コーパス概要 タグ 文字列検索 ツリー検索
クレジット
English
ABC

      コンテキスト表示 について      Leaf-ancestor コンテキスト Leaf-root コンテキスト      括弧付きツリーをダウンロード

aozora_Miyoshi-1957-6のコンテキスト表示

title Kaiga ni tsuite
author Miyoshi, Juro
date 1951
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/001311/card47783.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1絵画について
 2三好十郎
 3マチェールへの愛
 4( 一 )
 5以前 は 私 など の 所 へ も 時々 若い 人 で 戯曲 や ラジオドラマ を 勉強 し たい から 指導 し て くれ とか 作品 を 書い た から 読ん で み て くれ とか 言っ て 来る 人 が あっ た 。
 6ひどい 時 に は 一 月 に 四五 人 くらい そういう 人 が い た もの で ある 。
 7ところが 三四 年 前 から パッタリ そういう こと が なくなっ た 。
 8初め は 近年 私 が 作品 を あまり 発表 し ない から 私 の 名前 を 知っ て いる 人 が 少く なっ た せい だ と 思っ て い た 。
 9以前 ひんぴん と そういう 人 が 来 た 頃 から そういう こと を うるさ がる たち な ので 来 ない に こし た こと は ない ので それ 自体 として は ありがたい わけ だ 。
 10ところで こういう 現象 は 私 一人 の こと で は ない らしい こと に 最近 気がつい た 。
 11一般 に 若い 人たち が 先輩作家 を たよっ て 指導 し て もらう という こと は 非常 に 少く なっ た らしい 。
 12そして この 現象 の 中 に 現代 という もの の 著しい 性質 が 現れ て いる と 思う 。
 13つまり 今 の 時代 は もしかすると 非常 な 急角度 で 新しい エポック の 中 に 突入 し つつ ある 時代 で は ない か という 気 が する 。
 14しかも 残念 ながら それ は 歓迎 する こと の でき ない 新しさ で ある 。
 15これ は 諸芸能 や いろいろ の 手仕事 で も 同様 の 由 、 文楽 、 能楽 、 歌舞伎 など は もちろん の こと 、 大工 その 他 の 手元 の 芸 など 。
 16たとえば 家 を 建てる 大工職 など 小僧 の 時代 から 七八 年 修業 し なけれ ば 一人前 の 大工 に なれ ない の が 普通 だ が 、 そういう 人 が 最近 ほとんど い なく なっ た そう だ 。
 17もちろん 若い 世代 の 人々 が その 必要 を 感じ なく なっ た せい で あろ う 。
 18つまり 内 の 娘 が 日本着物 を 一 枚 も 持た ない し 裁縫 も でき ない の と 同じ こと で 、 結局 は その 必要 を 感じ ない から で ある 。
 19小説 や 戯曲 の 世界 で は 志賀直哉 など の 作品 と は 殆ど 縁 の ない 、 新人作家 が 続々 と 発生 し て 来 たり 、 真山青果 の 名 も 知ら ない 劇作家 や 俳優 が 大勢 でき て 来 て いる 。
 20この こと は 考えよう で それ で よい と も 言える し 困っ た こと だ と も 言え よう 。
 21その 方 が よい と 思わ れる 点 は これ から 全く 新鮮 な 新時代 が 来る こと で ある 。
 22つまり これ まで の 伝統 や 先人 など の 古くさい 味 が 全く なくなっ て 何もかも 新しく なる という 点 だ 。
 23困る と 思わ れる 点 は 古い 伝統 や 先人 の 中 に は 古くさく あっ て も 多く の 人々 の 血 の でる よう な 努力 でもって 長い 間 に 蓄積 さ れ た その 道 の 専門的 な 財産 や 高さ が ある の だ が 、 若い 世代 が それ まで うち捨て て しまえ ば あと 十 年 二十 年 たっ て から 若い 世代 が 到達 する 地点 が 先人 が すでに 到達 し て い た 地点 と 同じ ところ なら まだしも それ より も ずっと 低い 所 で ある こと も あり 得る よう な 気 が する 。
 24つまり 新しい 世代 が 現在 古い 世代 と 断絶 し つつ ある 現象 は 必ずしも 歓迎 でき ない 。
 25いちばん 望ましい の は 新時代 が 今 まで の 伝統 や 蓄積 の 上 に 立ち ながら それ から 悪く 支配 さ れ ない で 生れる こと で ある 。
 26しかし どうせ その よう な こと は さしあたり 望め ない よう な [ # 「 望めないような 」 は 底本 で は 「 望めないようが 」 ] 気 が する 。
 27それ は 結局 マチェール へ の 愛情 が 失わ れ て 来 て いる から で ある 。
 28たとえば 絵 が 好き だ という の は 、 結局 は その 絵 の マチェール が 好き だ という こと だ 。
 29文学 の マチェール とは 、 つまり 文体 で あり 文章 で ある 。
 30チェホフ
 31「 雨 が 降っ て い た 」 と 書け 。
 32奇 を てらっ た 形容詞 の 多い 文章 が 多 すぎる 。
 33( 二 ) ある 画家 へ
 34たしか に 、 自然主義的 な 写生 だけ で は 、 もう 既に 現代 の 全体 として の 現実 が とらえ がたく なっ て いる こと は 事実 です 。
 35しかも 芸術 が 常に なにより も まず 新奇 を 目がける こと は 是非 の 問題 で は なくて 芸術 の 運命 の よう な もの でしょう から 、 君たち の 多く が シュール や アブストラクト や アンフォルメ など へ 自ら 方向 を とろ う と し て いる こと に は 、 強い 必然性 が あり ます 。
 36ことに 青年 が 思いきっ て やっ て 見 よう と する こと に 無駄 な こと は 何 ひと つ ない と 私 は 思っ て い ます 。
 37しかし 最近 の この よう な 傾向 の 中 に は 、 しんそこ から の 必然性 を 欠い て 、 単に 新奇 な 流行 へ の 迎合 の 調子 も かなり 有る よう です 。
 38それ を また 新しい もの 新しい もの と 追いかける の が 商売 の よう な 美術批評家たち ―― リード など も その 一人 です ―― が 煽っ て いる 形 が ある 。
 39いずれ にしろ クールベ より は ミロ の 方 が 新しい こと は 事実 と し て も 、 新しい だけ の ため に ミロ の 方 が すぐれ て いる と する よう な 底 の 浅い 見方 で 創作 や 批評 が さ れ て は 、 おもしろい こと に は なら ない でしょう 。
 40自分 の こと を 語る の は 気 が さし ます が 、 私 は 二十 歳 前後 の 時期 に 画家 を 志し た こと が あり 、 新しい もの を いろいろ あさっ た あげく 、 当時 最前衛 で あっ た カンディンスキイ あたり の 作品 と 理論 に 強く 動かさ れ て 、 自分 で も 何十 枚 となく 抽象的 な 構成主義 の 絵 を 描い た こと が あり ます 。
 41その 次 に イタリイ の マリネッツイ など が 先導 し た 未来派 に 引か れ 、 さらに 進ん で は 今 で 言え ば モビール に あたる ―― 人生 と 社会 の あらゆる アクション の 組合せ が 偶然 に 創り出す 美 こそ 真正 の 最高 の 美 で ある と言う 考え に とりつか れ た 。
 42その へん から 当然 美 を 純粋 に 追求 すれ ば する ほど タブロウ に は なり 得 ない と言った 自己矛盾 に おちいり 、 ついに 描か れ ない 絵 ―― したがって 誰 の 目 に も 見え ない 絵 ―― だけ が ホント の 絵 だ という 自己破壊的 な 結論 に 到達 する に 及ん で 私 の 遍歴 は 終り まし た 。
 43その 後 、 現在 まで 私 は 一貫 し て 写実的 な 絵 だけ を 描い て い ます 。
 44つまり が シュール や アブストラクト は いつ でも 描ける が すぐ 飽きる 。
 45写実 だけ が 自分 を 飽き させ ない の です 。
 46本職 の 画家 で ない 私 の 例 は 参考 に は なら ぬ かも知れぬ が 、 正直 の 話 、 どう でしょう か ?
 47未開 の 土人 や 子供 など が けんめい に 写実 を 志し て 描い た 非写実的 な 絵 に 時に 私 は 感動 する 。
 48また 写実 を 追っ て 追い抜い た 末 に 反写実的 に なっ て しまっ た 近代画家 の 絵 に 往々 私 は 感動 する 。
 49しかし 一 つ の 新奇 なる スタイル または 習慣的 な 演戯 として の 前衛絵画 の どのような 作品 の 前 で は 一 度 も 率直 に 感動 し た こと が ない の です 。
 50君 は どう です か ?
 51そして 人 が 自分 を 真 に 感動 さ せ た こと の ない もの の 方 へ 進む の は 結局 は 虚偽 か 、 少くとも 軽薄さ で は ない でしょう か ?
 52もちろん 人間 は どんな 絵 でも 描く でしょう し 、 また それ は ゆるさ れ て い ます 。
 53こころみ て は なら ぬ 芸術的手段 など は ない の です 。
 54新しい もの は 生れる 方 が よい 。
 55しかし ピカソ の 方 が ジオットウ より も 新しい と する よう な 考え方 自体 が すでに 古い の です 。
 56そんな 所 から ホント の 新しい もの は 生れ ない でしょう 。
 57作家 が 自己 の 全身心 を かけ た 所 から 促し立て られ て 押し出し て くる もの ならば 自然主義的 な 写生画 も アンフォルメル や モビール も 、 新旧 と 価値 において 全く 同じ こと です 。
 58ピカソ の つまらなさ
 59H君 ――
 60「 ピカソ は 何故 つまらない か 、 あなた は それ を 話し て くれる 義務 が ある 」 と 言う 。
 61先頃 私 が ある 雑誌 に 書い た 文章 の 中 で 「 正直 に 言っ て 良い こと は 正直 に 言っ た 方 が 良い 」 という こと を 書い た 中 に 「 ピカソ は つまらない 」 と 書い て い た の に 君 は こだわっ た よう だ 。
 62君 の 手紙 に は 詰問 する よう な 調子 が ある 。
 63なるほど 近代 の 絵画 を 真剣 に 考え て いる 君 として は 、 私 の 言葉 は 無責任 な 放言 の よう に 聞え た かもしれない し 、 また 私 が イコジ に なっ て 逆説 を 弄し てる よう に とれ た かも知れない 。
 64しかし それ は 二 つ ながら 当っ て い ない 。
 65私 は 真面目 に そして 正面 から もの を 言っ た の だ 。
 66ただ もう 少し くわしく 述べる 義務 が ある よう だ から 、 ここ で 述べる 。
 67「 何故 ピカソ が つまらない の か ? 」 と 君 は 問う が 、 まず 第一 に 子供らしい 答え方 で 答える ならば 私 は 「 何故 つまらない か を ぬき に し て 、 まず ピカソ の 絵 は 私 に は つまらない の だ 」 と しか 答え られ ない 。
 68だから まず 逆 に 私 は 君 に対して 次 の よう に 問いかけ て みる 。
 69「 それでは 君 は ピカソ の 絵 を 本当 に 良い と 思っ て 見 た こと が ある か ? 」
 70本当に という こと は 文字通り 正直に という 意味 で あっ て 、 時に 美術批評 を も し て いる 君 が 大勢 の 人々 の 中 で 人々 を 相手 に し て もの を 言っ たり 考え たり する 場合 で は なく 、 本当 の 君 一人 の 室 の 中 で そう 思う か という 意味 だ 。
 71どう で あろ う ?
 72私 が 自分 の 勤労 によって 働き 出し た 金 が ある 。
 73その 金 で 一 枚 の 絵 を 買う ため に 展覧会 または 画商 の 所 へ 行っ た と する 。
 74そこ に は たくさん の 美しい 作品 が ある 。
 75さて しかし 自分 にとって 大切 な 金 を 出し て どの 一 枚 を 買お う か と 思っ て 眺める と 、 美しい もの と そう で ない もの の 差 が ハッキリ し て くる 。
 76そして 最後 に これ だ と 決め て 買う 気 に なっ た 作品 が 良い 作品 だっ た 。
 77実際 において 買わ なくて も 、 そういう 角度 から 絵 を 見る と 絵 の 良し悪し が 非常 に ハッキリ する こと が 多い 。
 78そして また これ まで に 見 た ピカソ の 絵 ( もちろん ほとんど 複製 ) で 私 に 大事 な 金 を 出し て 買い たい と 思わ せ た 絵 は 一 枚 も なかっ た 。
 79次 に 絵画 の 観賞 の 仕方 に 次 の よう な 考え方 が ある 。
 80それ は 最初 に 見 た 時 に その 美しさ に ビックリ し て 惹きつけ られ 、 それ を 座右 に 置い て 始終 見 て いる 間 に つまらなく なっ て しまう 絵 と 、 最初 に 見 た 時 は 平凡 な 絵 だ と 思っ て たいした 刺戟 も 受け なかっ た が 、 長く 見 て いる 間 に 次第に 深い 味 が 出 て 来 て 惹きつけ られる 絵 と 、 最初 に 見 た 時 に 強い 刺戟 を 受け それ を くりかえし て 見 て いる うち に その 刺戟 が 深まり 、 つぎつぎ と 新しい 味 が 出 て 来 て いつ まで も 見 飽き ない 絵 。
 81もちろん この 場合 最初 見 て つまら なくて いつ まで 見 て い て も つまらない という レベル 以下 の 絵 は 除外 し て の 話 だ 。
 82そして 言う までも なく 第三 番目 の 絵 が 良い 絵 で ある と言う こと について は 君 も 異論 が ない だろう 。
 83そして ピカソ の 絵 は 初め の 頃 において は 私 を 最初 驚かし 、 そして 長く 見 て いる と 退屈 さ せ た 。
 84わずか に 彼 の 絵 で 私 を それ ほど 飽き させ なかっ た の は 「 青の時代 」 に 属する 新古典的 な 絵 の いく つ か に 過ぎ なかっ た 。
 85この 十 年 ばかり ピカソ の 作品 は その 複製 を 見る たび に その 愚鈍 な マンネリズム で 私 を 全く 飽き飽き さ せる 。
 86彼 の 作品 全体 は 、 もう 盛り を 過ぎ て 真 に 興味 が ある プレイ が でき なく なっ た 野球選手 が 、 その こと を 反省 する 力 を 失っ て しまっ た 不感 の 中 で とくとく として スタンド・プレイ を 演じ て いる 姿 の よう に しか 見え ない 。
 87しかも その スタンド に 彼 の プレイ を 未だ かっさい し て 迎える 大衆 が いる こと 、 その 大衆 と その プレイヤー と の 関係 の いやらしさ と 同じ よう な もの を 私 は 感ずる の で ある 。
 88ピカソ の こと を 天才 だ と する 世間 が ある よう だ が 、 彼 の 作品 から 天才 の 持つ 美 ・ 均整 ・ 鋭さ ・ 単純さ ・ 異様さ など を 感じ た こと は 私 は 一 度 も ない 。
 89例えば 彼 の 作品 に ある 遠近法 の 逆用 や 多視角 の 併存 や 色彩 の スペクトル化 や お乳 の そば に お尻 を 描く といった 風 の アブノルマリティ や 作品 の 多角性 や 多産 など は 天才 の もの で は なくて 、 ただ 精力的 な だけ の 商人 の もの の よう に 見える 。
 90たしか に 才能 に は 恵まれ て いる よう で ある 。
 91天才的画家 の 才能 に で は なく 天才的ショウマン として の 才能 に 。
 92彼 の 後期 の 代表作 だ と 言わ れる 「 グルニカ 」 など を 見 て も 私 に は 中位 の できばえ の 戦争映画 の 中 の 戦場 の 場面 の 一 コマ を 見 て いる ほど の 感銘 も おき ない 。
 93戦争 の 悲惨 と 平和 へ の 希望 を 無感動 な 念仏 として 抱い て いる 文化的スノッブ を 予想 し て 描か れ た 思いつき の 平俗 な パノラマ だ 。
 94同じく ショウマン画家 にしても マチス に は 美 が あっ た 。
 95絵画 に対して も 観客 で ある 一般大衆 に対して も 謙虚 な もの が マチス に あっ た から で ある 。
 96とにかく 美しい パーフェクトリイ を 提供 し て 人々 の 眼 に 奉仕 し よう という 心 が マチス に は あっ た 。
 97ピカソ は ただ 人々 を ビックリ さ せ て 拍手 さ せ よう と 思う だけ だ 。
 98人 が ビックリ し て いる 間 は それ で 良い が ビックリ し なく なる と 退屈 する 。
 99ピカソ の 絵 は 一見 近代的 な もの に 見える が 、 彼 が 真 に 近代的 で あっ た こと は 一 度 も ない 。
 100近代 の 科学性 ・ 自我意識 ・ 矛盾 ・ 人間性 など は 彼 に は 全く 無縁 の もの で あっ て 、 彼 ほど 本質 において 古めかしく 、 その 古めかしさ を 新しく 見える もの で 包みこん で いる 画家 は 珍しい と いえ よう 。
 101ただ 一 つ 彼 が 近代 の 絵画 と その 作者 で ある 画家 と の 関係 を 非常 に 変え て しまっ た という こと だ 。
 102子供 が 遊ぶ よう に 絵 を かき散らし た という こと 、 そして その こと に 何十 年 となく 飽き なかっ た という こと 。
 103これ は ある 意味 で たしか に 偉い 。
 104ある つまらぬ こと を はじめ 、 それ を 毎日 くりかえし て 四十 年 も 飽き なかっ た 人間 は ある 意味 で 偉い に ちがいない 。
 105その よう な 偉さ だけ を ピカソ の 中 に 私 は 認める 。
 106以上 私 が どんな 風 に ピカソ を つまらない と 思っ て いる の か あらまし を 述べ た が 、 もし 必要 と あら ば もう 少し 理論的 に 分析的 に こまかく ピカソ否定論 を 展開 する こと は でき なく は ない 。
 107だが もともと 美術作品 の 観賞 や 批評 は 非常 に 強く 生理的 な 適 ・ 不適 や 好悪 に かかっ て いる もの で ある から これ を いくら 理論的 に こまかく 広く 展開 し て も 結局 は また 生理的 な もの へ 舞いもどっ て くる もの だ 。
 108だから これ だけ で 私 は ピカソ について は 言い 尽くし た と 言え ない こと も ない 。
 109とにかく これ は 理屈 で は ない 。
 110ピカソ の 絵 を 見 て 私 が こう 思っ た という こと の 報告 で ある 。
 111世の中 に は 私 と 反対 の 見方 を する 人 が 多い かもしれない 。
 112いや 現に 多い 。
 113しかし 私 は 私 の 評価 を その ため に 撤回 する 気 に は なら ない であろう 。
 114なお 世間 に は 岡本太郎流 の ピカソ否定論 が あちこち に ある が 、 それら を 重要視 する こと は 私 は でき ない 。
 115それら は ほとんど 皆 小さな ショウマン が 大きな ショウマン を 嫉妬 し たり 邪魔 に し たり し て 否定 し て いる だけ で あっ て 、 鳴りはためい て いる 大太鼓 の 中 で 小太鼓 が 騒い で いる よう な もの で あっ て 格別 の 意味 を なす 発言 だ と は 思わ れ ない 。
 116なお われわれ が 絵画 ことに ヨーロッパ の 絵画 を 論ずる 場合 に は 常に そう で ある が 、 今 ピカソ の 場合 も 私 が 見 た ピカソ の オリジナル は ごく 少数 で あっ て ほとんど その 複製 で あっ た という こと は 申しそえ て おか ね ば なら ぬ だろう 。
 117複製 を 見 た だけ で まるで オリジナル を 見 た と 同じ よう に 思う 思い方 は 考えよう で は コッケイ で ある が 、 そして できるならば オリジナル を 見る に こし た こと は 言う までも ない が 、 しかし この こと は ある 程度 まで 止むを得ない こと で あっ て 、 今 と なっ て は ある 程度 まで 許さ れる こと だ と 私 は 考え て いる 。
 118( 一九五七 年 六 月 中旬 )