 烈しい 風 が 森 を 襲う と 、 大地 は 轟々 と 鳴りわたり 、 森 の 木々 は ヒュウヒュウ と 鳴り 続ける 、 そして 折れ やすい 木 は 幹 の まん中 から ポッキポッキ と 折れくだけ 、 折れ にくい 木 は しなやか な 小枝 の よう に 撓み伏し 、 また 弾きかえす 、 風 が 野原 に 吹い て くる と 、 忽ち そこ に 生え て いる 青草 を 根こそぎ 吹き上げ て 、 宙 に まきちらし て しまう 。 ―― という よう な 場面 で ある が 、 それ を 原語 の 気持 を 生かし て 訳出 し て みる と 、 怒れる 風 が 森 を 襲っ て 木々 を 投擲 する 、 すると 、 木々 が 悲鳴 を 挙げ て 泣き叫ぶ 、 そして 木々 の うち 、 烈しい 責め折檻 に たえ かね て 折れ たく なっ た 者 は 自分 の 意志 で 幹 の なかば から 折れ て いき 、 あくまで も 折れる もの か と 思う 者 は 、 風 が 襲いかかる と 見れ ば 大地 に 身 を 伏せ て それ を やりすごし 、 風 が 行きすぎる と また 立ちあがる 、 と いう の で ある 。
 23それ に 続く 文章 も 従来 は 風 が 野原 へ 吹い て くる と 、 「 たちまち 生え たる 青草 を 根こそぎ に 大風 が 吹き上げ て 、 まっ黒 な 雲 と なり て 大空 へ 吹き上り たり 」 など と 訳さ れ た の で ある が 、 「 生え たる 青草 」 と ある の は 「 座っ て いる 草 」 と する の が 正しく 、 木々 は 立っ て いる から 立木 な の だ が 、 草 は 野原 いちめん に あぐら を かい て 座っ て いる 、 そこ へ 怒れる 風 が 襲いかかり 、 「 あぐら を かい て 座っ て いる 草たち の 股ぐら に 手 を かけ て 持ち上げ 、 真黒 な 雲 と なっ て 大空 へ 上っ て 行っ た 」 と いう の で あっ て 、 そこ で は 風 も 、 木 も 、 草 も もはや 単なる 非情 で は なく 、 人間 と 同様 の 感情 を もち 人間 と 同様 に 行動 する 動物 で ある 。
 24嵐 の 場面 は それら の 動物 の 間 に 繰りかえさ れる 死闘 として 描か れ て いる の で ある 。
 25川 など も やはり 動物 で ある 。
 26動物 で ある から 、 それ は 肉体 を もち 、 例えば 上流 を 「 川 の 頭 」 、 中流 を 「 川 の 胸 」 、 曲り角 を 「 川 の 肘 」 、 川 の 流れ が 幾 重 に も 屈曲 し て 流れ て いる 部分 を 「 川 の 小腸 」 など と 呼ぶ の で ある 。
 27また 、 われわれ の 考え方 から すれ ば 、 川 は 山 から 発し て 海 に 入る もの で ある が 、 アイヌ の 古い 考え方 に 従え ば 、 それ は 海 から 上陸 し て 山 へ 登っ て 行く 動物 で ある 。
 28われわれ が 川 の 出発点 と 考え て 「 みなもと 」 ( 水源 ) と 呼ん で いる もの を 、 アイヌ は 川 の 帰着点 と 考え て 「 ペテトコ 」 ( 川 の 行先 ) と 名づけ 、 また われわれ が 川 の 合流点 と 考え て 「 落合 」 と 呼ん で いる もの を 、 アイヌ は 「 ペテウコピ 」 ( 川 の 別れ あう 所 ) など と 名づけ て いる の は 、 そういう 考え方 の 現れ で ある 。
 29この よう に 、 物 の 考え方 に 大きな 食いちがい が あっ て 、 それ が アイヌ語 や アイヌ文学 の 理解 を よほど 困難 に し て いる の で ある が 、 皮肉 な こと に は 、 われわれ が この 言語 を 学ぶ 意義 と 興味 の 一 つ は 、 また 実に そこ に ある の で ある 。
 30〈 『 日本文化財 』 第十五 号 「 アイヌ文化特集号 」 昭和 31 年 7 月 〉