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aozora_Kishida-1950のコンテキスト表示

タイトル 劇の好きな子供たちへ
Title Geki no sukiha kodomotachi e
筆者 岸田国士
author Kishida Kunio
年/year 1950
出典 「少年少女 第三巻第三号 別冊付録『劇の読本』」
source "Shoone shoojo Vol. 3, No. 3, Bessatsu furoku, Geki no dokuhon"
genre essay
subcorpus Aozora Bunko


 1
 2劇 を やる の は 何 の ため だろう
 3子供たち が 集まっ て 劇 を する という こと は 、 楽しい 遊び で ある と同時に 、 おたがい の 勉強 で ある という こと を 忘れ ない よう に し たい 。
 4楽しい 遊び で ある からには 、 思う存分 、 自分 が 面白い と 思う よう に 、 そして 、 人 も 面白がる よう に やる の が いい 。
 5自分 だけ が 面白く 、 人 に は それ ほど 面白く ない という よう な やり方 、 あるいは 、 人 を 面白が らせ よう と ばかり あせっ て 、 自分 は その ため に かたく なっ たり 、 し たく ない こと を し たり する の は 、 たいへん まちがっ た やりかた で ある 。
 6劇 という もの は 、 がんらい 、 見せる 方 と 見る 方 と 、 たがい に 力 を あわせ 、 気もち を そろえ て 、 そこ に できあがる 美しい 全体 の 空気 を 楽しむ もの な の で ある 。
 7見せる 方 だけ が いっしょうけんめい に なり 、 見る 方 は それ を ただ 、 じょうず だ とか 、 へた だ とか いっ て 、 見 て いる の は 、 ほんとう に 、 子供たち の 楽しい 劇 と は いえ ない 。
 8それ は 、 いろんな よく ない 結果 を 生む はじまり で ある 。
 9劇 が おたがい の 勉強 に なる という 意味 は 、 劇 に しくま れ た 「 物語 」 の 内容 が 、 なに かしら 新しい こと を 教える ばかり で は ない 。
 10第一 に 、 劇 という もの は 「 話し言葉 」 の もっとも 生き生き と し た 使い方 、 人間 の 表情 の もっとも 正しい あらわし方 によって 、 ひと つ の 面白い 場面 が つくりあげ られる の だ から 、 劇 を ほんとう に 面白い もの に する ため に は 、 どう し て も みんな が 、 「 話し言葉 」 の 美しさ と 、 表情 の けだかさ と を 身 に つけ 、 それ を 正しく 読みとる 訓練 を し なけれ ば なら ない 。
 11美しい 「 話し言葉 」 や 表情 は 、 役者 や 俳優 を 職業 と する 人たち にかぎらず 、 すべて の 人間 に 必要 な こと で あっ て 、 それ は ちょうど 、 自然 の 美しい 風景 を ながめ た とき と 同じ よう に 人 の 心 を ひきつけ 、 印象 づけ て 、 こころよい 感じ を あたえる 。
 12昔 から 、 「 話 を し て みる と どんな 人間 か わかる 」 と いわ れ て いる よう に 、 「 話し言葉 」 や 表情 によって 、 その 話そ う と する ことがら 以外 に 、 その 人 の 年齢 、 男 と 女 の 区別 、 性格 、 教養 の 高い 低い 、 職業 、 または どこ の 国 か とか 、 なん の 時代 か まで はっきり と あらわれる もの で ある 。
 13これ だけ で も 「 話し言葉 」 が どんな に 大切 か よく わかる と 思う が 、 「 話し言葉 」 の 美しさ を いつも 心がけ て いる という こと は 、 つまり 国語 を 大切 に する という こと で あり 、 劇 を する こと によって 、 劇 を 見せる 方 も 見る 方 も この 訓練 が 自然 に できる はず だ から 、 君たち の 熱意 は 、 やがて 、 最近 の みだれ た 国語 の 品位 や 魅力 の かいふく に 大きな 役割 を はたす こと に なる の で ある 。
 14それと 、 もう ひと つ 。
 15劇 が おたがい の 勉強 に なる わけ は 、 はじめ に いっ た 通り 見せる 方 と 見る 方 と が 、 力 を あわせ 、 気もち を そろえる こと が 大事 な ので 、 その ため に は 、 劇 を 舞台 に かける 前 から 、 なるべく 、 いろいろ な めんどう な 仕事 を 、 みんな で 分担 を きめ て 手つだう よう に し なけれ ば なら ない 。
 16ここ から 、 劇 という 仕事 の はじめ から 終り まで を 、 仲間 同志 が 仲間 どうし らしく 責任 を もち 、 同じ 目的 に むかっ て 協力 する 精神 と 、 ふくざつ な 仕事 を もっとも 順序よく 、 むだ を 少なく 、 完全 に 仕上げる 技術 と を やしなう 機会 が 得 られる の で ある 。
 17これ は 、 めいめい の 立場 から いえ ば 、 やがて 社会 に 立っ て 一人前 の 働き を する うえ に 、 ひじょう な 強み と なり 、 全体 の 立場 から いう と 、 そういう 訓練 の でき た 人々 の 集り から は 、 もっとも 進歩 し た 社会 が 生れる わけ な の で ある 。
 18
 19劇 は 人真似 で あっ て は なら ない
 20劇 が 子供たち にとって 、 面白い 遊び の 一 つ だ という こと は 、 だれ でも 知っ て いる 。
 21それでは 、 劇 の どういう ところ が そんな に 面白い か と いう と 、 これ は なかなか むずかしい 問題 で 、 子供たち 自身 に は 、 そんな りくつ は わから なくっ て も いい が 、 ただ 、 間違っ て は なら ない こと は 、 「 なに か の 真似 を する 」 こと だけ が 面白い の で は ない という こと で ある 。
 22「 もの真似 」 も 面白い に は 面白い が 、 それ だけ なら サル で も やる の で ある 。
 23だから 、 劇 の 人物 が どんな 人物 で も 、 ただ それ らしい 真似 を する だけ で は 、 ほんとう に 面白い もの に は なら ない 。
 24ことに 、 一番 いけない こと は 、 劇 の 真似 を する こと 、 どこ か で 見 た こと の ある 劇 の 真似 、 あるいは 俳優 の 真似 を する こと で ある 。
 25ある 人物 に 扮する という こと は 、 子供 が 、 子供なり の 空想 で その 人物 を 頭 の なか に 描い た その まま を 、 思いきっ て 、 自分 の からだ 、 顔つき 、 動作 、 衣裳 、 声 、 言葉 の 調子 、 など で 作りあげる こと で ある 。
 26そこ で はじめて 、 誰 の 真似 で も ない 、 また 、 誰 に も 真似 の でき ない 、 一人 の 人物 の すがた が 浮びあがる 。
 27それ は 、 脚本 の なか に 文字 で 描か れ て ある 人物 を もと に し て は いる が 、 しかし 、 それ は もう 、 演技者 として の 君 が 、 君 の 空想 と 君 の 才能 と 、 君 の 肉体 と で 、 新しい 生命 を ふきこん だ 人物 で ある 。
 28その 人物 は 君 とともに 生き 、 君 とともに 見物 の 前 に 立っ て いる 。
 29その 人物 が 、 君 の 口 を かり て しゃべり 、 君 の 眼 を かり て よろこび の 瞳 を かがやかし 、 君 の 手 を かり て 涙 を ふく の で ある 。
 30この 奇蹟 の よう だ が 、 なん の ふしぎ も ない 、 手品 の よう で い て 、 すこし の ごまかし も ない 、 舞台 の 人物 の 「 生き て いる 」 すがた こそ 、 劇 の 面白さ を つくりだす もと な の で ある 。
 31
 32劇 の ほんとう の おもしろさ は どこ に ある か
 33劇 の 面白さ が そこ から 出 て くる に は ちがいない が 、 劇 を 面白く する に は 、 それ を 十分 に 利用 し 、 それ を できるだけ 印象 の 深い もの に し なけれ ば なら ない 。
 34すぐれ た 脚本 は 、 その ため に 書か れ た もの で ある 。
 35しかし 、 脚本 が いかに すぐれ て い て も 、 それ だけ で は 劇 が 面白く なる という わけ に は いか ない 。
 36脚本 が 舞台 に かけ られる とき は 、 その 運命 を 、 演出家 と 演技者 に まかせる こと に なる 。
 37活字 で しめさ れ た 一 つ の 「 セリフ 」 で さえ 、 演出家 の 解しゃく 、 演技者 の くふう いかん によって 、 まったく 違っ た 印象 を うける こと が たびたび ある 。
 38とき によると 逆 な 意味 に も なっ て しまう 。
 39この 「 セリフ 」 は この 場合 どういう ふう に いう の が いちばん 正しい か を 考える こと は もちろん 必要 だ が 、 正しい ばかり で は 劇 として は まだ たり ない 。
 40いちばん 面白い いい方 を はっきり つかまえる こと が 、 なに より も 大事 な の で ある 。
 41そして 、 いちばん 面白い いい方 と は 、 子供たち にとって 、 いちばん 自然 な いい方 だ という こと を 忘れ て は なら ない 。
 42そこで 、 劇 を 面白く する に は 、 人物 の 「 セリフ 」 を 面白く きか せる こと が 、 大事 な こと の 一 つ だ 、 という こと が わかっ た 。
 43この 「 セリフ 」 の 面白さ は 、 いつ でも 、 「 こっけい 」 すなわち 、 「 おかしさ 」 ばかり ふくん で いる もの と は かぎら ない 。
 44いちばん 面白い 「 セリフ 」 と は 、 その 人物 の 気持 が じつに よく あらわさ れ て い て 、 その 人物 が その とき それ を いう の が 、 なに より も その 人物 らしい と 思わ れる よう な 「 セリフ 」 を さす の で ある 。
 45それ は どんな に こちょう さ れ て い て も 、 また 、 どんな に ひかえ目 で あっ て も 、 そこ に は 真実 という もの が あふれ て いる 。
 46その 真実 に ふれる こと が 、 劇 を 見る もの にとって 、 なにより 面白い の で ある 。
 47つぎ に 、 劇 の 面白さ は 、 日常生活 の 中 で み られる もの の 面白さ と は 、 おのずから 違っ て いる ので 、 舞台 の 幕 が 開い て いる 間 は 、 たえず てきとう な 速度 で 何 か が 進行 し て いる 。
 48その 流れ に 自分 も 知ら ず 知ら ず のせ られ て いく 心地 の よさ が 、 その 一 つ で ある 。
 49だから 、 劇 は 、 いつ でも 、 止っ たり 、 つかえ たり 、 しぶっ たり 、 よどん だり し て は なら ない 。
 50ときに は 急 に 、 ときに は ゆるやか に という こと が あっ て も 、 また ときに は 、 高らか に はげしく 、 ときに は 低く 静か に という こと は あっ て も 、 いつも すらすら と 気持よく 、 ある はやさ で 進ん で いく 、 きまっ た 調子 が 出 て い なけれ ば なら ない 。
 51それ は ちょうど 音楽 が 奏せ られる よう な もの で 、 つぎ から つぎ へ と くりひろげ られる 場面 は 、 セリフ と セリフ 、 動き と 動き の つながり で でき て いる 音譜 の 演奏 だ と 思わ なけれ ば いけ ない 。
 52稽古 を つめ ば つむ ほど 、 演出家 の 目 が 行きとどい て いれ ば いる ほど 、 劇 が 面白く なる の は その ため で ある 。
 53見物 は ほか の こと を 考え たり 、 舞台 の あらさがし を し たり 、 あくび を かみ殺し たり し なく なる 。
 54いき も つか ず 舞台 に 見入り 、 耳 を すまし 、 劇 の なか の 人物 と いっしょ に 、 自分 も よろこん だり 、 悲しん だり 、 怒っ たり 、 思案 し たり する よう に なる 。
 55そして 、 その こと が 、 知ら ず 知ら ず の うち に そう さ れ て しまう の が 、 劇 の 面白さ に なる の で ある 。
 56やりなおし は でき ない 。
 57が そうかといって 、 用心 ばかり し たり 、 間違え て ばかり い たり 、 手さぐり の もどかしさ を 感じ させ たり し て は 、 劇 は その 面白さ の 半分 を 失う 。
 58一旦 舞台 に 立っ たら 、 忘れ たり 間違え たり する こと を 心配 し ない で 、 その とき は その とき で 、 自分 の 役 の 性質 を とりちがえ ない 範囲 で 、 前後 の つながり を うまく つなぐ よう な その 場 の 智恵 を 働か せ ば よい 。
 59これ を 即興 と いう の だ が 、 この 即興 の できる 訓練 は 劇 を やる うえ に 大切 で 、 人間 で ある 以上 、 どんな に おぼえ た つもり でも 忘れる こと が あり 、 どんな に 練習 を し て も 、 とっさ に 手違い が できる こと も ある の だ から 、 そこ を 、 ただ いいかげん に ごまかす の で は なく 、 劇 の 面白さ を へらさ ぬ よう に 、 そくざ の 機転 で 、 たくみ に 補う こと は 、 これまた 、 劇 の 劇らしい ところ で ある 。
 60
 61俳優 は いやしい もの で あっ て は なら ない
 62即興 と は 、 前もって 考え たり 、 おぼえ たり 、 練習 し たり し ない で 、 いきなり 出たとこ勝負 で 作りだす もの を いう の で ある 。
 63劇 に も 、 前 に いっ た よう な 場合 を 別 に し て 、 あらかじめ 脚本 を 土台 に し て 稽古 を し た の で なく 、 舞台 に 出る とき に 、 はじめて 役 が あたえ られ 、 それぞれ の 人物 は 舞台 の 上 で 、 たがい に 勝手 な こと を しゃべり 、 そう し ながら 、 だんだん に 話 の 筋 を とおし て いく という 特別 な やり方 が ある 。
 64これ を 即興劇 と いう 。
 65子供 の 劇 も 、 いい 脚本 が あれ ば 、 それ を ちゃんと 上演 する の も よい が 、 すこし 年かさ の 子供 は 、 たまに は 、 この 即興劇 を やっ て みる の も 面白い と 思う 。
 66これ は これ として 面白い ばかり で なく 、 あたり前 の 劇 を やる ため の 、 たいへん 役 に たつ 勉強 で ある 。
 67ただ の とんちくらべ の よう に なる こと も ある が 、 それ だけ で も むろん 面白い だろう けれども 、 劇 は あくまで も 劇 な の で ある から 、 たがい に とんち を きそい ながら 、 一方 で たがい に 役 の 関係 を はっきり さ せ あい 、 場面 として の まとまり を 、 うまく つける 努力 を みんな が し なけれ ば なら ない 。
 68そこ に は 、 おかしい あぶなかしさ が あり 、 思いがけ ない 詩的 な 空想 の ひらめき が あり 、 ずばり と 真実 の まと に あたる こと が あり 、 とんちんかん の とぼけ た 味わい が ある の で ある 。
 69見せる 方 は 、 はじめ から 自信 の ある はず は なく 、 自分 ながら 、 なに を やっ て いる の か わから なく なり 、 冷汗 を かき ながら 、 苦しみ 、 もがき 、 照れ 、 また 、 気 を とりなおし て 、 いろいろ 手 を つくす の だ が 、 けっきょく 、 よろこぶ の は 見物 で 、 しまい に は 腹 を かかえ て 笑わ ない わけ に は いか なく なる 。
 70例の 表情遊戯 の 応用 という 趣き も ある に は ある が 、 相手 が あり 、 言葉 も 使え 、 まったく 面白さ の 性質 が ちがう 。
 71その うえ 、 その 人物 が なに を 考え て 、 なに を する か を 、 直接 に 説明 する の で ある から 、 これ を 見 て いる 方 は 、 ただ 、 げらげら 笑っ て ばかり い ない で 、 ほんと に 面白い 瞬間 を 生み出し た 演技者 に は 、 怠ら ず 、 また 、 遠慮なく 拍手 を おくら なけれ ば なら ぬ 。
 72見 て いる 方 も 、 やがて かわっ て 、 見 られる 方 に まわる 。
 73そして 、 みんな が 楽しみ 、 みんな が たがい に きたえ あう の で ある 。
 74この 場合 、 羽目 を はずす という こと について 気 を つけ なけれ ば なら ない 。
 75劇 に かた苦しさ は 禁物 で ある が 、 即興劇 と なる と 、 なおさら くつろい だ 気持 で 、 思うぞんぶん の こと を し た 方 が よい 。
 76しかし 、 その ため に 、 げび た 真似 を する 危険 が しばしば ある 。
 77いくら おどけ た こと を いっ て も 、 いくら おおげさ な かっこう を し て も 、 それ は かまわ ない けれども 、 程度 を こえ た わるふざけ 、 見ぐるしい じょうだん だけ は 、 つつしま なけれ ば いけ ない 。
 78見 て い て 顔 が 赤く なる よう な こと を 平気 で し たり 、 いっ たり し て 、 それ で 人 を 笑わ せる つもり に なる と 、 これ は たいへん な こと に なる 。
 79劇 の 面白さ の なか に は 、 舞台 に でる 人物 の 、 人間 として は 感心 でき ない ところ 、 みにくい ところ を うまく あらわし て いる よう な 面白さ が ない こと は ない が 、 その 人物 に 扮し て いる 演技者 まで 、 その ため に 、 感心 でき ない 、 みにくい 人間 に みえ て は 、 その 劇 は 、 もう 劇 として ほんとう に 人 の 心 を 楽しま せる わけ に いか ない の で ある 。
 80舞台 の 演技 という もの は 、 げび た 役 を 演ずる 場合 に も 、 一種 の 気品 を たもつ ところ まで いく の が 理想 で あっ て 、 それ は 、 その 演技者 の 人間 として 、 また 、 芸術家 として 、 おのずから そなえ て いる 、 ほこり 、 品位 の あらわれ で ある 。
 81俳優 を 職業 と する 人間 の うち に は 、 その こと を 忘れ て 、 ただ 、 げび た こと の すき な 見物 の ごきげん ばかり とろ う と する もの が 多かっ た 。
 82だから 、 昔 から 日本 で は 、 役者 というと 、 芸人 という 名前 で 、 いくぶん いやしい 職業 の よう に 思わ れ て き た の で ある 。
 83近頃 は 、 専門 の 俳優 の なか に は 、 ちゃん と し た 心がけ を もち 、 学者 や 教育家 や 技師 など と おなじ よう に 、 芸術家 として 、 尊敬 す べき 仕事 を し て いる もの も ずいぶん ある 。
 84しかし 、 劇 といえば 芝居 の こと で ある 。
 85芝居 といえば 、 役者 の 芸 を 見せる もの で ある 。
 86役者 と は 、 昔 、 河原乞食 と さえ いわ れ た 、 いやしい 職業 の もの を 指す という こと に なる と 、 君たち の 好き な 劇 は 、 いったい どう なる の か ?
 87劇 という もの に対する 誤解 が 、 まだ 君たち の まわり に ある と 思う 。
 88劇 は 、 けっして 、 本来 、 いやらしい もの で も 、 あさましい もの で も ない 。
 89しかし 、 やり方 しだい で 、 いやらしく も 、 あさましく も なる もの で ある 。
 90
 91劇 は どう やっ たら よい か
 92子供たち を 見物 と し 、 子供たち を 演技者 と する 子供 の 劇 は 、 ときに は おとな の 助け を かりる こと は あっ て も 、 なるべく 、 子供たち だけ の 手 で 、 はじめ から しまい まで 、 やり 通す の が いい 。
 93脚本 を えらび 、 役 を ふりあて 、 稽古 を し 、 装置 や 衣裳 を くふう し 、 見物 を 集め 、 舞台 の 幕 を あけ 、 見物 を おくりだす まで 、 子供たち の 智恵 と 力 と を 十分 に ふるう の が よい 。
 94ことに 、 脚本 の えらび方 について は 、 それ を えらぶ はんい を 、 信頼 する 大人 の 誰 か に 相談 する だけ に し て 、 いく つ か の 候補作品 の うち から 、 みんな で いろいろ な 意見 を だしあっ て 、 どれ か に きめる という ふう に し たい と 思う 。
 95それ が 、 なぜ いい か 、 どこ が 面白い か を 、 みんな が 十分 に のみこん で かかる の が 、 一番 、 劇 を やる の に 大事 で ある 。
 96だから 、 できれ ば 、 脚本 も 、 ほか に もとめる かわり に 、 自分たち で つくる の が 、 なにより も のぞましい 。
 97これ は むずかしい こと の よう だ が 、 実際 は 、 むずかしい こと ぐらい なん で も ない 。
 98それ ほど 、 面白く 、 かつ 、 有益 な こと で ある 。
 99一人 で 考え 、 一人 で 書か なく て も よい 。
 100いく たり か が 相談 し て 、 まず 、 物語り の 筋 を 考える 。
 101筋 に は むろん 、 主題 という もの を ふくま せる 。
 102主題 と は 、 作者 が 、 その 物語 を とおし て 、 見物 に なに を いお う と する か 、 たとえば 、 ほんとう の 勇気 と は この 人物 の こういう 行動 の よう な もの を さす の だ 、 とか 、 こういう 親 を もっ た 子供 の 気持 は こう あり たい もの だ 、 とか 、 もし 人間 に こんな こと が でき たら さぞ 痛快 だろう とか 、 そういう 作者 の 考え を 忠実 に おりこま なけれ ば なら ない 。
 103物語り の 筋 が ざっと でき たら 、 その 物語り を くみたてる ため に 必要 な 人物 を 、 こんど は 、 一人 一人 頭 の なか で 作りあげる 。
 104筋 と いっしょ に うかびあがっ て くる 人物 も あろ う 。
 105人物 の なか に は 、 主題 と 筋 の はこび に 深い 関係 を もっ て いる 人物 も あれ ば 、 ただ 筋 の 進む 途中 、 ある 場面 だけ で 用 の すん で しまう 人物 も ある 。
 106主要 な 人物 について 、 まず 、 みんな が 、 自分 の 空想 で 、 その 役柄 から いっ て 、 ぜひ こう で なけれ ば なら ぬ という 、 効果 の ある 舞台 へ の 出しかた を 研究 する 。
 107こうして 、 一人 一人 の 動き 、 一人 一人 の セリフ を 、 みんな が 相談 を し て 、 一ばん てきとう で 、 一ばん 面白い の に きめ て いく の で ある 。
 108最後 に 一人 が 、 全部 を はじめ から 読みあげる 。
 109それ を また 、 みんな で 、 気のつい た ところ を いっ て 、 なおす ところ は なおす 。
 110やがて 、 その 脚本 を 台本 に し て 、 稽古 に かかる の だ が 、 稽古中 も 、 みんな が 、 劇 を できるだけ よく 、 面白く する ため に 、 どしどし 意見 を だし 、 演出者 が 最後 に 、 それ を 、 採用 する かどうか を きめ 、 最後 まで 、 みがき を かける 。
 111演出者 は 、 演技者 と 同じ よう に 、 劇 を する 上 に なく て は なら ない 人 で あり 、 劇 の 責任者 で ある 。
 112演出者 の 仕事 は 、 俳優 の 演技 や 衣裳 、 舞台装置 など 、 すべて の くふう 、 せいとん を 指揮 する ばかり で なく 、 その 作者 の いお う と し て いる こと 、 考え て いる こと と 、 それ を 俳優 が 、 自分 の 解しゃく や くふう によって 、 演技 する こと と の 、 完全 な 調和 と 融合 を はかる こと に ある 。
 113その 上 で 、 その 俳優 の 才能 や 経験 、 その ほか 特殊 な 素質 に あう よう な 演出 の 仕方 を し なけれ ば なら ない 。
 114
 115劇 の よさ は どこ に ある か
 116劇 は 、 おおぜい の 協力 によって できあがる もの で ある 。
 117舞台 に 立っ て 演技 を し て 見せる もの は もとより 、 装置 、 効果 、 照明 、 衣裳 など の 受持 の ため に 舞台 の 裏 で 働く もの 、 一 の 劇 を しあげる ため の 、 費用 や 時間 の やりくり を する もの 、 劇場 全体 の 秩序 、 火気 、 通風 、 清掃 など の こと に 気 を くばる もの 、 見物 を 気持よく 劇場 に みちびき 、 安心 し て 席 に つか せ 、 忘れもの や 紛失物 も なく 家 に かえす 一切 の 世話 を みる もの 、 劇 の すん だ あと の いろいろ な 始末 を する もの 、 など 、 いずれ も 、 みな 、 劇 の 仕事 の なか に ふくま れ て いる の で ある 。
 118子供 といえども 、 この こと を 忘れ て 劇 を する という の は 、 どこ か で 大きな 間違い を おかし て いる こと で ある 。
 119劇 の 楽しさ 、 面白さ は 、 舞台 を 中心 と し 、 その まわり に かもしださ れる すべて の 人 の 、 たがい に おなじ 感動 を わかちあう よろこび だ 、 と も いえる の で ある 。
 120したがって 、 見物 は 、 舞台 に 立つ 人々 と おなじ よう に 、 ある ていど 、 劇 を 楽しく 、 面白く する こと が できる 。
 121それ は 、 見物 が 、 劇 を 見る 立場 に い ながら 、 見せる 立場 の 人々 を よく 理解 し 、 これ を げきれい し ながら 、 十分 に 気 を つくし 、 労 を ねぎらい ながら 、 つねに よき 見物 で ある よう に つとめる ならば 、 おのずから 、 舞台 は 活気 を おび 、 俗 に 油 が のる という 結果 に なる の で ある 。
 122そして 、 見物席 の 、 しんけん で なごやか な 空気 は 、 それ だけ で も 、 見物 の めいめい を 愉快 な すがすがしい きもち に さ せる 。
 123劇場 は 、 まこと に 、 社会 の ひながた で ある 。
 124文明社会 は 、 よい 劇 、 すなわち 、 すぐれ た 舞台 と 、 心がけ の いい 見物 と を かねそなえ た 劇場 を もっ て いる もの だ と いえ よう 。
 125子供 の 劇場 は 、 かれら が 、 将来 どういう 社会 を 作る か を 予言 し て いる の で ある 。
 126君たち の すき な 劇 は 、 これ から の 社会 を もっと いい 社会 に する 劇 で あっ て ほしい 。