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aozora_Doyle-1905のコンテキスト表示

title Noouddo no kenchikuka
author Doyle, Arthur Conan --Kareha (trans.)
date 2000
source Aozora Bunko (http://www.aozora.gr.jp/cards/000009/card3394.html)
genre fiction
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1ノーウッド の 建築家
 2アーサー・コナン・ドイル
 3「 犯罪 の 専門家 として 言わせ て もらえ ば 」 と 、 ミスター・シャーロック・ホームズ は 言っ た 。
 4「 ロンドン は 、 モリアーティ教授 の 逝去 以来 、 じつに つまらない 街 に なっ た もの だ 」
 5「 数多い まとも な 市民 が 君 に 賛成 する と は 、 とうてい 思え ない ね 」 と 、 私 は 答え た 。
 6「 まあ よし 、 勝手 を 言っ て は なら ない か 」 と 微笑み ながら 、 ホームズ は 朝食 の テーブル から 椅子 を 引い た 。
 7「 社会 は 得 を し 、 損 を し た もの は 誰 も い ない 。
 8ひとり 、 失業 し た 専門家 を 除け ば ね 。
 9あの 男 が 活動 し て いれ ば 、 朝刊 は 無限 の 可能性 を 与え て くれる もの だっ た 。
 10とき に 、 それ は ごくごく 小さな 痕跡 や 、 ごくごく かすか な 兆候 で しか なかっ た けれど 、 それでも 十分 、 卓越 し た 悪辣 な 頭脳 の 存在 を 僕 に 知らせ て くれ た 。
 11巣 の 縁 で の かすか な 振動 が 、 巣 の 中央 に 潜む 汚らわしい 蜘蛛 の 1 匹 を 暴きだす よう に 。
 12けち な 窃盗事件 、 理不尽 な 強盗事件 、 無益 な 傷害事件
 13―― 手がかり を 握る その 男 にとって 、 すべて を ひと つ の 穴 に 結びつける こと が でき た 。
 14高等犯罪界 の 科学的学徒 にとって 、 ロンドン は 、 ヨーロッパ の どの 首都 より も 先進性 を 持つ 街 だっ た 。
 15だが 今や ―― 」
 16ホームズ は 肩 を すくめ 、 自身 が 尽力 し て 生みだし た この 現状 を 、 滑稽 に 非難 し て みせ た 。
 17この 話 は 、 ホームズ が 戻っ て 数 ヶ月 経っ た ころ の こと で 、 私 も また 、 ホームズ の 要求 に 応じ て 診療所 を 売り払い 、 ベイカー街 に ある 昔馴染み の あの 部屋 に 戻っ て い た 。
 18診療所 を 買い取っ た の は ヴァーナー という 名前 の 若い 医者 だっ た 。
 19私 が あえて 提示 し た きわめて 高い 価格 を 、 こっち が 驚い て しまう ほど 文句 を つけ ずに 支払っ た
 20―― 数 年後 、 ヴァーナー が ホームズ の 遠縁 に あたる こと を 知り 、 事情 が 飲み込め た 。
 21実際 に 金 を 積ん だ の は 、 我が 友 だっ た の だ 。
 22ここ 数 ヶ月 の 共同生活 は ホームズ が 言う ほど に 暇 だっ た わけ で は ない 。
 23この 期間 に つけ た ノート を めくっ て みれ ば 、 前大統領 ムリロ の 文書事件 が 収め られ て いる し 、 あの オランダ汽船フリースランド事件 という 衝撃的 な 事件 も ある 。
 24後者 の 事件 で は 、 我々 まで あやうく 命 を 落とし そう に なっ た の だ 。
 25ホームズ は 冷淡 で 高慢 な 性格 を し て い た から 、 いかなる 形 であれ 大衆 の 賞賛 を 嫌っ て い た 。
 26それで 、 ホームズ 自身 について 、 ホームズ の 手口 について 、 ホームズ の 成功 について 、 これ 以上 言葉 を 費やし て は なら ない と 、 かなり 厳しく 私 を 束縛 し て い た
 27―― 以前 も 説明 し た とおり 、 禁令 は いま に なっ て 解除 さ れ た の で ある 。
 28ミスター・シャーロック・ホームズ が 、 先 の 奇抜 な 主張 を 終え て 椅子 に 持たれかかり 、 ゆとり に あふれる 態度 で 新聞 を 広げ よう と し て い た その とき 、 呼び鈴 が 大音量 で 鳴り響い て 我々 の 気 を ひい た 。
 29乱打音 が 響い て くる 。
 30どう やら 、 誰 か が ドア を 拳 で 叩い て いる よう だ 。
 31ドア が 開か れる 音 。
 32騒々しく 駈けこむ 音 。
 33猛スピード で 階段 を 踏み鳴らす 音 。
 34一瞬 の 後 、 目 を 血走らせ た 半狂乱 の 若い 男 が 室内 に 飛びこん で き た 。
 35顔 は 青ざめ 、 服装 は 乱れ 、 息 を 切らし て いる 。
 36我々 を かわるがわる 見 た 男 は 、 我々 の 問いかける よう な 眼差し を 受け 、 この 形式 を 外し た 入室 を 謝罪 する 必要 が ある こと に 気がつい た よう だ 。
 37「 もうしわけ あり ませ ん 、 ミスター・ホームズ 」
 38男 は 叫ん だ 。
 39「 責め ない で ください 。
 40気 が 変 に なり そう な ん です 。
 41ミスター・ホームズ 、 私 が 、 不幸 なる ジョン・ヘクター・マクファーレン です 」
 42男 は そう 宣言 し た 。
 43まるで その 名前 だけ で 訪問 の 理由 も 態度 の 原因 も 説明 でき そう な ようす だっ た が 、 ホームズ の 表情 に 変化 が ない の を 見る と 、 その 名前 は ホームズ にとって も 意味 の ない もの だっ た らしい 。
 44「 煙草 で も どうぞ 、 ミスター・マクファーレン 」 と 、 自分 の ケース を 押しやり ながら ホームズ が 言っ た 。
 45「 その 症状 からして 、 きっと 、 我が 友 ドクター・ワトスン から 鎮静剤 を 処方 し て もらえる こと でしょう 。
 46ここ 数 日 、 暑苦しい 日 が 続き ます し ね 。
 47どう です 、 少し でも 落ちつい た よう でし たら 、 あちら の 椅子 に 腰 を 下ろし て 、 ゆっくり と 、 穏やか に 、 あなた が どなた か 、 何 を お望み な の か を 教え て いただける と 嬉しい の です が 。
 48まるで 私 が その 名前 を 知っ て いる はず だ という 口ぶり です が 、 あなた が 独身 で 、 事務弁護士 で 、 フリーメーソン の メンバー で 、 喘息持ち だ という 事実 以外 、 まったく 何 も 知ら ない の です 」
 49ホームズ の 手口 に は なじん で い た ので 、 その 推論 を たどる の は 難しく なかっ た 。
 50服装 の 乱れ 、 法律文書 の 束 、 時計 の 飾り 、 呼吸 。
 51推論 は 、 これら の 観察 から 導き出さ れ た の だ 。
 52しかし 、 依頼人 は 驚き を 込め て ホームズ を 見つめ た 。
 53「 はい 、 すべて その とおり です 、 ミスター・ホームズ 。
 54おまけ に 、 私 は いま この とき ロンドン一 不運 な 男 です 。
 55お願い し ます 、
 56私 を 見捨て ない で ください 、 ミスター・ホームズ !
 57もし 話 を 終える 前 に 私 が 逮捕 さ れ そう に なっ たら 、 本当 の こと を みんな 話し て しまう まで 待つ よう に 説得 し て ください 。
 58留置所行き は かまい ませ ん 、 外 で あなた が 動い て くださる の さえ 知っ て いれ ば 」
 59「 逮捕 です か ! 」 と ホームズ 。
 60「 これ は また 実に すばら ―― 実に 困っ た こと です ね 。
 61何 の 容疑 で 逮捕 さ れる と お考え な の です か ? 」
 62「 ロワーノーウッド の ミスター・ジョナス・オールデイカー 殺害 の 容疑 で 」
 63ホームズ の 表情 に は 同情 が 見 られ た が 、 困っ た こと に 、 その 顔 に 満足 が かけら も 混じっ て い ない と は 言い がたい 。
 64「 おやおや 」 と ホームズ 。
 65「 たった いま 、 朝食 の 席 で ドクター・ワトスン に 言っ て い た ところ でし た よ 、
 66センセーショナル な 事件 が 新聞 から なくなっ た と ね 」
 67客人 は 震える 手 を 伸ばし て デイリーテレグラフ を 、 ホームズ の 膝 の 上 から 取り上げ た 。
 68「 もし これ を ごらん に なっ て い たら 、 今朝 の 用件 も 一目 で 分かっ て いただけ まし た のに 。
 69誰 も が みな 、 私 の 名前 と 不運 を 口 に し て いる よう に 感じ て いる の です 」
 70そう 言い ながら 、 真中付近 の ページ を 開い た 。
 71「 これ です 、
 72もし よろしけれ ば 私 が お読み し ましょ う 。
 73お聞き ください 、 ミスター・ホームズ 。
 74ヘッドライン は 『 ロワーノーウッド の 怪事件 。 有名建築家 失踪 。 殺人 、 および 放火 の 疑い 。 犯罪 の 手がかり 』 と なっ て い ます 。
 75彼ら は 手がかり を 掴ん で い ます 、 ミスター・ホームズ 。
 76そこ から 私 が 割り出さ れる の は 分かり きっ て い ます 。
 77ロンドンブリッジ駅 から 尾行 が つき まし た し 、 きっと 、 ただ 私 を 逮捕 する 令状 が とれる の を 待っ て いる だけ な ん です 。
 78母 は ―― 母 は 心 を 痛める こと でしょう ! 」
 79客人 は 先々 の こと に 思い に 悩ん で 両手 を 組み合わせる と 、 後ろ に 倒れこん で 椅子 に 収まっ た 。
 80暴力的犯罪 の 当事者 として 告発 さ れ た この 男 を 、 私 は 興味深く 眺め た 。
 81やつれ た 陰気 な 様子 が 見うけ られる が 、 麻栗色 の 髪 と 整っ た 顔立ち を し て いる 。
 82おびえ きっ た 青い 瞳 。
 83きれい に 剃ら れ た 顔 。
 84弱々しい 、 神経質 そう な 口元 。
 85年 の ころ は 27 といった ところ か 、 服装 も 態度 も 紳士 の それ だっ た 。
 86サマー・オーバー の ポケット から 、 所有者 の 職業 を 物語る 裏書用紙 の 束 が のぞい て いる 。
 87「 残さ れ た 時間 を 活かさ なけれ ば 」 と ホームズ 。
 88「 ワトスン 、 その 新聞 の 、 問題 の 記事 を 読ん で もらえ ない か ? 」
 89客人 が 引用 し た 活力 ある ヘッドライン の 下 に 続い た 、 示唆 に 富む 記事 を 私 は 読み上げ た 。
 90昨夜遅く 、 あるいは 本日未明 、 ロワーノーウッド で 事件 が 発生 し た 。
 91重大 な 犯罪 の 可能性 が 懸念 さ れ て いる 。
 92ミスター・ジョナス・オールデイカー ( 52 ) は この 郊外 の 有名 な 住人 で あり 、 長年 、 この 地方 で 建築家 として の 業務 に 携わっ て いる 。
 93氏 は 独身 で あり 、 ディープ・ディーン道路 の 端 の シデナム に ある ディープ・ディーン・ハウス で 暮らし て い た 。
 94奇人 、 秘密主義 、 非社交人物 として も 有名 。
 95ここ 数 年 、 実質的 に は 事業 から 撤退 し て い た が 、 すでに 相当 の 財産 を 築い て い た と 言わ れ て いる 。
 96しかしながら 、 住居 の 裏 に 小さな 木材置場 が 依然 と し て 存在 し て おり 、 昨晩 12 時 ごろ 、 木材 から 火 が 出 て いる という 通報 が あっ た 。
 97消防局 が すぐ に 駈けつけ た が 、 乾い た 木材 は 猛烈 な 勢い で 燃えあがり 、 すべて が 完全 に 燃え尽きる まで 止める こと は でき なかっ た 。
 98ここ まで は 一見 、 ありふれ た 退屈 な 事件 の よう で あっ た が 、 重大犯罪 を 示す 痕跡 が 明らか に なっ た 。
 99この 火災 の 現場 に 施設 の 所有者 が 見当たら ない こと に 驚き の 声 が 上がり 、 聴取 の 結果 、 住宅 から 姿 を 消し て しまっ た こと が 判明 し た 。
 100室内 を 調査 する と 、 ベッド に 入っ た 跡 は なく 、 金庫 が 開か れ て おり 、 重要書類 が 部屋中 に 散らばっ て い た 。
 101その うえ 、 殺意 に 満ち た 格闘 が 行わ れ た 跡 や 血痕 が 部屋中 で 見つかり 、 柄 に 血痕 の ある オーク の ステッキ が 発見 さ れ た 。
 102昨晩 遅く 、 寝室 に 客 を 迎え た という こと で 、 発見 さ れ た ステッキ の 所有者 は この 人物 で ある と 確認 さ れ た 。
 103ロンドン事務弁護士 ジョン・ヘクター・マクファーレン 、 西中央区グレシャム・ビルディングス 426 の グレアム・アンド・マクファーレン に 籍 を おく 人物 で ある 。
 104警察 は 犯罪 へ の 強い 動機 を 裏付ける 証拠 を 握っ て いる と 考え て おり 、 センセーショナル な 展開 が 続く こと に 疑問 の 余地 は ない 。
 105後記
 106―― 脱稿後 、 ミスター・ジョン・ヘクター・マクファーレン は すでに 、 ミスター・ジョナス・オールデイカー 殺害 の 容疑 で 逮捕 さ れ た という 噂 が 飛びこん で き た 。
 107少なくとも 、 令状 が 発行 さ れ て いる こと は 間違いない 。
 108ノーウッド事件 は 、 さらなる 不吉 な 展開 を 迎え そう だ 。
 109不運 な 建築家 の 部屋 に 見 られ た 格闘 の 跡 に加えて 、 寝室 ( 1 階 ) の フランス窓 が 開け放た れ て い た こと 、 何 か かさばる もの を 木材置場 へ 引きずっ た 跡 が ある こと 、 そして 、 黒焦げ の 物質 が 火災 の 現場 から 発見 さ れ た らしい こと が 、 現在 まで に 判明 し て いる 。
 110警察 は 被害者 が きわめて センセーショナル な 犯罪 に 巻き込ま れ た という 見解 を 持っ て いる 。
 111犯人 は 、 寝室 で 被害者 を 撲殺 し 、 書類 を 奪いとり 、 遺体 を 木材置場 まで 運び込ん で 、 犯罪 の 痕跡 を すべて を 焼却 し よう と し た との こと だ 。
 112調査 は スコットランドヤード の ベテラン刑事 、 レストレイド警部 の 手 に 委ね られ 、 警部 は 例のごとく 活力 と 聡明さ を もっ て 手がかり を 追っ て いる 。
 113シャーロック・ホームズ は 、 目 を 閉ざし 、 指先 を つき合わせ て 、 この 驚く べき 記事 に 耳 を 傾け て い た 。
 114「 たしか に 、 興味深い 点 も あり ます ね 」 と 、 ホームズ は こともなげ に 言っ た 。
 115「 まず です よ 、 ミスター・マクファーレン 、 どうして 今 も まだ 自由 の 身 で いる の です か ?
 116逮捕 さ れる の に 十分 な 証拠 が ある よう に 思え ます が 」
 117「 私 は ブラックヒース の トリングトン・ロッジ に 両親 と 暮らし て い ます 。
 118ですが 昨日 の 夜 は 、 ミスター・ジョナス・オールデイカー と 遅く まで 仕事 を し なけれ ば なら なかっ た もの です から 、 ノーウッド の ホテル に 泊まり まし た 。
 119事件 の こと は 、 事務所 に 帰る 列車 の 中 で 知り まし た 。
 120いま あなた が 耳 に し た 記事 を 読ん だ とき に 。
 121それ と 同時 に 、 私 が 恐ろしく 危険 な 立場 に いる こと に 気付き 、 事件 を あなた の 手 に 委ね よう と 急い で やってき た の です 。
 122事務所 や 家 に い た と し たら 、 とっく に 逮捕 さ れ て い た に 違いありません 。
 123男 が 1人 、 ロンドン・ブリッジ駅 から 尾行 し て き まし た 、
 124あれ は 間違いなく ―― む 、 これ は いったい ? 」
 125呼び鈴 が 鳴り響き 、 つづい て 階段 を のぼる 重々しい 足音 が 聞こえ て き た 。
 126一瞬 の 間 が あっ て 、 我々 にとって 昔馴染み の 友 で ある レストレイド が 戸口 に 現れ た 。
 127その 肩 の 向こう から 、 外 に いる 1人 か 2人 の 制服警官 の 視線 を 感じ た 。
 128「 ミスター・ジョン・ヘクター・マクファーレン ? 」 と 、 レストレイド は 言っ た 。
 129我々 の 不運 な 依頼人 は 、 幽鬼 の よう に 青ざめ て い た 。
 130「 ロワーノーウッド の ミスター・ジョナス・オールデイカー 殺害容疑 で 逮捕 する 」
 131マクファーレン は 我々 に 絶望 の 身振り を 示す と 、 崩れこむ よう に もう いち ど 椅子 に 座りこん だ 。
 132「 待っ て くれ 、 レストレイド 」 と ホームズ 。
 133「 30 分 前後 の 遅れ が 出 て も 違い は ない だろう 。
 134こちら の 方 は 、 この きわめて 面白い 事件 について 説明 を し て くれる ところ だっ た ん だ 。
 135それ を 聞け ば 、 事件 を 整理 する の に 役立つ と 思う よ 」
 136「 事件 の 整理 は 、 何ら 支障 も なく 行える と 考え ます が 」 と レストレイド は 苦々しげ に 言っ た 。
 137「 それでも やはり ね 、 もし 君 さえ よけれ ば 、 この 方 の 説明 を 聞い て み たい ん だ よ 」
 138「 ま 、 ミスター・ホームズ 、 あなた の 申し出 を 拒絶 する わけ に は いき ませ ん ね 。
 139以前 も 若干 警察 の 役 に 立っ て くださっ た こと です し 、 我々 スコットランドヤード も 大きな 借り を 作っ て い ます から 」 と レストレイド 。
 140「 ただし 、 私 も 容疑者 と 一緒 に 残ら ね ば なり ませ ん 。
 141職務上 、 警告 し て おき ます が 、 容疑者 の 発言 は 、 容疑 に対する 証拠 として 扱わ れる でしょう 」
 142「 それ で かまい ませ ん 」 と 依頼人 は 言っ た 。
 143「 ただ 、 真実 に 耳 を 傾け 、 真実 を 認識 し て いただき たい だけ です 」
 144レストレイド は 自分 の 時計 に 目 を やっ た 。
 145「 30分 、 譲り ましょ う 」
 146「 まず 最初 に お断り し ます が 、 私 は ミスター・ジョナス・オールデイカー を まったく 知り ませ ん でし た 。
 147何 年 も 昔 、 両親 の 知人 だっ た という こと で 名前 は 聞い て い まし た が 、 今 は もう 両親 と の つきあい も あり ませ ん 。
 148ですから 、 昨日 の 午後 3 時 ごろ 、 ミスター・オールデイカー が 事務所 に き た とき に は 驚き まし た 。
 149訪問 の 理由 を 伺う と 、 さらに 驚かさ れ まし た 。
 150あの 方 は 、 数 枚 の 走り書き を ―― これ です ―― テーブル に 出し まし た 。
 151「 『 これ は 、 私 の 遺言書 です 』 と あの 方 は 言い ます 。
 152『 ミスター・マクファーレン 、 これ を 法的 な 形式 に 整え て 欲しい 。
 153作業中 、 ここ に 座っ て 待ち ます から 』
 154「 私 は さっそく 写本 を 作る こと に し まし た 。
 155ところが 読ん で みる と 、 条件つき で 、 その 財産 すべて を 、 私 に 遺す と いう の です 。
 156それ を 見 た とき の 私 の 驚き を 想像 でき ます ね ?
 157ミスター・オールデイカー は 体 の 小さい 風変わり な 人物 で 、 白い 睫毛 を し た フェレット の よう でし た 。
 158目 を 上げる と 、 鋭い 灰色 の 瞳 が 私 の ほう を 楽し そう に 見つめ て い ます 。
 159遺言書 の 内容 を 読ん で も 、 私 に は 自分 の 感覚 を 信じ られ ませ ん でし た 。
 160説明 によると 、 あの 方 は 独身 で あり 、 親類 も ほとんど 死ん で しまっ た 。
 161私 の 両親 と は 若い 頃 の 知り合い だっ た 。
 162常々 、 私 が とても 立派 な 若者 で ある と 聞い て いる 。
 163そして 、 自分 の 財産 を 価値 の ある 人間 の 手 に 収め て もらい たい の だ 、 と 。
 164当然 、 私 に は 感謝 の 言葉 を どもり ながら 繰り返す こと しか でき ませ ん でし た 。
 165仕上がっ た 遺言書 に 、 署名 と 、 事務員 による 連署 が 行わ れ まし た 。
 166この 青い 書類 が そう です 、 それから こちら が 、 ご説明 し た とおり 、 下書き です 。
 167ミスター・ジョナス・オールデイカー は 、 建物 の 賃貸契約書 や 、 権利証書 や 、 抵当証書 や 、 仮証書類 など といった 書類 が 山 ほど ある ので 、 一度 目 を 通し て 理解 し て おい て 欲しい と 言い まし た 。
 168一切 が 落ちつく まで 安心 でき ない そう で 、 その 夜 に 、 遺言書 を もっ て 、 ノーウッド の 家 に 足 を 運び 、 問題 を まとめ よう と 頼ま れ まし た 。
 169『 そうそう 、 きみ 、 ご両親 に は 一言 も 漏らさ ない よう に 。
 170何 もかも が 落ちつく まで ね 。
 171ちょっと 驚かせ て やれる よう に な 』
 172あの 方 は この 点 を 強く 言い張り 、 私 に 堅く 約束 さ せ まし た 。
 173「 想像 できる でしょう 、 ミスター・ホームズ 、
 174あの 方 が 求める こと を 拒否 できる よう な 気分 で は なかっ た の です 。
 175恩人 です 。
 176私 は ただ 、 あの 方 の 希望 に あらゆる 点 で お応え し たかっ た の です 。
 177ですから 私 は 、 重要 な 仕事 が でき た ので どれ くらい 遅く なる か 分から ない と 、 家 に 電報 を 打ち まし た 。
 178ミスター・オールデイカー は 9 時 に 家 で 一緒 に 夕食 を とり たい が 、 その 時間 まで 家 に は い ない と 言い まし た 。
 179もっとも 、 あの 方 の 家 を 見つける の に ちょっと てこずり まし て 、 30 分 ほど 遅刻 し まし た 。
 180あの 方 が ―― 」
 181「 待っ て ください ! 」 と ホームズ 。
 182「 誰 が ドア を 開け まし た か ? 」
 183「 中年 の 女性 が 。
 184たぶん 、 家政婦 な ん だ と 思い ます 」
 185「 推測 です が 、 その 女性 から 、 あなた の お名前 を 口 に し まし た ね ? 」
 186「 その とおり です 」 と マクファーレン 。
 187「 続き を どうぞ 」
 188マクファーレン は 額 に にじん だ 汗 を ぬぐう と 、 話 を 続け た ――
 189「 その 女性 は 、 私 を 居間 に とおし まし た 。
 190質素 な 夕食 が 準備 さ れ て い ます 。
 191食後 、 ミスター・ジョナス・オールデイカー に つい て 寝室 に 入っ た ところ 、 室内 に は 大きな 金庫 が 置い て あり まし た 。
 192あの 方 が 金庫 を 開い て 大量 の 書類 を 取り出し まし た ので 、 2人 で 調べ 始め まし た 。
 193終わっ た の は 11 時台 だっ た と 思い ます 。
 194家政婦 の 手 は 煩わせ られ ない という こと で 、 フランス窓 から 帰る よう に 指示 し まし た 。
 195窓 は ずっと 開け られ て い まし た 」
 196「 ブラインド は 降り て い まし た か ? 」 と ホームズ が 聞い た 。
 197「 自信 は あり ませ ん が 、 半分 だけ 降ろし て あっ た よう な 気 が し ます 。
 198いや 、 間違い あり ませ ん 。
 199あの 方 が 窓 を 押し開こ う と 、 ブラインド を 引き上げ て いる ところ を 思い出し まし た 。
 200ステッキ が 見つかり ませ ん でし た が 、 『 気 に する こと は ない よ 、 きみ 。 きっと 、 また 何 度 も 会う こと に なる だろう から 、 今度 会う とき まで 預かっ て おく さ 』 と 言わ れ まし た から 、 私 は 帰り まし た 。
 201その とき 、 金庫 は 開けっ放し で 、 書類 は まとめ て テーブル の 上 に 置い て あり まし た 。
 202ブラックヒース に 帰れる 時刻 で は あり ませ ん でし た から 、 アナリー・アームズ で 一泊 し まし た 。
 203今朝 の 恐ろしい 事件 の こと は 、 朝刊 を 読む まで 何 も 知り ませ ん でし た 」
 204レストレイド は 、 この 注目 す べき 解説 を 聞き ながら 、 2 、 3 度 、 眉 を 釣りあげ た が 、 ここ で ようやく 口 を 開い た 。
 205「 他 に 何 か 聞い て おき たい こと は あり ます か 、 ミスター・ホームズ ? 」
 206「 ブラックヒース に 行っ て みる まで は 何 と も 」
 207「 ノーウッド じゃ ない です か 」 と レストレイド 。
 208「 ああ 、 そう か 。
 209確か に それ です よ 」 と ホームズ が 謎めい た 微笑 を 浮かべ て 言っ た 。
 210ホームズ の 剃刀 の よう な 頭脳 は 、 レストレイド の 理解 の 及ば ない ところ まで 、 事実 を 鋭く 切り取る こと が できる 。
 211レストレイド は それ を 、 口 で 言う 以上 に 、 経験 から 学ん で い た 。
 212レストレイド は ホームズ を 興味深げ に 眺め た 。
 213「 少し お話 を 伺っ て おく ほう が よさ そう です ね 、 ミスター・シャーロック・ホームズ 」 と レストレイド 。
 214「 さて 、 ミスター・マクファーレン 、 戸口 に 警官 を 2人 、 外 に 四輪 を 待た せ て ある 」
 215哀れ な 若者 は 立ちあがり 、 嘆願 する よう な 視線 を 我々 に 向ける と 、 部屋 から 出 て いっ た 。
 216警官 は マクファーレン を つれ て 馬車 に 乗りこん だ が 、 レストレイド は 後 に 残っ た 。
 217ホームズ は 、 摘み上げ た 遺書 の 下書き を 、 熱心 な 興味 に 満ち た 顔 で 見つめ た 。
 218「 なかなか 特徴 の ある 文書 だ ね 、 レストレイド 。
 219どう だ ? 」
 220レストレイド は 当惑 し た 表情 で 書類 を 眺め た 。
 221「 最初 の 数 行 は 読め ます ね 。
 222それ に 、 2 枚目 の 真中あたり と 、 最後 の 2 、 3 行 も 。
 223印刷 の よう に はっきり と 。
 224が 、 しかし 、 その 間 の 筆跡 は かなり ひどい な 。
 225まったく 読め ない 部分 も 3 ヶ所 」
 226「 そこ から 何 を 想像 する ? 」
 227「 ふむ 、 そちら こそ 何 を ? 」
 228「 列車 の 中 で 書か れ た という こと さ 。
 229きれい な 筆跡 は 駅 を 、 ひどい 筆跡 は 進行中 を 、 さらに ひどい 筆跡 は 転轍機 の 通過 を 表し いる ん だ よ 。
 230科学的専門家 なら 、 この 文書 は 郊外線 で 書か れ た もの だ と 断言 する だろう 。
 231大都市 の 周辺部以外 に 、 これ ほど 連続 し て 転轍機 が 存在 し て いる ところ は ない 。
 232この 推理 から 、 ミスター・オールデイカー は 列車 の 旅 の 間中 、 遺言書 を 書き つづけ た の だ と 思わ れる 。
 233乗っ て い た の は 急行 だ ね 。
 234ノーウッド―ロンドンブリッジ間 で 一 度 しか 停車 し て い ない 」
 235レストレイド は 笑い出し た 。
 236「 持論 を 進めだす と まったく 手 に おえ ませ ん ね 、 ミスター・ホームズ 」 と レストレイド 。
 237「 それ が この 事件 に どう 影響 し て くる ん です か ? 」
 238「 そう だ な 、
 239例の 若者 の 話 を 補強 し て くれる ね 。
 240遺言書 が ジョナス・オールデイカー によって 、 昨日 、 道すがら に 書か れ た もの だ という ところ まで 。
 241好奇心 を そそら れる よ
 242―― そう だろう ? ――
 243そういう 大切 な 文書 を 、 こんな でたらめ な 方法 で 書き上げる とは ね 。
 244どう やら 、 こいつ が 実際 に たいへん 重要 な もの に なる なんて 思っ て い なかっ た らしい 。
 245もし 、 発効 さ せる つもり が ない 遺言書 を 書く ん で あれ ば 、 こんな 真似 を する かもしれない ね 」
 246「 まあ 、 この 遺言書 と 一緒 に 、 自分 の 死刑執行書 を 書い た という こと です よ 」 と レストレイド 。
 247「 ほう 、 君 は そう 思う かい ? 」
 248「 そう でしょう ? 」
 249「 なるほど 、 その 可能性 は 高い 。
 250だけど ね 、 僕 に は 事件 が まだ 明白 じゃ ない ん だ 」
 251「 明白 じゃ ない ?
 252だいたい 、 これ が 明白 で ない と する と 、 いったい 何 を し て 明白 と いう の です ?
 253ここ に 1人 の 男 が いる 。
 254ある 老人 が 死ね ば 一 財産 を 相続 できる という 情報 が 舞いこん で き た 。
 255彼 は どう し ます か ?
 256彼 は その こと を 誰 に も 言わ ない 。
 257代わり に 、 こう 企てる ん です よ 。
 258夜 、 その 老人 に 会う ため に 出かける 。
 259もっともらしい 理由 も ある 。
 260家 の 中 に いる もう 1人 の 人物 が 眠り に つく まで 待ち 、 部屋 で 老人 を 殺害 する 。
 261遺体 は 木材置場 で 焼き払う 。
 262そして 、 現場 を 去り 、 近く の ホテル に 泊まる 。
 263部屋 の 中 や 、 ステッキ に つい た 血痕 は ごく わずか 。
 264被害者 に 外傷 を 残さ なかっ た と 思っ て い た の かもしれない 。
 265死体 が 痛ん で しまえ ば 、 死因 を 判定 する 痕跡 も 見つから ない だろう
 266―― 何ら か の 理由 で 彼 が 犯人 だ と 指し示す 痕跡 を ね 。
 267みんな 、 明らか な こと でしょう ? 」
 268「 胸 を 打た れる よ 、 レストレイドくん 、 あまり に も 明らか すぎる 些事 として 」 と ホームズ 。
 269「 君 は 自分 の すばらしい 特性 の 中 に 、 想像力 を 付け加え よう と し ない けど ね 、 少し の 間 、 この 若者 の 立場 に 身 を 重ね て みる ん だ 。
 270君 は 、 問題 の 遺言書 が 書か れ た その 日 の 夜 を だ よ 、 犯行 の 日時 として 選ぶ の かい ?
 271この 2 つ の 出来事 を 、 そんな に 連続 し て 起こす こと に 危険 を 感じ ない の かい ?
 272まだ ある 。
 273君 が 家 の 中 に いる こと を 誰 か に 知ら れ て いる とき 、 使用人 が 君 を 迎え入れ た とき 、 そんな とき を チャンス と 考える の かい ?
 274おまけ に 、 死体 の 始末 に かなり 骨 を 折っ て おき ながら 、 自分 の ステッキ を 証拠 として 残し て いく の かい ?
 275白状 する ん だ ね 、 レストレイド 、 どれ も まったく あり え そう に ない って 」
 276「 ステッキ について 言え ば 、 ミスター・ホームズ 、 ご承知 の とおり 、 犯罪者 は とき に 混乱 の あまり 、 冷静 な 人間 なら やら ない よう な こと を やっ て しまう もの です よ 。
 277容疑者 は 部屋 に 戻る の が 怖かっ た ん です 。
 278他 に 事実 と ぴったり 合う 理論 が ある の なら 、 ぜひ どうぞ 」
 279「 簡単 に 半ダース は 並べ られる よ 」 と ホームズ 。
 280「 たとえば さ 、 こういう 話 だって 可能性 が ある 。
 281いや 、 十分 に 可能 だ ね 。
 282無償 の プレゼント に し て おく よ 。
 283老人 が 、 見る からに 値打ちもの と 分かる 書類 を 広げ て いる 。
 284通りすがり の 浮浪者 が 窓 から それ を 見る 。
 285ブラインド は 半分 しか 降り て い ない 。
 286弁護士 退出 。
 287浮浪者 侵入 !
 288そして 、 目 に つい た ステッキ を 握りしめ 、 オールデイカー を 殺害 。
 289死体 を 焼い て 立ち去る 」
 290「 なぜ 浮浪者 は 死体 を 焼か ね ば なら ない ん です か ? 」
 291「 その 点 、 マクファーレン は なぜ ? 」
 292「 証拠隠滅 の ため 」
 293「 浮浪者 も 殺人 の 痕跡 を すべて 隠滅 し たかっ た ん だろう さ 」
 294「 それ に 、 浮浪者 は なぜ 何 も とっ て いか なかっ た ん です か ? 」
 295「 なぜ なら 彼 に は 換金 でき ない 書類 だっ た から 」
 296レストレイド は 首 を 横 に 振っ た 。
 297さっき まで の 絶対的 な 自信 は やや ゆらい だ よう で は あっ た が 。
 298「 それじゃあ 、 ミスター・シャーロック・ホームズ 、 浮浪者 とやら を 探し て みる ん です ね 。
 299その 間 に 、 我々 は あの 男 の 線 で 調べ つづけ ます から 。
 300時 が くれ ば どっち が 正しい か 判明 する でしょう 。
 301この 点 は 言っ て おき ます よ 、 ミスター・ホームズ 。
 302我々 の 知る かぎり 、 書類 は 1 枚 も 持ち出さ れ て い ませ ん 。
 303そして 、 容疑者 は 世界 で ただ ひとり 、 書類 を 持ち出す 必要 が ない 人物 です 。
 304彼 は 法定相続人 で あり 、 いかなる 場合 も すべて を 手 に する ん です から 」
 305この 言葉 は こたえ た らしい 。
 306「 いや 、 その 証拠 が それなり に 君 の 考え に 味方 する って こと を 否定 する つもり は ない ん だ 。
 307ただ 、 別 の 考え方 も あり える ん じゃ ない か と 言っ て おき たかっ だ だけ で ね 。
 308君 の 言う とおり 、 時 が 判定 を 下し て くれる だろう 。
 309ごきげんよう !
 310とりあえず 、 今日中 に ノーウッド に よっ て 、 捜査 が どれ くらい 進ん だ か を 見 に いく よ 」
 311レストレイド が 出 て いく と 、 ホームズ は 立ち上がり 、 今日 の 活動 の ため の 準備 を し た 。
 312好み の 仕事 を 目前 に し た 人間 に 見 られる 、 きびきび し た 様子 で 。
 313「 捜査 の 初動 は 」 と 、 フロックコート を すばやく 身 に つけ ながら 言っ た 。
 314「 言っ た とおり 、 ブラックヒース 方面 だ よ 、 ワトスン 」
 315「 なぜ ノーウッド じゃ ない ん だい ? 」
 316「 この 事件 は 、 2 つ の 奇妙 な 事件 が 密接 に 連なっ た もの だ から だ よ 。
 317警察 は 、 第二 の 事件 が 現に 犯罪 だ からといって 、 そちら ばかり に 注目 する という 誤り を 犯し て いる 。
 318だけど 、 論理的 に この 事件 に 取りかかる に は 、 第一 の 事件 に 光 を 投げかけ ない と いけ ない ん だ 。
 319第一 の 事件 とは 何 か
 320―― 興味深い 遺言書 、 ひどく 急 に 作ら れ た 、 ひどく 意外 な 相続人 を 決め た 例の 遺言書 だ よ 。
 321その あたり を 明らか に し て おけ ば 、 後 の 事件 も 多少 分かり やすく なる かもしれない 。
 322いや 、 ワトスンくん 、 君 が 手 を 借せる こと は ない と 思う 。
 323いや 、 危険 の 見通し も ない し 。
 324危な そう だっ たら 、 君 を おい て 動き回る なんて 夢 に も 見 ない よ 。
 325きっと 、 夕方 に 顔 を 合わせ た とき は 、 僕 に 保護 を 求め て き た 不運 なる 若人 の ため に 何 か 報告 できる と 思う よ 」
 326ホームズ の 帰り は 遅かっ た 。
 327やつれ た 、 不満 そう な 表情 からして 、 捜査開始時 に 抱い て い た 高い 期待 は 果たさ れ なかっ た の だ と 見うけ られる 。
 328一 時間 ほど 、 苛立つ 心 を 慰め よう と バイオリン を 唸らせ て い た が 、 やがて 放り出す と 、 急 に 失敗談 を 細部 に 渡っ て 話し 始め た 。
 329「 何 もかも が 失敗 だ 、 ワトスン
 330―― あらゆる 手 が こよなく 失敗 する 。
 331レストレイド の 前 で は 図太い 態度 を 崩さ なかっ た けど 、 驚くなかれ 、 今度 ばかり は あいつ の 線 が 正しく て 、 僕 の は 間違っ て いる ん だ と 信じる よ 。
 332僕 の あらゆる 勘 が 、 ひと つ の 流れ を 描い て いる 。
 333そして 、 事実 は すべて 逆 を いっ て いる 。
 334きわめて 残念 な こと だ けど 、 イギリス の 陪審員 が 知性 の 頂点 を きわめ て 、 レストレイド の 事実 より 僕 の 推理 の 方 を 好ん で くれる よう に なる の は まだ 先 の こと だろう ね 」
 335「 ブラックヒース に 行っ た の か ? 」
 336「 そう と も 、 ワトスン 。
 337故 オールデイカー は かなり の 悪党 だっ た こと が すぐ に 分かっ た よ 。
 338父親 は 息子 を 探し に 出かけ て い た 。
 339母親 は 家 に い た
 340―― 頭 の 軽そう な 、 青い 目 を し た 小柄 な 人 で ね 、 不安 と 憤慨 に 体中 を 震わせ て い た 。
 341息子 が 犯人 な はず が ない って 決めつけ て て さ 。
 342だけど 、 オールデイカー の 不幸 について は 、 驚き も 嘆き も 表さ なかっ た 。
 343それ と は 逆 に 、 たいへん な 手厳しさ で オールデイカー を やっつける ん だ よ 。
 344あれ を 息子 の 耳 に ふきこん で い た と し たら 、 その 心情 は 憎悪 と 暴力 に 向け て 傾い て いっ た に 違いない 。
 345そう 思わせる ほど 、 警察 の 主張 を 大きく 強化 する よう な 態度 な ん だ 。
 346そう と 意識 し て やっ て いる ん じゃ ない ん だろう けど ね 。
 347『 あの 男 は 人間 というより 狡猾 な 猿 です 』 と 母親 は 言う 。
 348『 いつ だって そう でし た 、 若い ころ から ずっと 今 まで 』
 349「 『 その 頃 から 彼 を 知っ て いる と ? 』
 350「 『 ええ 、 よく 知っ て い ます とも 。
 351実は 、 昔 の 求婚者 な ん です 。
 352神 よ 、 感謝 いたし ます 。
 353彼 から 目 を 背け 、 より よい 人 と 結婚 する 判断力 を 私 に お与えくださっ た こと に 。
 354たとえ 、 その 人 が 彼 より 貧しく とも 。
 355彼 と は 婚約 し て い まし た 、 ミスター・ホームズ 。
 356その ころ 、 ひどい 話 を 耳 に 挟ん だ ん です 。
 357何でも 、 鳥たち の 檻 に 猫 を 放っ た とか言う 話 で 、 私 は あまり の 冷酷無慈悲さ に 怖く なり まし た から 、 彼 と は それ 以上 つきあわ ない こと に し た ん です 』
 358「 『 なるほど 。
 359何 は ともあれ 、 ミスター・オールデイカー は あなた の こと を お許し の よう です ね 。
 360全財産 を 息子さん に 遺そ う という の です から 』
 361「 『 私 も 息子 も 、 なに ひと つ ジョナス・オールデイカー から 受け取り たく は あり ませ ん 。
 362死後 も 生前 も ! 』 と 気高い 心意気 を 叫ぶ ん だ 。
 363『 天 に は 神さま が おら れ ます 、 ミスター・ホームズ 。
 364悪人 に 天罰 を 下し た 神さま が 、 折り を 見 て 、 息子 の 手 が あの 男 の 血 で 汚れ て い ない こと も 証明 ください ます 』
 365「 それで 、 少し カマ を かけ て み た けど 、 我々 の 仮説 に 役立ち そう な もの は 得 られ なかっ た 。
 366それ どころか 、 いく つ か 仮説 に 異 を 唱える 点 すら あっ た よ 。
 367結局 、 あきらめ て ノーウッド に 向かっ た 。
 368「 ディープ・ディーン・ハウス という ところ は 大きな 煉瓦造り の 邸 だっ た 。
 369この 現代風 の 建物 は 敷地内 の 奥 に 居座っ て い て 、 門前 に 広がる 芝生 に は 月桂樹 の 木立 が あっ た 。
 370右手 の 、 やや 道 から 離れ た ところ に は 、 火災 の 現場 と なっ た 木材置場 が ある 。
 371これ だ 、
 372手帳 を 1 枚 破っ て だいたい の 図 を 書い て おい た よ 。
 373左 に ある この 窓 が 、 オールデイカー の 部屋 に 通じ て いる 。
 374見 て の とおり 、 道 から 部屋 の 中 を 覗きこめる ん だ 。
 375これ が 、 今日 僕 が 手 に し た 唯一 の 慰め だ ね 。
 376レストレイド は い なかっ た けど 、 巡査長 が 代役 の 栄誉 を 担っ て い た 。
 377ちょうど 重大 な 発見 を し た ところ だっ た らしい 。
 378連中 、 朝 から 燃え尽き た 木材 の 灰 を 掻きまわし 続け て 、 炭化 し た 有機物 と 、 色 が 落ち た 円形 の 金属 を いく つ か 手に入れ た ん だ 。
 379僕 が 調べ て みる と 、 それ が ズボン の ボタン に 間違いない 。
 380うち ひと つ から は 、 『 ハイアムス 』 の 名前 が 入っ た マーク を 見て取る こと が でき た 。
 381オールデイカー の 仕立て屋 の 名前 だ 。
 382それから 、 芝生 の 上 に 痕跡 が 残さ れ て い ない か ていねい に 取り組ん だ けど 、 連日 の 日照り が 何 でも 鉄 の よう に 堅く し て しまっ て い た 。
 383何 も 見つかる わけ が ない 。
 384人 か 何 か を 引きずっ て 、 木材 と 平行 に 植え られ て いる イボタノキ の 垣根 を 抜け た 跡 が あっ た だけ だ 。
 385言う までも なく 、 こいつ は レストレイド の 見解 を 裏づけ て いる 。
 3868 月 の 太陽 を 背 に し て 芝生 の 上 を 這いずり回っ た けど 、 1 時間 後 、 何 の 新事実 も え られ ない まま 起き上がっ た 。
 387「 さて 、 この 大失敗 の 後 、 寝室 に 入っ て ここ も 調べ て み た 。
 388血痕 は きわめて 薄く 、 単なる しみ や 変色 の よう に も 見え た けど 、 確か に 最近 の もの だっ た 。
 389ステッキ は 動かさ れ て い た けど 、 そこ に も 薄い 血痕 が あっ た 。
 390この ステッキ が 依頼人 の 所有物 で ある の は 疑う 余地 も ない 。
 391依頼人 が そう だ と 認め て いる 。
 392両人 の 足跡 が 絨毯 の 上 に 残さ れ て い た けど 、 第三 の 人物 の 足跡 は ない 。
 393ここ も また 、 向こう側 の 勝ち だ 。
 394警察 は 得点 を 重ね 続け 、 僕ら は 行き詰まっ て いる 。
 395「 手 に し た の は 、 ただ 一条 の 希望 の 光
 396―― 無 に も 等しい 微か な 光 とはいえ 。
 397金庫 の 中身 は 、 大部分 が テーブル の 上 に 出さ れ て い た 。
 398調べ て みる と 、 書類 は 封筒 に 入れ て 封 を さ れ て おり 、 ごく 一部 は 警察 によって 開か れ て い た 。
 399僕 の 見 た かぎり で は 、 あまり 価値 の ある もの で は なかっ た し 、 預金通帳 を 見 て も 、 ミスター・オールデイカー が 言わ れる ほど 豊か な 境遇 に あっ た 様子 は ない 。
 400でも 、 どう やら すべて の 書類 が そこ に あっ た わけ で は なさ そう だ 。
 401間接的 な 証拠 から 他 に も 権利書 が ある はず な ん だ が ―― もっと 価値 の ある やつ だ ―― 見つけ きれ なかっ た 。
 402もちろん この こと は 、 もし 証明 できれ ば 、 レストレイド説 を レストレイド 自身 に はねかえし て くれる だろう 。
 403すぐ に 相続 できる と 知っ て いる もの を 誰 が 盗も う か ? と ね 。
 404「 結局 、 ほか の 藪 に は ぜんぶ 飛びこみ 、 獲物 の 気配 が ない こと を 確認 し た から 、 家政婦 に 賭け て み た 。
 405名前 は ミセス・レキシントン 、 小柄 で 陰気 で 無口 な 人物 で 、 疑り深 そう な 目つき を し て いる 。
 406口 で 言う 以上 に 何 か を 知っ て い た
 407―― 僕 は そう 確信 し て いる 。
 408だけど 、 石 の よう に 無口 な 女 だっ た 。
 409いわく ―― 9 時 半 すぎ に ミスター・マクファーレン を お通し し た 。
 410自分 の 手 が その 前 に 萎び て しまえ ば よかっ た のに 。
 41110 時 半 すぎ に 横 に なっ た 。
 412部屋 は 家 の 反対側 に あり 、 物音 は 聞こえ なかっ た 。
 413ミスター・マクファーレン は 帽子 と 、 信じる かぎり で は ステッキ を ホール に 置い て いっ た 。
 414火事騒ぎ で 目 を 覚まし た 。
 415哀れ に も 、 大切 な 旦那さま は 殺さ れ た の だ 。
 416敵 の 存在 は ?
 417そう 、 人 は 誰 でも 敵 を 抱え て いる と いう 。
 418でも ミスター・オールデイカー は 人付き合い を 避け て い た し 、 会う 人 も 仕事関係 の 人 だけ だっ た 。
 419ボタン を 見る と 、 確か に 昨日 着 て い た 服 に つい て い た もの だ 。
 420木材 は 、 1 ヶ月 も 雨 が ない もの だ から 、 かなり 乾い て い た 。
 421火口 の よう に 燃え上がっ て 、 現場 に 着い た とき に は 炎 以外 に は 何 も 見え なかっ た 。
 422消防 の 人 と 同じく 、 肉 が 焼ける 匂い を かい だ 。
 423書類 について も 、 オールデイカー の 個人的 な 仕事 も 、 まったく 知ら ない ―― だ そう だ 。
 424「 という わけ で 、 ワトスンくん 、 失敗 の 報告 は 以上 。
 425それでも ―― それでもね ―― 」
 426―― ホームズ は 細い 手 を 信念 の 激情 に 握り締め た ――
 427「 何 もかも が 間違っ て いる 。
 428僕 に は 分かる 。
 429確か に そう 感じる 。
 430まだ 明らか に なっ て い ない こと が あっ て 、 あの 家政婦 が それ を 知っ て いる 。
 431瞳 の 中 に あっ た 陰鬱 な 抵抗 の 光 、 あれ は やましい こと を 知っ て いる 人間 の 目つき だ 。
 432とは言え 、 これ 以上 ここ で 喋り つづけ たって 、 どうにか なる もの じゃ ない ね 、 ワトスン 。
 433ただ 、 幸運 でも つかま ない かぎり 、 ノーウッド失踪事件 は 僕ら の 成功話 として 描か れる こと は ない だろう な 。
 434僕 に は 我慢強い 大衆 が さらに 待たさ れる こと に なる の が 目 に 見える よう だ 」
 435「 そう だ なあ 」 と 私 。
 436「 あの 男 の 外見 は 陪審員 を 動かす の で は ? 」
 437「 それ は 危険 な 意見 だ よ 、 ワトスンくん 。
 438凶悪殺人犯 バート・スティーブンス を 覚え て いる ね ?
 43987 年 に 自分 から 手 を ひけ と 言っ て き た あの 男 を 。
 440今回 の 依頼人 より も 穏やか な 物腰 で 、 日曜学校 の 若者 の よう だっ た だろう ? 」
 441「 なるほど 」
 442「 取って代わる 理論 を 確立 でき ない かぎり 、 この 男 は 負ける 。
 443今 の ところ 、 彼 の 容疑 から は ほとんど 欠点 が 見つから ない だろう し 、 捜査 も 向こう の 主張 を 強化 する の に 役立つ ばかり だ 。
 444ところで 、 あの 書類 について は 、 ひと つ 、 僕ら の 役 に 立ち そう な 面白い 部分 が あっ て ね 。
 445通帳 を 調べる と 、 残高 が 少ない の は 、 昨年中 、 ミスター・コーネリアス に 多額 の 小切手 を 切っ て いる の が 主 な 原因 らしい 。
 446引退 し た 建築家 と の 間 に 多額 の 取引 を 行っ て いる ミスター・コーネリアス とは いかなる 人物 か 、 正直 に 言っ て 、 ぜひ 知り たい ところ だ ね 。
 447この 男 が 事件 に 絡ん で くる 可能性 は ある だろう か ?
 448コーネリアス は 仲買人 かもしれない けど 、 こういった 多額 の 支払 に 該当 する 書類 は まったく 見つかっ て い ない ん だ 。
 449ほか の 手がかり は みんな 駄目 だっ た 以上 、 捜査 の 方向 を 、 銀行 の 調査 に 向ける しか ない 。
 450誰 が この 小切手 を 現金化 し て いる の か 問い合わせ て みる よ 。
 451ただ 心配 だ ね 、 ワトスン 。
 452僕ら の 主張 が 無様 な 結果 に 終わり そう な 気 が する 。
 453レストレイド が 依頼人 を 絞首台 に 送りこん で 、 スコットランドヤード の 大勝利 って わけ さ 」
 454この 夜 、 シャーロック・ホームズ が 睡眠 を とっ た の かどうか すら 、 私 に は 分から ない 。
 455私 が 朝食 に 下り て き て た とき に は もう 、 青白い 、 憔悴 し た 姿 が そこ に あっ た 。
 456その 瞳 は 、 黒い 隈 の せい で 、 普段 より も 明るく 輝い て 見え た 。
 457椅子まわり の 絨毯 に は 、 煙草 の 吸殻 や 、 さまざま な 朝刊 の 早版 が 散らばっ て いる 。
 458電報 が 1 通 、 テーブル の 上 に 広げ て あっ た 。
 459「 こいつ を どう 思う 、 ワトスン ? 」
 460ホームズ は その 電報 を 弾い て よこし た 。
 461発信地 は ノーウッド 。
 462中身 は ――
 463「 ジュウダイ ナ シンショウコ ハッケン .
 464マクファーレン ノ ユウザイ カクテイ セ リ .
 465チュウコク スル
 466ジケン ヲ ホウキ セヨ .
 467―― レストレイド 」
 468「 これ は 痛い ね 」 と 私 。
 469「 レストレイド鳥 の つまらん 勝鬨 さ 」
 470ホームズ は 冷笑 し た 。
 471「 事件 を 放棄 する の は 後 で も いい だろう 。
 472重大 な 新証拠 って の は 諸刃 の 剣 な ん だ 。
 473もしかすると 、 レストレイド が まったく 想像 だに し ない 方向 に 切りこむ かもしれない 。
 474朝食 を すませる ん だ 、 ワトスン 。
 475そして 、 何 が できる の か を 2人 で 見 に いこ う 。
 476今日 は 、 君 の 精神的支援 が 必要 に なり そう な 感じ が する ん で ね 」
 477ホームズ は 朝食 を とら なかっ た 。
 478これ は ホームズ の 特徴 の ひと つ で 、 情熱 が 活動期 に 入る と 食事 を とろ う と し なく なり 、 まったくの 栄養失調 で 倒れる まで 、 自分 の 鋼 の よう な 強さ を 利用 し つくし た こと も あっ た の だ 。
 479「 今 、 気力 や 精神力 を 消化 など に 使える もの か 」
 480私 の 医学的 な 注意 に対して 、 ホームズ は そう 答える だろう 。
 481この 日 も 、 ホームズ は 朝食 に 手 を つけ ない まま ノーウッド に 出発 し た 。
 482いまだ に 、 不健全 な 見物客 が ディープ・ディーン・ハウス 周辺 に 群れ を なし て い た 。
 483ディープ・ディーン・ハウス 自体 は 、 私 が 胸 に 描い て い た よう な 邸 だっ た 。
 484門 の 内側 で は 、 レストレイド が 、 顔 に 勝利 の 色 を みなぎらせ 、 見る からに 勝ち誇っ た 態度 で 我々 を 出迎え た 。
 485「 それで 、 ミスター・ホームズ 、 我々 の 誤り を 立証 でき まし た か ?
 486浮浪者 とやら は みつかり まし た か ? 」
 487レストレイド は 喚い た 。
 488「 僕 は まだ 結論 を 出し た こと など ない よ 、 どういう 結論 も 」 と ホームズ 。
 489「 ところが 、 我々 は 昨日 、 結論 を 下し まし た よ 。
 490そして 今 や 、 それ が 正しい と 証明 さ れ て い ます 。
 491ですから 、 今回 は 我々 が 少し ばかり 先んじ て い た と 、 認め て もらわ ね ば なり ませ ん よ 、 ミスター・ホームズ 」
 492「 その 様子 で は 、 きっと 何 か 変わっ た こと でも あっ た ん だ ね 」
 493レストレイド は 大声 で 笑い 始め た 。
 494「 この 中 の 誰 より も 負けず嫌い な ん です ね 」 と レストレイド 。
 495「 人 は 常に 自分 の 道 を 行ける と は かぎら ない 。
 496そう です よ ね 、 ドクター・ワトスン ?
 497みなさま 、 もし よろしけれ ば こちら へ お進み ください 。
 498犯人 は ジョン・マクファーレン その 人 で ある こと を 、 きっぱり と お見せ いたし ましょ う 」
 499我々 は レストレイド に 随っ て 通路 を 抜け 、 薄暗い ホール に 出 た 。
 500「 ここ は 、 若き マクファーレン が 犯行後 に 帽子 を 取り に き た 場所 で ござい ます 」 と レストレイド 。
 501「 では 、 こちら を ご覧 あれ 」
 502レストレイド は 、 この 芝居がかっ た タイミング で マッチ を する と 、 漆喰 の 壁 に 残さ れ た 血痕 を 照らし出し た 。
 503レストレイド が マッチ を 近づける につれて 、 それ が 単なる 血痕 以上 の もの で ある こと が 分かっ た 。
 504それ は 、 しっかり と 押さ れ た 親指 の 指紋 だっ た 。
 505「 拡大鏡 で ご覧 ください 、 ミスター・ホームズ 」
 506「 ええ 、 そう いたし ます とも 」
 507「 同じ 指紋 が 二 つ と ない の は ご承知 でしょう ね ? 」
 508「 そういう ふう に 聞い てる よ 」
 509「 さてさて それでは 、 この 蝋 の 上 の 指紋 と お比べ 願え ましょ う か ?
 510今朝 、 私 が 命じ て 取ら せ て おい た 、 若き マクファーレン の 右親指 の 指紋 に ござい ます 」
 511レストレイド が 蝋 を 血痕 に 近づける と 、 拡大鏡 を 使う までも なく 、 2 つ の 指紋 が 同一 の 指 から とら れ た もの だ と 見て取る こと が でき た 。
 512不運 な 依頼人 の 敗北 が 明らか に なっ た の だ 。
 513「 これ で 決まり です 」 と レストレイド 。
 514「 うん 、 これ で 決まり だ な 」 と 私 も 和し た 。
 515「 それ で 決まっ た よ 」 と ホームズ 。
 516どこ か 耳 に 引っかかる 声音 だっ た ので 、 ホームズ の ほう に 振り返っ た 。
 517表情 に 大きな 変化 が 訪れ て い た 。
 518浮かれ騒ぐ 心 に 身悶え し て いる 。
 519両眼 は 星 の よう に 輝い て い た 。
 520押し寄せる 笑い の 発作 を 、 必死 の 努力 で 抑え て いる よう だ 。
 521「 いやいや まったく ! 」
 522やがて ホームズ は 口 を 開い た 。
 523「 そうとも 、 いったい 何 を 考え て き た ん だろう ?
 524見た目 なんて ごまかし ばかり だ 、 確か に ね !
 525りっぱ な 若者 の よう だっ た のに !
 526これ は ね 、 自分 の 判断 を 信頼 する な という 教訓 だ よ 。
 527そう だろう 、 レストレイド ? 」
 528「 ええ 、 我々 の 中 に は 少し ばかり 自信過剰 な 人 も い ます し ね 、 ミスター・ホームズ 」 と レストレイド 。
 529その 横柄 な 態度 が 苛立たしい が 、 我々 に は 返す 言葉 も ない 。
 530「 若者 が 帽子 を 釘 から 外し ながら 、 右 の 親指 を 壁 に 押し付ける 。
 531神慮 の なせる もの かな !
 532自然 な 動作 で も ある よ 、 ここ に 立っ て 考え て みれ ば 」
 533ホームズ は 一見 する と 冷静 だっ た が 、 話し ながら 、 興奮 を 抑えこむ よう に 全身 を そわそわ さ せ て い た 。
 534「 ところで レストレイド 、 この 注目 す べき 発見 を し た の は 誰 だ ? 」
 535「 家政婦 の ミセス・レキシントン です 。
 536夜勤 の 警官 に 知らせ て くれ まし た 」
 537「 その 警官 は どこ に ? 」
 538「 残っ て 犯行現場 で ある 寝室 の 警備 に 入っ て い ます 。
 539誰 も 手 を 触れ ない よう に 」
 540「 でも 、 どうして 警察 は 昨日 の うち に 気がつか なかっ た ん だ ? 」
 541「 まあ 、 ホール を 注意深く 調べる 理由 は 特に あり ませ ん でし た から ね 。
 542ご覧 の とおり 、 非常 に 目立つ 場所 という わけ で は あり ませ ん し 」
 543「 そう か 。
 544そうとも 、 その とおり だ 。
 545問題 の 指紋 が 昨日 から そこ に あっ た の は 間違いない だろう ね ? 」
 546レストレイド は ホームズ を 見 た 。
 547まるで 、 気 が 狂っ た の だ と でも 思っ て いる か の よう な 目つき だっ た 。
 548正直 に 言っ て 、 私 自身 も 、 ホームズ の 浮かれ た 態度 や でたらめ な 発言 に 呆れ て い た 。
 549「 マクファーレン が 自分 に 不利 な 証拠 を 追加 する ため に 、 夜 、 留置所 を 抜け出し て き た と でも 思う ん です か ?
 550指紋 が マクファーレン の もの で は ない の か 、 世界中 の どの 専門家 に だって 任せ られ ます よ 」
 551「 間違いなく 彼 の 指紋 だ けど ね 」
 552「 じゃあ 、 それ で 十分 です 。
 553私 は 現実的 な 人間 です 、 ミスター・ホームズ 。
 554証拠 を 握っ た とき は 、 結論 を 下す の です よ 。
 555また 何 か 言い たい こと ある ん でし たら 、 私 は 居間 で 報告書 を 書い て い ます から 」
 556ホームズ は 落ち着き を 取り戻し て い た が 、 それでも 表情 に は かすか な 喜色 を 浮かべ て い た 。
 557「 まったく 、 実に 残念 な 展開 だ ね 、 ワトスン ?
 558それでも 、 依頼人 の 希望 を 繋ぐ 奇妙 な 点 も ある よ 」
 559「 聞か せ て もらえる と 嬉しい ね 」 と 、 私 は 心 から 言っ た 。
 560「 もう 終わり か と 思っ て い た 」
 561「 まだ 何 と も 言い がたい ところ で ね 、 ワトスン くん 。
 562実 の ところ 、 レストレイド が たいそう 重要視 し て いる あの 証拠 に は 、 本当 に 重大 な 欠点 が ある ん だ 」
 563「 そう な の かい 、 ホームズ !
 564いったい どんな ? 」
 565「 ただね 、 僕 は 知っ て いる ん だ よ 。
 566あの 血痕 は 、 昨日 ホール を 調べ た とき に は なかっ た と 、 知っ て いる ん だ 。
 567さ 、 ワトスン 、 日向 を ちょっと 散歩 し よう 」
 5682人 で 庭 を 歩き回っ た 。
 569頭 の 中 は 混乱 し て いる 。
 570だが 、 胸 の 中 に は 暖かい 希望 が 戻っ て き て い た 。
 571ホームズ は 家 を いろんな 向き から 、 興味深 そう に 調べ た 。
 572それから 道 を 通っ て 中 に 入っ て 、 地下室 から 屋根裏部屋 まで 見 て 回っ た 。
 573ほとんど の 部屋 に は 家具 が 置か れ て い なかっ た が 、 それでも ホームズ は あらゆる 部屋 を 細々 と 調べ て いっ た 。
 574最後 に 、 使わ れ て い ない 寝室 が 3 つ ある 最上階 の 廊下 に くる と 、 ホームズ は 再び 先ほど の 発作 に 襲わ れ た 。
 575「 この 事件 に は 、 まったく 、 実に ユニーク な 特徴 が ある ね 、 ワトスン 。
 576レストレイド くん に 僕ら の 秘密 を 打ち明け て やる とき だ と 思う 。
 577僕ら を だし に ほくそえん で き た から 、 同じ だけ の こと を し て やっ て も いい だろう 。
 578もし 僕 の 読み が 正しかっ た と 分かれ ば ね 。
 579ああ そう だ 、 こう やれ ば よさ そう だ な 」
 580スコットランドヤード の 警部 は 、 まだ 応接室 で 書類 を 書い て い た が 、 そこ に ホームズ が 割りこん だ 。
 581「 なるほど 、 この 事件 の 報告書 を 書い て いる ん だ ね 」
 582「 そう です よ 」
 583「 まだ ちょっと 早い と 思わ ない か ?
 584僕 は 、 その 証拠 が 完璧 で は ない と 思わ ずに は い られ ない よ 」
 585レストレイド は 非常 に よく ホームズ の 事 を 知っ て い た ので 、 その 言葉 を 無視 でき なかっ た 。
 586ペン を 置き 、 興味深 そう に ホームズ を 眺め た 。
 587「 どういう 意味 です か 、 ミスター・ホームズ ? 」
 588「 ただ 、 君 が まだ 会っ て い ない 重要 な 証人 が 1人 いる という こと だ よ 」
 589「 連れ て こ られ ます か ? 」
 590「 たぶん ね 」
 591「 では 連れ て き て ください 」
 592「 ベスト を 尽す よ 。
 593部下 は 何 人 いる ? 」
 594「 呼び声 が 聞こえる ところ に 3 人 」
 595「 完璧 だ ! 」 と 、 ホームズ 。
 596「 3 人 とも 頑丈 で 大柄 な 警官 で 、 力強い 声 を し て いる の か 、 聞い て み て も いい かな ? 」
 597「 そう です とも 。
 598部下 の 声 が どう 何 に なる の か は 分かり かね ます が ね 」
 599「 まあ 、 分かっ て もらえる と 思う よ 。
 6002 、 3 の おまけつき で ね 」 と ホームズ 。
 601「 どうぞ 、 部下 を 呼ん で ください 、 やっ て みせ ましょ う 」
 6025 分 後 、 3 人 の 警官 が ホール に 揃っ た 。
 603「 納屋 に かなり の 藁 が ある はず です 」 と ホームズ 。
 604「 2 束 、 もっ て き て いただく よう お願い し ましょ う か 。
 605あの 証人 を 連れ て くる の に もっとも 役 に 立つ 小道具 で あり ましょ う から ね 。
 606どうも ありがとう ござい ます 。
 607ポケット に マッチ は ある かい 、 ワトスン 。
 608さあ 、 ミスター・レストレイド 、 上 の 踊り場 まで お越し 願い ましょ う か 」
 609前 に も 言っ た とおり 、 最上階 に は 広い 廊下 が あり 、 内側 に 空 の 寝室 が 3 つ 並ん で い た 。
 610廊下 の 端 で 、 我々 は みな シャーロック・ホームズ の 指揮 の 元 に 整列 さ せ られ た が 、 警官たち は にやにや 笑っ て いる し 、 レストレイド の 瞳 の 中 で は 、 驚き 、 期待 、 嘲笑 が お互い に 追いかけあい を し て い た 。
 611ホームズ は 、 トリック を 実演 中 の 奇術師 の よう な 雰囲気 で 我々 の 前 に 立っ た 。
 612「 部下 の 方 お1 人 を 、 バケツ に 2 杯 分 、 水 を 汲み に 出し て いただけ ます か ?
 613藁 は ここ の 床 に どうぞ 、 壁 から 離し て 置い て ください 。
 614さて 、 準備 が 完全 に 整い まし た 」
 615レストレイド は 、 顔 を 真っ赤 に し て 怒り 始め た 。
 616「 我々 を 相手 に お遊び で も やっ て いる ん です か 、 ミスター・シャーロック・ホームズ 。
 617もし 何 か を 知っ て いる の でし たら 、 こんな 馬鹿げ た 真似 を せ ずに 、 それ を 言っ て くれ て も いい でしょう 」
 618「 だからね 、 レストレイド くん 、 僕 の やる こと に は すべて 完璧 な 理由 が ある ん だ よ 。
 619僕 を ちょっと ばかり 冷やかし た の を 思い出し て くれる かい ?
 620数 時間 前 、 太陽 が 君 の 方 に 出 て い た よう に 見え た とき の こと を 。
 621だったら 、 僕 の ちょっとした 華麗 な 式典 を 静か に 見 て い て もらい たい ね 。
 622頼める かな 、
 623ワトスン 、 窓 を 開け て 欲しい 。
 624それから 、 マッチ で 藁 の 端 に 火 を つけ て くれ 」
 625私 は そう し た 。
 626隙間風 に 吹か れ て 、 灰色 の 煙 が 廊下 に 渦巻い た 。
 627その 一方 、 乾い た 藁 が 爆ぜ ながら 炎 を 上げ て いる 。
 628「 さあ 、 証人 を 君 の 前 に 連れ て これる かどうか 試さ ない と ね 、 レストレイド 。
 629みなさん 、 声 を 揃え て 『 火事 だ ! 』 と 叫ん で いただけ ます か ?
 630では いき ましょ う 、 ワン 、 ツー 、 スリー ―― 」
 631「 火事 だ ! 」
 632我々 は 全員 で 怒鳴っ た 。
 633「 恐縮 です 。
 634もう 一 度 お願い し ましょ う か 」
 635「 火事 だ ! 」
 636「 もう 一 度 だけ 、 みなさん 、 声 を 揃え て 」
 637「 火事 だ ! 」
 638この 叫び は ノーウッド 中 に 響きわたっ た に 違いない 。
 639その 声 が 消え ない うち に 、 驚く べき こと が 起こっ た 。
 640突然 、 廊下 の 端 、 しっかり し た 壁 の よう に 見え た ところ から 、 ドア が さっ と 開い て 、 萎び た 小男 が 巣 から でる 兎 の よう に 飛び出し て き た の だ 。
 641「 上出来 だ ! 」 と 、 ホームズ は 落ち着き払っ て 言っ た 。
 642「 ワトスン 、 藁 に 水 を 。
 643それ で いい !
 644レストレイド 、 紹介 さ せ て くれ 、 こちら が 問題 の 証人 、 ミスター・ジョナス・オールデイカー だ 」
 645警部 は 驚き の あまり 新参者 を 凝然 と 見つめ て い た 。
 646男 は 、 明るい 廊下 に 目 を しばたかせ 、 我々 と 、 くすぶる 炎 と を ちらちら 見 て い た 。
 647落ち着き の ない 灰色 の 目 に 白い 眉毛 。
 648表情 に は 狡猾 、 冷酷 、 悪辣さ 。
 649醜悪 な 顔 だっ た 。
 650「 これ は いったい ? 」
 651やがて 、 レストレイド は 口 を 開い た 。
 652「 いま まで 何 を し て い た ?
 653ええ ? 」
 654オールデイカー は 不安 そう に 笑い声 を 上げ た 。
 655怒れる 警部 の 真っ赤 な 顔 に しりごみ し ながら 。
 656「 悪い こと は 何 も 」
 657「 何 も だ と ?
 658無実 の 男 を 一人 絞首刑 に する の に 、 この 上 ない こと を やっ て き た ん だ ぞ 。
 659もし この 紳士 が ここ に い なかっ たら 、 本当 に 成功 し た かもしれない ん だ ぞ 」
 660悪人 は 哀れ な 声 を 上げ 始め た 。
 661「 嘘 じゃ あり ませ ん 、
 662これ は ただ の プラクティカルジョーク だっ た ん です 」
 663「 ほう !
 664ジョーク だ と ?
 665おまえ の 肩 を もっ て 笑っ て くれる やつ など い ない だろう よ 、
 666保証 し て やる 。
 667この 男 を 居間 に 連れ て いけ 、 俺 も 後 から 行く 。
 668ミスター・ホームズ 」
 669レストレイド は 、 警官たち が 降り て いく の を 待っ て 話 を 続け た 。
 670「 警官 の 前 で は 口 に でき ませ ん でし た が 、 ドクター・ワトスン の 前 で 言う の は かまい ませ ん 。
 671ええ 、 これ まで で 最高 の 仕事 です よ 。
 672どうやって 知っ た の か が 謎 とは言え 。
 673無実 の 男 の 命 を 救い 、 不祥事 を 防止 し て ください まし た 。
 674警察 で の 私 の 評判 を 滅茶苦茶 に する ところ でし た 」
 675ホームズ は 微笑ん で 、 レストレイド の 肩 を 叩い た 。
 676「 大丈夫 だ よ 、 レストレイド くん 、
 677逆 に 君 の 評判 は 大幅 に 高まる だろう 。
 678さっき 書い て い た 報告書 を 少し 書き換える だけ で 、 レストレイド 警部 の 目 を くらます の が どんな に 難しい か 分かる って わけ だ 」
 679「 自分 の 名前 を 出し て もらい たく ない と ? 」
 680「 少し も ね 。
 681仕事 自体 が 報酬 な ん だ 。
 682たぶん 、 その うち 僕 も 名声 を える だろう し 。
 683熱心 な 歴史家 さん が 原稿用紙 ( フールスカップ ) を 広げる の を 認め た とき に ―― ね 、 ワトスン ?
 684じゃあ 、 あの 鼠 の 隠れ家 を 見 て み よう 」
 685この 部分 に は 木摺 と 漆喰 が 施さ れ 、 6 フィート 先 の 廊下 の 端 で 終わっ て いる 。
 686そこ に ドア が うまく 隠さ れ て い た 。
 687庇 の 下 に ある 隙間 の おかげ で 明るかっ た 。
 688中 に は 家具 が 少し と 、 水 や 食糧 の 貯え が あり 、 同じく 大量 の 本 と 書類 も ある 。
 689「 ここ に 建築家 で ある こと の 利点 が ある 」 と 、 揃っ て 外 に 出 ながら 、 ホームズ が 言っ た 。
 690「 誰 の 手 も 借り ずに 、 この 小さな 隠れ家 を こしらえる こと が 可能 だっ た
 691―― ただし 、 もちろん あの 重宝 な 家政婦 は 除く 。
 692あの 女 も 今 すぐ 押さえ て おく べき だろう ね 、 レストレイド 」
 693「 ご忠告 に したがい ましょ う 。
 694でも 、 どうやって この 場所 が 分かっ た ん です か 、 ミスター・ホームズ ? 」
 695「 僕 は この 男 が 家 の 中 に 隠れ て いる と 判断 し た 。
 696この 廊下 の 長さ を 測る と 、 下 の 廊下 より も 6 フィート 短い 。
 697それで この 男 の 居場所 が 分かっ た ん だ よ 。
 698流石 の こいつ も 、 火事騒ぎ を 前 に すれ ば 大人しく 寝転ん で い られ ない だろう と 思っ た 。
 699もちろん 、 中 に 踏み込ん で 捕まえる こと も でき た けど 、 本人 から 姿 を 見せ て もらう の が 僕 に は 面白く て ね 。
 700それ に 、 ちょっと 君 を 戸惑わせ て やり たかっ た の さ 、 レストレイド 、 今朝 の 冷やかし の お返し に 」
 701「 なるほど 、 確か に 同じ だけ の お返し は 受け まし た よ 。
 702ですが 、 いったい どうして あの 男 が 家 の 中 に いる ん だ と ? 」
 703「 指紋 だ よ 、 レストレイド 。
 704君 は これ で 決まり だ と 言っ た 。
 705そう と も 、 だけど 意味 が 全然 違う ん だ 。
 706僕 は あの 指紋 が 昨日 は なかっ た と 知っ て い た 。
 707僕 は 、 細かい ところ まで 多大 な 注意 を 払う よう に し て いる ん だ けど 、 君 も 目 に し て き た かもしれない な 、
 708あの ホール も よく 調べ て おい た ん だ 。
 709だから 、 壁 に 何 も なかっ た の は 間違いない 。
 710そうすると 、 あの 指紋 は 夜 の 間 に つけ られ て いる 」
 711「 でも どうやって ? 」
 712「 きわめて 簡単 に 。
 713あの 封筒 に 封 を する とき 、 ジョナス・オールデイカー が マクファーレン に 固まっ て い ない 蝋 を 指 で 押さ せ た ん だろう 。
 714自然 に 、 速やか に 行わ れ た ので 、 マクファーレン は 恐らく 覚え て い ない 。
 715偶然 そう なっ た 可能性 も きわめて 高い し 、 オールデイカー に も それ を 利用 する つもり は なかっ た ん だ と 思う 。
 716巣 の 中 で 事件 の こと を じっくり 考え て いる と 、 突如 、 指紋 を 使っ て 作り出せる 致命的 な 証拠 を 思いつい た 。
 717あの 男 に は まったく 簡単 な こと だっ た 。
 718封 から 蝋 で 型 を とり 、 ピン の 傷 から 採れる だけ の 血 で 湿らせ 、 夜間 、 壁 の 上 に 押し て おく 。
 719自分 の 手 か 、 あるいは 家政婦 の 手 で 。
 720避難所 に 持ちこん だ 書類 を 調べれ ば 、 指紋 が 残さ れ た 封 が 見つかる はず だ 。
 721賭け て も いい よ 」
 722「 すばらしい ! 」 と レストレイド 。
 723「 すばらしい !
 724ご説明 の とおり です 、 みんな はっきり 分かり まし た よ 。
 725でも 、 この 狡猾 な 詐欺 の 目的 は 何 だっ た ん です か 、 ミスター・ホームズ ? 」
 726警部 の 威張りくさっ た 態度 が 、 突如 、 教師 に 疑問点 を 尋ねる 子供 の 態度 に 変わっ た の が 面白い 。
 727「 そう だ ね 、 説明 は たいして 難しく ない と 思う よ 。
 728下 で 僕ら を 待っ て いる 紳士 は 、 きわめて 狡猾 で 、 悪質 で 、 復讐心 に 満ち た 人物 だ 。
 729マクファーレン の 母親 から 拒絶 さ れ た 話 は 知っ て いる ね ?
 730知ら ない の か !
 731ノーウッド より 前 に ブラックヒース に 行く べき だ と 言っ た だろう 。
 732まあ いい 、
 733この 傷 は 、 彼 に は そう 思え た ん だろう けど 、 この 陰謀家 の 頭脳 を 苦しめ つづけ た 。
 734彼 は 、 毎日 毎日 、 復讐 を 切望 し て き た 。
 735ところが 、 チャンス が ない 。
 736去年 か 一昨年 、 いろいろ と うまく いか ず ―― 秘密 の 投資 だ ね 、 たぶん ―― ひどい 状態 に なっ た 。
 737債権者相手 に 詐欺 を 働く こと に 決め た 彼 は 、 多額 の 小切手 を ミスター・コーネリアス に 切っ た 。
 738これ は ね 、 たぶん 、 オールデイカー 自身 の 偽名 だ よ 。
 739小切手 について は 、 まだ よく 調べ て い ない けど 、 どこ か 田舎街 の 銀行 に コーネリアス 名義 で 預金 さ れ て いる に 違いない 。
 740ときどき 、 オールデイカー は その 街 で 二 重 生活 を し て い た ん だろう な 。
 741名前 を 変え 、 金 を 引き出し て から 、 失踪 し て 新しい 生活 を はじめる つもり だっ た 」
 742「 なるほど 、 十分 あり える こと です 」
 743「 失踪 すれ ば 、 自分 の 後 を 追う 連中 を 振り切れる かもしれない 。
 744それ と 同時 に 、 昔 の 恋人 の 一人息子 によって 殺害 さ れ た という 印象 を 残せれ ば 、 彼女 に 手痛い 復讐 を 下せる 。
 745そう 思いつい た の さ 。
 746悪事 の 芸術 だ よ 、
 747そして オールデイカー は 芸術家 の よう に それ を 実行 し た 。
 748犯行 の 動機 が はっきり と あらわさ れ て いる 、 あの 遺言書 。
 749両親 に も 知らさ れ ない 内密 の 訪問 。
 750残さ れ た ステッキ 。
 751血痕 。
 752木材 の 中 の ボタン と 動物 の 亡骸 。
 753どの アイデア も 賞賛 に 値する 。
 754数 時間 前 まで は 、 どこ に も 逃げ道 の あり え ない 網 の よう に 思え た よ 。
 755だけど 、 あの 男 に は 、 芸術家 として の 最後 の 才能 、 止める べき 時 を 知る という 才能 が なかっ た ん だ 。
 756すでに 完璧 な もの を 改善 し よう と し ―― 不運 な 犠牲者 の 首 を 絞めあげる ロープ を さらに 強く 引こ う と し て ―― すべて を 水の泡 に し て しまっ た 。
 757下 へ 降り よう 、 レストレイド 。
 758少し 聞い て おき たい こと が ある ん だ 」
 759悪人 は 、 二 人 の 警官 に はさま れ て 、 自分 の 応接室 に 腰 を 下ろし て い た 。
 760「 ジョーク だっ た ん です 、 警部さん 。
 761悪ふざけ 、 ただ それ だけ です 」 と 、 オールデイカー の 哀れっぽい 訴え は とめど ない 。
 762「 本当 です 、
 763私 が 失踪 し たら どう なる の か を 見 たく て 隠れ て い た だけ な ん です 。
 764私 が 、 あの 若い ミスター・マクファーレン を 傷つけ よう と し た なんて 想像 する の は 不公正 です 。
 765きっと 、 あなた方 は そんな ひどい 人 じゃ ない はず です 」
 766「 それ は 陪審員 が 決める こと だ 」 と 、 レストレイド 。
 767「 いずれにせよ 、 殺人未遂 が だめ なら 共同謀議 で 告発 し て やる 」
 768「 それから 、 おそらく 債権者 の みなさん は ミスター・コーネリアス の 口座 を 差し押さえる こと でしょう ね 」 と 、 ホームズ 。
 769小男 は ぎくりと し て 悪意 に 満ち た 目 を ホームズ に 向け た 。
 770「 大いに 礼 を 言う 必要 が あり ます ね 。
 771いずれ 、 この ご恩 は お返し いたし ましょ う 」
 772ホームズ は 穏やか に 微笑ん だ 。
 773「 たぶん 、 数 年 は 非常 に お忙しい 体 に なら れる と 思い ます よ 。
 774ところで 、 木材 の 間 に 忍ばせ た の は 、 古い ズボン と 、 何 だっ た の です か ?
 775犬 の 死骸 ?
 776それとも 兎 ?
 777それとも ?
 778教え て くださら ない ん です か ?
 779ああ 、 なんと 不親切 な !
 780まあ よし 、 とりあえず 兎 の 2 羽 で 、 血痕 と 消し炭 と を 説明 し て おき ましょ う 。
 781文章 に する とき は さ 、 ワトスン 、 兎 に 働い て もらう ん だ ね 」