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aozora_Nomura-12-1954のコンテキスト表示

title Zuihitsu Zenigata Heiji (12. Heiji izen)
author Nomura, Kodo
date 1954
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/001670/card57217.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1随筆銭形平次
 2銭形平次以前
 3野村胡堂
 4明治 二十五 年頃 から 、 十 年 位 の 間 、 日本 に も 一としきり 探偵小説 の 氾濫時代 が あっ た 。
 5それ は 朝野新聞 から 、 後 の 万朝報 に 立て籠っ た 、 黒岩涙香 の 翻訳探偵 又は 伝奇小説 の 、 恐る べき 流行 に対する 、 出版者達 の 対抗運動 で 、 当時 硯友社 の 根城 の よう に なっ て い た 、 春陽堂 あたり で さえ も 文芸物出版社 として の 誇り を かなぐり捨て 、 あられ小紋風 の 表紙 、 菊判 百 頁 前後 の 探偵小説 十数 冊 を 出版 し 、 後 に 文庫版 の 探偵文庫 に 代え た こと は 老人方 は 記憶 し て おら れる こと だろう 。
 6この うち 前者 の 探偵小説 に は 、 硯友社 の 知名作家 が 筆 を 執っ て おり 、 現に 泉鏡花 や 江見水蔭 など が 加わっ た ばかり で なく 、 オン大 の 尾崎紅葉 まで が 、 匿名 で この 叢書 を 書く とか 、 書く 予定 だ とか 伝え られ た もの で ある 。
 7黒岩涙香 は 扶桑堂 一手 に 出版 し た の は 、 やや 後 の こと で 、 初期 の もの は 、 出版社 も いろいろ 変っ た よう で ある 。
 8丸亭素人 の 翻訳探偵小説 は 裏表紙 に 渦巻模様 の ある 今古堂 から 出 て おり 、 江戸川乱歩氏 か の 説 によると 、 大阪 の 駸々堂 など は 、 無名 又は 匿名作家 の 探偵小説 を 、 五十 冊 位 も 出し て いる だろう という こと で ある 。
 9その 頃 の 探偵小説 は 、 いわゆる コナン・ドイル 以前 の 偶然型 、 押しつけ型 で 、 大した 面白い もの で は ない が 、 その 時分 、 少年時代 を 過ごし た 私 など は 、 一面 幼稚 なる 文学少年 で あっ た にも拘わらず 、 探偵小説 の もつ 、 スリル と サスペンス に 惹か れ て 、 お小遣 を 溜め て は 、 根気よく 赤本 の 探偵小説 を 読ん だ こと で ある 。
 10その 一面 に 私 は 、 硯友社 の 作品 の もろもろ 、 例えば 尾崎紅葉 の 『 不言不語 』 とか 広津柳浪 の 『 河内屋 』 とか 、 幸田露伴 の 『 五重塔 』 に 夢中 に なり 、 『 水滸伝 』 や 『 南総里見八犬伝 』 に 寝食 を 忘れ た の は 、 なん という 浮気 な 文学少年 で あっ た こと であろう 。
 11やや 長じ て 私 は 、 正岡子規 の 俳句運動 に 傾倒 し て 、 下手 な 俳句 を 捻っ たり 、 与謝野鉄幹 の 新詩社運動 に 呼応 する 積り で 、 石川啄木ら と共に 、 幾 つ か の 歌 を 作っ た こと も あっ た はず で ある 。
 12でも 私 は 散文的 で 濫読家 で 、 詩 に も 歌 に も 俳句 に も 没頭 し 切れ ず 全身的 な 注意 と 情熱 で 小説 へ 還っ て 行っ た の は 已むを得ない こと で あっ た 。
 13一方 で は 矢張り 、 探偵小説 へ の 情熱 が 醒め 切れ ず 、 泉鏡花 の 『 活人形 』 から 、 江見水蔭 の [ # 「 江見水蔭の 」 は 底本 で は 「 江美水蔭の 」 ] 『 女の顔切り 』 、 小栗風葉 の 『 黒装束 』 と 、 文芸作品 の 中 から 、 探偵的 な もの に 興味 を 引か れ て 行っ た の は まこと に 前世 の 約束的因果事 で ある 。
 14一高 の 入学試験 を 受ける とき 、 私 は 四 月 から 七 月 上旬 まで 三 ヶ月 半 の 徹夜 を し た 。
 15全く 眠く ない わけ で は ない 、
 16帯 も 解か ずに 机 に 齧り付い て 一と 晩 を 過ごし 、 ウツラウツラ と し て また 勉強 を 始める の で ある 。
 17なまけ者 の 私 にとって は 、 全く 一生 に 一 度 の 大勉強 で あっ た 。
 18その ため すっかり 痩せ て しまっ て 、 晩年 の 尾崎紅葉 みたい な 顔 に なっ た と 、 友達 に 冷やかさ れ た が 、 ともかく も 当時 秀才 の 登竜門 だっ た 一高 の 入学 が 叶っ て 、 首尾よく 一高 の 健児 に なりすまし 、 あらゆる 文芸運動 から 遠ざかっ て 、 もっぱら 向陵 の 健児 という こと で 、 野次馬学 に 精進 し た 。
 19その 頃 、 絶えず 私 の 興味 を 囚え た の は 、 泉鏡花 の 小説 で あっ た と いっ て よい 。
 20当時 私 の 同窓 だっ た 芦田均 など は 、 今 で も 私 を 鏡花 の 崇拝者 だ と 思っ て いる らしい 。
 21ところが 明治 の 末頃 から 、 私 は 鏡花 の 因縁物 と 、 一種 の お義理 と 、 不思議 な 文章 と に 興味 を 失い 、 鏡花 の 影響 から 免れる ため に 、 少なくとも 十 年 は 苦心 し た 。
 22一時 文芸 に 遠ざかっ た ため に 、 私 は その 頃 天下 を 風靡 し た 自然主義文学 の 影響 から 超然 と する こと が 出来 た 。
 23これ は 私 にとって は 幸せ で あっ た かも知れない 。
 24当時 は リズム や メロデー の ある 文章 が 嫌わ れ 、 文章 は 所謂 下手 に 見える の を以て 良し と し た 時代 で 、 自然主義 の 洗礼 は 、 あらゆる 文芸 は 勿論 、 科学 や 法律 や 、 哲学 や 、 すべて の もの に 必要 で あっ た にも拘わらず 、 一方 その 害毒 も また 重大 で あっ た こと を 考え て 、 私 の 三 年 あるいは 五 年 の ブランク は 、 必ずしも 不幸 で は なかっ た と 考え て いる の で ある 。
 25一高 に いる 頃 、 英語 の 教科書 に 「 シャーロック・ホームズ 」 を 採用 し て 貰っ た が 、 その 発言者 は 私 で あっ た らしい 。
 26もっとも 仙台 の 二高 や 早稲田 で は その 前 から 「 シャーロック・ホームズ 」 が 採用 さ れ て おり 、 当時 は ホームズ の 翻訳 も 、 ボツボツ 日本 で 見 られ た 時代 で 、 英語 の 先生 を 説き伏せ た ところ で 、 大した 手柄 で は ない 。
 27大学 から 新聞社 へ 、 私 の 生活 は 忙しかっ た 。
 28大正 の 初年 は 小説 を 読む 暇 も 、 芝居 を 見る ヒマ も なかっ た と いっ て よく 、 それ ほど 私 は 、 精励恪勤 な 社員 だっ た の で ある 。
 29遥か 後年 、 たしか 昭和 の 中頃 の よう に 思う が 、 久し振り で 歌舞伎座 へ 行き 、 その 運動場 で 多勢 の 知人 に 逢っ た 時 、 「 私 は 十五 年目 で 歌舞伎座 へ 来 た 」 と 言っ て も 、 誰 も 本当 に し なかっ た 程 で ある 。
 30新聞 の 政治部記者 、 社会部長 、 学芸部長 、 編集局顧問 と 働き 続け た 私 は 、 好き な 芝居 を 見る ヒマ も ない 程 忙しかっ た の で ある 。
 31明治 四十五 年 新聞社 に 入る とき 「 劇評 も 書ける 」 という 振れ込み で あっ た こと を 考える と 、 なんという 違っ た 社会 へ 飛込ん だ こと であろう 。
 32その 頃 私 は 矢張り 総理大臣 に なる 野心 に 燃え て い た の かも知れない 。
 33その 間 に も 私 は コナン・ドイル と 、 モーリス・ルブラン へ の 興味 を 失っ た わけ で は ない 。
 34当時 の 東京毎日新聞 に い た 三津木春影 は 、 姉妹新聞 の 報知 に い た 私 と 一脈 の 関係 に あり 、 その 作物 に は 常に 注目 を 怠ら なかっ た が 、 その モーリス・ルブラン の 翻訳 『 奇巌城 』 や 『 八一三の秘密 』 が どんな に 当時 の 私 を 喜ば せ た か わから ない 。
 35明快 な 文章 や 、 歯切れ の 良い 調子 が 、 私 を 夢中 に し た と いっ て も よい 。
 36私 は それ から 及ぶ 限り ルブラン の 英訳本 を 仕入れ た 。
 37私 は フランス語 の 出身 で は ある が 、 長い 間 の 怠慢 で 、 フランス語 は 揮発 し て しまっ て 、 も早 読む 根気 は なく 、 手っ取り早く 英語 の ルブラン を 集め た の で ある が 、 新聞紙法違反 で 入獄 する 友人 の ため に 、 その 全部 を 寄贈 し て しまっ て 、 その 後 どう なっ た か わから ない 。
 38そして 、 私 の ルブラン熱 も 次第に さめ て いっ た 。
 39コナン・ドイル は 幾 度 で も 読める が 、 モーリス・ルブラン は 派手 で は ある が 幾 度 も 読む 根気 は ない 。
 40ドイル と ルブラン の 違い は 判然 し て いる 。
 41それ と 並行 し て 、 当時 の 読書界 の 流行 は 、 私 まで も ロシア文芸 の 惑溺 に 引き摺り込ん で しまっ た 。
 42特に ツルゲネーフ と 、 ドストイェフスキー は 私 を 夢中 に さ せ 、 ゴルキー や チェホフ まで 乗り出し た が 、 トルストイ は どう にも 食い付け ず 、 『 アンナ・カレニナ 』 や 『 クロイツェル・ソナタ 』 で 降参 し て 、 『 戦争と平和 』 は 眺める だけ で 四十 年 過ぎ て しまっ た 。
 43フランス の もの は 、 学校 で フランス語 を やっ た 関係 で 非常 に 親しさ を 持っ て い た が 、 翻訳 の ある もの は 、 大抵 翻訳 で ゴマ化 し 『 ベラミー 』 など は その 頃 の 当局 が やかましく て 翻訳 が なかっ た から 、 原本 の 弁慶読み を 始め た が 、 それ も おしまい まで は 続か なかっ た 。
 44その 頃 私 は もう 激しい 新聞記者 の 生活 を し て い た ので 、 文芸 に 没頭 する 暇 も なく 、 私 の 興味 は また 元 の 探偵小説 に 還っ て いっ た 。
 45が 、 その 頃 の 日本 の 探偵小説 は 、 まだ 貧弱 で 話 に なら ず 、 ひどく 歯痒 がっ て いる と 、 大正 六 年 一 月 から 、 博文館 の 文芸倶楽部 が 、 岡本綺堂 の 「 半七捕物帳 」 の 短篇連続 を 始め た の で ある 。
 46最初 の 一 篇 は なん で あっ た か 、 私 の 記憶 は 覚束ない が 、 岡本経一氏 の 『 綺堂年代記 』 によれば 、 第一 篇 は 「 お文の魂 」 で 、 第二 篇 は 「 石燈籠 」 で あっ た という こと で ある 。
 47それ から 断続 し て 、 昭和 十一 年 十一 月 の 講談クラブ まで 、 実に 二十 年間 、 六十八 篇 に 及ん だ こと は 、 なんという 大きな 収穫 で あっ た こと だろう 。
 48量 において も 、 質 において も 、 まさに コナン・ドイル の 「 シャーロック・ホームズ 」 に 匹敵 する 東西 の 二 大 探偵小説集 と いう べき で ある 。
 49岡本綺堂 の 「 半七捕物帳 」 は 、 綺堂先生 が 風邪 か なん か で 臥 って い た 時 、 退屈 の あまり 、 『 江戸名所図会 』 を 繙い て い て 、 フト これ を 舞台 に 、 江戸末期 の 風物詩的 な 捕物 を 書い て 見 よう と 思い付い た という こと で ある 。
 50「 半七捕物帳 」 の 出発 が 明らか に なる と 、 あの 全篇 に 沁み出る 、 江戸情緒 の 面白さ の 由来 も 呑込める よう な 気 が し て なら ない 。
 51続い て 佐々木味津三 の 「 右門捕物帖 」 が 現われ た こと は 、 大方 も 知ら れる ところ であろう 。
 52右門 と 半七 は 対照的 な 捕物帖 の 二 つ の 型 で ある が 、 それ に 刺戟 さ れ て 、 大正 の 末期 から 昭和 の 初年 にかけて 、 いろいろ の 捕物帖 が 、 いろいろ の 人 によって 描き出さ れ た 。
 53松居松翁 は 仙台 を 舞台 に し て 明治物 の 捕物 を 、 牧逸馬 の 林不忘 は 釘抜藤吉 を 、 続い て 栗島狭衣 、 森暁紅 と 文壇的 に 老人達 まで が 捕物帖 を 書き 出し た の は 、 まさに 捕物帖流行前期 の 姿 で あっ た と いっ て よい 。
 54白井喬二 が 捕物帖 を 書い た の は 、 それ と 前後 し 、 あるいは それ より やや 早かっ た かも知れない 。
 55『 桐十郎船思案 』 『 怪建築十二段返し 』 など 、 私 は 今 で も 記憶 し て いる 。
 56筋立て が 怪奇 で 、 話術 が 特色的 で 、 空想 の 飛躍 の 途方もなさ は 、 これ は 人 を 驚かす に 足る もの で 、 私 は 白井喬二 の この頃 の 良さ に 敬服 し て いる 。
 57もっとも 構成 の 合理性 や トリック を 論ずる もの で は なく 、 コナン・ドイル 以後 の 探偵小説 を 標準 に する と 、 これ は 神話 に 近い 存在 で ある 。
 58私 の 個人的 な 望み から 言え ば 、 日本 に は 一人 くらい こういった 探偵小説 や 捕物 を 書く 人 が あっ て も 宜しい 。
 59議論 は いずれ 春永 と し て 、 私 の 探偵小説 から 捕物小説 へ の 遍歴 は かく の ごとく で ある 。
 60大正 の 末年 、 森下雨村 が 「 新青年 」 の 編集 に 当り 、 続い て 江戸川乱歩 が 出現 し て 、 日本 の 探偵小説界 は 一時代 を 画し た が 、 それ は 大方 御存じ の 通り で 、 捕物小説 の 方 は 、 それ から また 十 年 も 遅れ て 、 漸く あんよ が 出来る といった 有様 で あっ た 。