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aozora_Kuroshima-1970のコンテキスト表示

title:Nomin bungaku no mondai
author:Kuroshima, Denji
date: 1970
source:Kuroshima Denji Zenshu; Aozora Bunko (http://www.aozora.gr.jp/cards/000037/card45453.html)
genre:non-fiction
subcorpus:Aozora Bunko
terms of use:Creative Commons license


 1農民文学 に対する 、 プロレタリア文学運動 の 陣営内 における 関心 は 、 最近 、 次第 に たかまっ て き て いる 。
 2日本プロレタリア作家同盟 で は 、 農民文学 に対する 特殊 な 研究会 が 持た れ た 。
 3ハリコフ で の 国際革命作家拡大プレナム の 決議 は 日本 の プロレタリア文学運動 が 、 シッカリ と 大衆 の 中 に 根 を 張り 、 国際的 な 連関 において 前進 し て 行く ため に 、 もっとも 重要 な 、 さしあたって 第一 番 に 議題 として 我々 が 討議 し 、 具体化 し なけれ ば なら ない 幾多 の 貴重 な 提案 を なし て いる 。
 4プロレタリア文学運動 は 、 ゼイタク な 菓子 を 食う 少数階級 で なく 、 一切 の パン に も 事欠い て 飢え 、 かつ 、 闘争 し て いる 労働者農民大衆 の 中 に シッカリ と し た 基礎 を 置き 、 しかも 国境 に も 、 海 に も 山 に も 妨げ られ ず 、 国際的 に 結びつき 、 発展 し て 行く 。
 5―― その ハリコフ会議 の 日本プロレタリア文学運動 について の 決議 は 、 農民文学 に関して 「 国内 に 大きな 農民層 を 持つ 日本 にあって は 、 農民文学 に対する プロレタリアート の 影響 を 深化 する 運動 が 一層 注意 さ れる 必要 が ある 。 日本プロレタリア作家同盟 の 内部 に 農民文学研究会 が 特設 さ れ なけれ ば なら ぬ 。 しかし 、 いう までも なく 、 それ が 、 あくまで も プロレタリアート の ヘゲモニー の 下 に 置か れ なけれ ば なら ぬ こと は もちろん で ある 。 」 と いっ て いる 。
 6農民 の 生活 を 題材 として 取扱う 場合 、 プロレタリア文学 は 、 どういう 態度 と 立場 を以て 望む か 、 そして 、 どういう 効果 を 所期 し なけれ ば なら ない か 、 という こと は 、 大体 原則的 に は 、 理解 さ れ て い た 。
 7それ は 、 「 土 の 芸術 」 とか 「 農村 の 文化 」 とか 、 農村 を 都市 に 対立 さ せ て 、 農民 は 、 農民独自 の 力 によって 解放 さ れ 得る が 如く 考え て いる 無政府主義的 な 単農主義者 等 の 立場 と は 、 最初 の 出発 から その 方向 を 異 に し て い た 。
 8農民生活 を 題材 と し て も 、 その 文学 の ねらう 、 主要 な ポイント は 、 プロレタリア文学 が 所期 する の と 同じ 方向 に 一致 さ せ よう と 、 常に 努力 さ れ て 来 て いる 。
 9しかし 農民 と 、 工場プロレタリア と は 、 その 所属 する 階級 が ちがっ て いる 。
 10そして プロレタリア文学 が 「 前衛 の 立場 に 立っ て 物 を 覗 、 かつ 描く 」 という 根本的 な 方針 が 、 既に 、 一 年 前 に 確立 さ れ 、 質的飛躍 の 第一 歩 が ふみださ れ て いる とき 、 工場労働者 と は ちがっ た 特殊 な 生活条件 、 地理環境 、 習慣 、 保守性 等 を 持っ た 農民 、 そして 、 それら の いろいろ な 条件 に 支配 さ れる 農民 の 欲求 や 感情 や 、 感覚 など を 、 プロレタリアート の 文学 から 、 どういう 風 に 取扱い 、 表現 し なけれ ば なら ない か ?
 11それ について は 、 まだ 理論的 に も 実せん的 に も 、 十分 な 、 明確 な 解決 が なさ れ て い ない 。
 12日本 の 近代文学 は 、 ブルジョア文学 も 、 そして 、 プロレタリア文学 も 農民 の 生活 に対する 関心 の 持ち方 が 足り なかっ た 。
 13農民 を ママ子扱い に し て い た 。
 14なる程 、 農民 の 生活 から 取材 し た 作品 、 小作人 と 地主 と の 対立 を 描い た 作品 、 農村 における 農民組合 の 活動 を 取扱っ た 作品 等 は 、 プロレタリア文学 に は 幾 つ か ある 。
 15立野信之 、 細野孝二郎 、 中野重治 、 小林多喜二 等 によって 幾 つ か は 生産 さ れ て いる 。
 16そこ に は 、 あるいは こく明 に はつらつ と 、 あるいは いみじく も 現実的 に 、 あるいは 、 みがか れ た 芸術性 を以て 単純素ぼく に 、 あるいは 、 大衆性 と 広さ と を ねらっ て 農民 の 生活 が 操拡げ られ て いる 。
 17中野重治 の 「 鉄の話その一 」 に は 、 X の 掲げる スローガン を 具体的 な 主要 な テーマ として たくみ に 、 えん曲 に 生かし て いる 。
 18こういう 問題 は 、 プロレタリア文学 において 、 農民 の 生活 を 扱っ て も 、 もちろん 、 どんな 困難 を おかし て も 取りあげ なけれ ば なら ない もの で ある 。
 19小林多喜二 の 「 不在地主 」 に は 、 労働者 と 農民 の 提携 の ほう芽 が 、 文学的 に 取扱わ れ て いる 。
 20その 点 において は 、 これ は 最初 の 試み が なさ れ て いる と いう こと が 出来る 。
 21平林たい子 、 金子洋文 に も 、 それぞれ 信州 、 秋田 の 農民 を 描い て 、 は握 の たしかさ を 示し た もの が ある 。
 22死ん だ 山本勝治 に は 、 階級闘争 の 中 に 生長 し た 青年 らしい 新しさ が 幾分 か 作品 の 中 に 生かさ れ よう と し て い た 。
 23しかし 、 これら の 作家 によって 、 現在 まで に 生産 さ れ た 文学 は 、 単に 量 のみ を 問題 と し て も 、 我国人口 の 大部分 を 占める 巨大 な 農民層 に比して 、 決して 多 すぎる どころ で は ない 。
 24少ない 。
 25もちろん 一見 灰色 で 単純 に 見え て 、 その 実 、 複雑 で 多様 な 、 なかなか 腹 の 底 を 割っ て 見せ ない 農民 の 生活 を 十分 、 委曲 を つくし て 表現 し 得 て いる と は いえ ない 。
 26ブルジョア文学 に なる と 、 もっと 農民 を 、 ママ子扱い に し て いる 。
 27島崎藤村 の 「 千曲川のスケッチ 」 その 他 に 、 部分的 に ちょいちょい 現れ て いる の と 、 長塚節 の 、 農民文学 を 論じる 時 に は だれ に でも 必ず ひっぱりださ れる 唯一 の 「 土 」 以外 に は 、 ほとんど 見つから ない 。
 28たまたま 扱わ れ て いる か と 思う と 、 真山青果 の 「 南小泉村 」 の よう に 不潔 で 獣 の よう な 農民 が 軽薄 な 侮蔑的態度 で 、 はな を ひっかけ られ て いる 。
 29その 後 の ブルジョア文学 は 、 一二 の 作品 で 農民 を 題材 と し て いる こと が あっ て も 、 ほとんど 大部分 が 、 主として 小ブルジョア層 や 、 インテリゲンチャ に チヤホヤ し て 、 農民 をば 、 一寸 、 横目 で にらん だ だけ で 素通り し て しまっ た 。
 30それ は ブルジョア文学 として は 当然 で ある が 、 彼等 が 、 一 杯 の 麦飯 に も 困難 する 農民 、 そして 彼等 が 常食 と する 米 を 作りだし て いる 農民 と 、 彼等 の 文学 が 何等 の 関係 を も 持た なかっ た 。
 31そして 、 彼等 の 文学 は 、 手 の 白い 、 労働 し ない 少数 の 者 に ささげ られ た 文学 で あっ た こと を 、 その 小ブルジョア的作家態度 と 合わせ て 、 はっきり と 物語る 以外 の 何 もの で も ない 。
 32題材 として 、 そのもの を 取りあげ ない という こと は 、 そのもの に対する 無関心 を 意味 する 。
 33大正 十三 年 か 十四 年 頃 で あっ た と 思う 。
 34吉江喬松 、 中村星湖 、 加藤武雄 、 犬田卯 等 が それ まで の 都市文学 に 反抗 し て いわゆる 農民文学 を 標ぼう し た 農民文学会 を おこし た 。
 35月々 例会 を 持っ た 。
 36会員 は 恐らく 二三十 人 も い た であろう 。
 37しかし 、 そこ から 農民 を 扱っ て 文学的 に 実 を 結ん だ の は 佐左木俊郎 一人 きり で あっ た 。
 38佐左木俊郎 は いわゆる 農民作家らしい 農民作家 で ある 。
 39農民 の 生活 を 知っ て いる 。
 40極めて 農民的 な 自然 な 姿 において 表現 する 。
 41が 、 あれ だけ 農民 、 農村 を 知り ながら 、 かく まで 農民 が 非人間的 な 生活 に 突き落さ れ 、 さまざま な 悲劇 喜劇 が 展開 する 、 その よっ て くる 真 の 根拠 が どこ に ある か を 突きつめ て 究明 し 、 摘発 する こと が 出来 ない の は 、 反都市文学 の らち内 から 少し も 出 なかっ た 農民文学会 の 系統 を 引い た 作家的立場 に 原因 し て いる と 思う 。
 42現在 で は 、 作家個人 として 労働者農民 に関する どういう 委しい 知識 、 経験 を 持っ て い よう とも 、 階級的 な 組織 の 中 で 訓練 さ れ なけれ ば 、 生き た 姿 において 正しく 、 それ を 認識 し 表現 する こと が 出来 なく なり 大衆現実 から 取残さ れ て 変 な 方向 に まよいこん で しまう 。
 43という こと を 、 佐左木俊郎 を 見る 時 、 痛切 に 感じる の で ある 。
 44―― 「 成程 今 まで の 我々 の 農民文学 は 、 日本農業 の 特殊性 を さながら の 姿 で 写しとっ た 。 それ は 、 農林省 の 『 本邦農業要覧 』 に あらわれ た 数字 よりも 、 もっと 正確 に 日本農民 の 生活 を 描きだし て い た 。 けれども 、 それ だけ に 止っ て い た 。 」 と ナップ 三 月 号 で 池田寿夫 は いっ て いる 。
 45確 に 、 それ は その 通り 、 それ だけ に 止っ て い た の で ある 。
 46農林省 の 「 本邦農業要覧 」 より は 正確 に 農民 の 生活 を 描きだし て は いる だろう 。
 47けれども 、 決して 、 これ まで の 日本 の 農民生活 を 、 十分 に その 特殊性 において 、 さまざま な 姿 で 描き 得 て いる と 自負 する こと は 出来 ない 。
 48凡 、 事実 は 反対 に 近い 。
 49むしろ 、 払わ れ た 努力 が あまり に すくなかっ た 。
 50農民 の 生活 は 従来 、 文学 に 取りあげ られ た 以上 に もっと 複雑 で あり 、 特殊性 に 富み 、 濃淡 、 さまざま な 多様性 と 変化 を 持っ て いる 。
 51あの 精到 を 極め た 写実的 な 「 土 」 でさえ 、 四国地方 に 育っ た 者 や 、 九州地方 に 育っ た 者 が 、 自分 の 眼 で 見 、 肉体 で 感じ た 農村 と 、 「 土 」 の 農村 と を 思いくらべ て 異っ て いる こと に 気づく 。
 52「 土 」 に は 極めて 僅 の こと が 精細 に 書か れ て いる に すぎ ない こと を 感じる の で ある 。
 53日本人 が ロシア文学 を 読ん で 感じる 遠さ も 、 そこ に ある 。
 54これ は 、 一 つ に は 地理的関係 が 原因 し て いる の だろう 。
 55それだけ 、 我々 が 農民文学 の 諸問題 を プロレタリアート の 立場 から 解決 する にあたって 、 困難さ が より 多く ある と いわ なけれ ば なら ない 。
 56それだけ やりがい も ある 。
 57プロレタリア文学 に は 、 ブルジョア文学 が 、 農民 に は 、 ほとんど 眼 も 呉れ ずに 素通り し て しまっ た 、 そういう こと は 絶対 に 許さ れ ない の で ある 。
 58我々 は 過去 の 農民生活 について も 、 十分 な 結びつき が 決して なさ れ て い なかっ た し 、 体験 や 知識 も 豊富 で なかっ た 。
 59殊に 、 現在 の 、 深刻 な 農業恐慌 の 下 で 、 負担 の やり場 を 両肩 に おッかぶせ られ て 餓死 し ない の が むしろ 不思議 な 農民 の 生活 、 合法無産政党 を以て 労農提携 の 問題 を ごま化し去ろ う と する 社会民主主義者共 の 偽まん を 突破 し て 真 に 階級性 を 持っ た 提携 に 向っ て 進ん で いる 貧農大衆 の 闘争 等 について は 、 まだ 全く われわれ の 文学 に 反映 さ し て は い ない 。
 60しかし 、 この 問題 の 解決 に 、 われわれ は 、 現在 の 幾 人 か の 作家 が 闘争 の 現実 に 馳け足 で 追いつく こと によって 文学 を 推し進め よう と する よう な そんな ケチ な ところ に 重点 を 置い て は なら ない 。
 61労農大衆 の 中 から 、 芸術家 を 覚せい さ せ 彼等 を 発達 さ せる こと によって 文学 を 推し進める の で ある 。
 62大衆 に 理解 さ れ 、 愛さ れ 、 大衆 の 感情欲求 に 結びつい て アジ・プロ する 文学 は そこ から 生れ て くる の であろう 。
 63そして 、 今や 、 組織 による それ が 具体的解決 へ の 一 歩 が ふみださ れ なけれ ば なら ない 。