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aozora_Niimi-1943のコンテキスト表示

title Tebukuro o kai ni
author Niimi, Nankichi
date 1943
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/000121/card637.html)
genre fiction
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1手袋を買いに
 2新美南吉
 3寒い 冬 が 北方 から 、 狐 の 親子 の 棲ん で いる 森 へ も やって来 まし た 。
 4或 朝 洞穴 から 子供 の 狐 が 出 よう と し まし た が 、 「 あっ 」 と 叫ん で 眼 を 抑え ながら 母さん狐 の ところ へ ころげ て 来 まし た 。
 5「 母ちゃん 、 眼 に 何 か 刺さっ た 、 ぬい て 頂戴 早く 早く 」 と 言い まし た 。
 6母さん狐 が びっくり し て 、 あわてふためき ながら 、 眼 を 抑え て いる 子供 の 手 を 恐る恐る とりのけ て 見 まし た が 、 何 も 刺さっ て は い ませ ん でし た 。
 7母さん狐 は 洞穴 の 入口 から 外 へ 出 て 始めて わけ が 解り まし た 。
 8昨夜 の うち に 、 真白 な 雪 が どっさり 降っ た の です 。
 9その 雪 の 上 から お陽さま が キラキラ と 照 し て い た ので 、 雪 は 眩しい ほど 反射 し て い た の です 。
 10雪 を 知ら なかっ た 子供 の 狐 は 、 あまり 強い 反射 を うけ た ので 、 眼 に 何 か 刺さっ た と 思っ た の でし た 。
 11子供 の 狐 は 遊び に 行き まし た 。
 12真綿 の よう に 柔かい 雪 の 上 を 駈け廻る と 、 雪 の 粉 が 、 しぶき の よう に 飛び散っ て 小さい 虹 が すっと 映る の でし た 。
 13すると 突然 、 うしろ で 、 「 どたどた 、 ざーっ 」 と 物凄い 音 が し て 、 パン粉 の よう な 粉雪 が 、 ふわーっ と 子狐 に おっかぶさっ て 来 まし た 。
 14子狐 は びっくり し て 、 雪 の 中 に ころがる よう に し て 十 米 も 向こう へ 逃げ まし た 。
 15何 だろう と 思っ て ふり返っ て 見 まし た が 何 も い ませ ん でし た 。
 16それ は 樅 の 枝 から 雪 が なだれ落ち た の でし た 。
 17まだ 枝 と 枝 の 間 から 白い 絹糸 の よう に 雪 が こぼれ て い まし た 。
 18間もなく 洞穴 へ 帰っ て 来 た 子狐 は 、 「 お母ちゃん 、 お手々 が 冷たい 、 お手々 が ちんちん する 」 と 言っ て 、 濡れ て 牡丹色 に なっ た 両手 を 母さん狐 の 前 に さしだし まし た 。
 19母さん狐 は 、 その 手 に 、 は――っ と 息 を ふっかけ て 、 ぬくとい 母さん の 手 で やんわり 包ん で やり ながら 、 「 もうすぐ 暖く なる よ 、 雪 を さわる と 、 すぐ 暖く なる もん だ よ 」 と いい まし た が 、 かあいい 坊や の 手 に 霜焼 が でき て は かわいそう だ から 、 夜 に なっ たら 、 町 まで 行っ て 、 坊や の お手々 に あう よう な 毛糸 の 手袋 を 買っ て やろ う と 思い まし た 。
 20暗い 暗い 夜 が 風呂敷 の よう な 影 を ひろげ て 野原 や 森 を 包み に やって来 まし た が 、 雪 は あまり 白い ので 、 包ん で も 包ん で も 白く 浮びあがっ て い まし た 。
 21親子 の 銀狐 は 洞穴 から 出 まし た 。
 22子供 の 方 は お母さん の お腹 の 下 へ はいりこん で 、 そこ から まんまる な 眼 を ぱちぱち さ せ ながら 、 あっち や こっち を 見 ながら 歩い て 行き まし た 。
 23やがて 、 行手 に ぽっつり あかり が 一 つ 見え 始め まし た 。
 24それ を 子供 の 狐 が 見つけ て 、 「 母ちゃん 、 お星さま は 、 あんな 低い ところ に も 落ち てる の ねえ 」 と きき まし た 。
 25「 あれ は お星さま じゃ ない の よ 」 と 言っ て 、 その 時 母さん狐 の 足 は すくん で しまい まし た 。
 26「 あれ は 町 の 灯 な ん だ よ 」
 27その 町 の 灯 を 見 た 時 、 母さん狐 は 、 ある 時 町 へ お友達 と 出かけ て 行っ て 、 とんだ め に あっ た こと を 思出し まし た 。
 28およし なさい っていう の も きか ない で 、 お友達 の 狐 が 、 或る 家 の 家鴨 を 盗も う と し た ので 、 お百姓 に 見つかっ て 、 さんざ 追いまくら れ て 、 命からがら 逃げ た こと でし た 。
 29「 母ちゃん 何 し てん の 、 早く 行こ う よ 」 と 子供 の 狐 が お腹 の 下 から 言う の でし た が 、 母さん狐 は どう し て も 足 が すすま ない の でし た 。
 30そこで 、 しかたがない ので 、 坊や だけ を 一人 で 町 まで 行か せる こと に なり まし た 。
 31「 坊や お手々 を 片方 お出し 」 と お母さん狐 が いい まし た 。
 32その 手 を 、 母さん狐 は しばらく 握っ て いる 間 に 、 可愛いい 人間 の 子供 の 手 に し て しまい まし た 。
 33坊や の 狐 は その 手 を ひろげ たり 握っ たり 、 抓っ て 見 たり 、 嗅い で 見 たり し まし た 。
 34「 何だか 変 だ な 母ちゃん 、 これ なあに ? 」 と 言っ て 、 雪あかり に 、 また その 、 人間 の 手 に 変え られ て しまっ た 自分 の 手 を しげしげ と 見つめ まし た 。
 35「 それ は 人間 の 手 よ 。 いい かい 坊や 、 町 へ 行っ たら ね 、 たくさん 人間 の 家 が ある から ね 、 まず 表 に 円い シャッポ の 看板 の かかっ て いる 家 を 探す ん だ よ 。 それ が 見つかっ たら ね 、 トントン と 戸 を 叩い て 、 今晩は って 言う ん だ よ 。 そう する と ね 、 中 から 人間 が 、 すこうし 戸 を あける から ね 、 その 戸 の 隙間 から 、 こっち の 手 、 ほら この 人間 の 手 を さし入れ て ね 、 この 手 に ちょうどいい 手袋 頂戴 って 言う ん だ よ 、 わかっ た ね 、 決して 、 こっち の お手々 を 出し ちゃ 駄目 よ 」 と 母さん狐 は 言いきかせ まし た 。
 36「 どうして ? 」 と 坊や の 狐 は ききかえし まし た 。
 37「 人間 は ね 、 相手 が 狐 だ と 解る と 、 手袋 を 売っ て くれ ない ん だ よ 、
 38それ どころか 、 掴まえ て 檻 の 中 へ 入れ ちゃう ん だ よ 、
 39人間 って ほんと に 恐い もの な ん だ よ 」
 40「 ふーん 」
 41「 決して 、 こっち の 手 を 出し ちゃ いけ ない よ 、 こっち の 方 、 ほら 人間 の 手 の 方 を さしだす ん だ よ 」 と 言っ て 、 母さん の 狐 は 、 持っ て 来 た 二 つ の 白銅貨 を 、 人間 の 手 の 方 へ 握ら せ て やり まし た 。
 42子供 の 狐 は 、 町 の 灯 を 目あて に 、 雪あかり の 野原 を よちよち やっ て 行き まし た 。
 43始め の うち は 一 つ きり だっ た 灯 が 二 つ に なり 三 つ に なり 、 はて は 十 に も ふえ まし た 。
 44狐 の 子供 は それ を 見 て 、 灯 に は 、 星 と 同じ よう に 、 赤い の や 黄い の や 青い の が ある ん だ な と 思い まし た 。
 45やがて 町 に はいり まし た が 通り の 家々 は もう みんな 戸 を 閉め て しまっ て 、 高い 窓 から 暖か そう な 光 が 、 道 の 雪 の 上 に 落ち て いる ばかり でし た 。
 46けれど 表 の 看板 の 上 に は 大てい 小さな 電燈 が ともっ て い まし た ので 、 狐 の 子 は 、 それ を 見 ながら 、 帽子屋 を 探し て 行き まし た 。
 47自転車 の 看板 や 、 眼鏡 の 看板 や その 他 いろんな 看板 が 、 ある もの は 、 新しい ペンキ で 画か れ 、 或る もの は 、 古い 壁 の よう に はげ て い まし た が 、 町 に 始めて 出 て 来 た 子狐 に は それら の もの が いったい 何 で ある か 分ら ない の でし た 。
 48とうとう 帽子屋 が みつかり まし た 。
 49お母さん が 道々 よく 教え て くれ た 、 黒い 大きな シルクハット の 帽子 の 看板 が 、 青い 電燈 に 照 さ れ て かかっ て い まし た 。
 50子狐 は 教え られ た 通り 、 トントン と 戸 を 叩き まし た 。
 51「 今晩は 」
 52すると 、 中 で は 何 か ことこと 音 が し て い まし た が やがて 、 戸 が 一 寸 ほど ゴロリ と あい て 、 光 の 帯 が 道 の 白い 雪 の 上 に 長く 伸び まし た 。
 53子狐 は その 光 が まばゆかっ た ので 、 めんくらっ て 、 まちがっ た 方 の 手 を 、 ―― お母さま が 出し ちゃ いけ ない と 言っ て よく 聞か せ た 方 の 手 を すきま から さしこん で しまい まし た 。
 54「 この お手々 に ちょうどいい 手袋 下さい 」
 55すると 帽子屋さん は 、 おやおや と 思い まし た 。
 56狐 の 手 です 。
 57狐 の 手 が 手袋 を くれ と 言う の です 。
 58これ は きっと 木の葉 で 買い に 来 た ん だ な と 思い まし た 。
 59そこで 、 「 先 に お金 を 下さい 」 と 言い まし た 。
 60子狐 は すなお に 、 握っ て 来 た 白銅貨 を 二 つ 帽子屋さん に 渡し まし た 。
 61帽子屋さん は それ を 人差指 の さき に のっけ て 、 カチ合せ て 見る と 、 チンチン と よい 音 が し まし た ので 、 これ は 木の葉 じゃ ない 、 ほんと の お金 だ と 思い まし た ので 、 棚 から 子供用 の 毛糸 の 手袋 を とり出し て 来 て 子狐 の 手 に 持た せ て やり まし た 。
 62子狐 は 、 お礼 を 言っ て また 、 もと 来 た 道 を 帰り 始め まし た 。
 63「 お母さん は 、 人間 は 恐ろしい もの だ って 仰有っ た が ちっとも 恐ろしく ない や 。 だって 僕 の 手 を 見 て も どう も し なかっ た もの 」 と 思い まし た 。
 64けれど 子狐 は いったい 人間 なんて どんな もの か 見 たい と 思い まし た 。
 65ある 窓 の 下 を 通りかかる と 、 人間 の 声 が し て い まし た 。
 66何という やさしい 、 何という 美しい 、 何と言う おっとり し た 声 な ん でしょう 。
 67「 ねむれ
 68ねむれ
 69母 の 胸 に 、
 70ねむれ
 71ねむれ
 72母 の 手 に ―― 」
 73子狐 は その 唄声 は 、 きっと 人間 の お母さん の 声 に ちがいない と 思い まし た 。
 74だって 、 子狐 が 眠る 時 に も 、 やっぱり 母さん狐 は 、 あんな やさしい 声 で ゆすぶっ て くれる から です 。
 75すると こんど は 、 子供 の 声 が し まし た 。
 76「 母ちゃん 、 こんな 寒い 夜 は 、 森 の 子狐 は 寒い 寒い って 啼い てる でしょう ね 」
 77すると 母さん の 声 が 、
 78「 森 の 子狐 も お母さん狐 の お唄 を きい て 、 洞穴 の 中 で 眠ろ う と し て いる でしょう ね 。
 79さあ 坊や も 早く ねんね し なさい 。
 80森 の 子狐 と 坊や と どっち が 早く ねんね する か 、
 81きっと 坊や の 方 が 早く ねんね し ます よ 」
 82それ を きく と 子狐 は 急 に お母さん が 恋しく なっ て 、 お母さん狐 の 待っ て いる 方 へ 跳ん で 行き まし た 。
 83お母さん狐 は 、 心配 し ながら 、 坊や の 狐 の 帰っ て 来る の を 、 今 か 今 か と ふるえ ながら 待っ て い まし た ので 、 坊や が 来る と 、 暖い 胸 に 抱きしめ て 泣き たい ほど よろこび まし た 。
 84二 匹 の 狐 は 森 の 方 へ 帰っ て 行き まし た 。
 85月 が 出 た ので 、 狐 の 毛なみ が 銀色 に 光り 、 その 足あと に は 、 コバルト の 影 が たまり まし た 。
 86「 母ちゃん 、 人間 って ちっとも 恐か ない や 」
 87「 どうして ? 」
 88「 坊 、 間違え て ほんとう の お手々 出し ちゃっ た の 。 でも 帽子屋さん 、 掴まえ や し なかっ た もの 。 ちゃんと こんな いい 暖い 手袋 くれ た もの 」 と 言っ て 手袋 の はまっ た 両手 を パンパン やっ て 見せ まし た 。
 89お母さん狐 は 、 「 まあ ! 」 と あきれ まし た が 、 「 ほんとう に 人間 は いい もの かしら 。 ほんとう に 人間 は いい もの かしら 」 と つぶやき まし た 。