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aozora_Nomura-18-1954のコンテキスト表示

title Zuihitsu Zenigata Heiji (18. Heiji yomu hito yomanu hito: sannin no seishika)
author Nomura, Kodo
date 1954
source Aozora Bunko (http://www.aozora.gr.jp/cards/001670/card56324.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1随筆銭形平次
 2平次読む人読まぬ人――三人の政治家――
 3野村胡堂
 4+ 目次
 5
 6吉田首相 が 「 銭形平次 」 を 読む とか 読ま ない とか で 、 かなり うるさい 問題 を 巻き起こし た 。
 7吉田首相 にとって は 、 随分 迷惑 な こと で あっ た に 違いない が 、 「 銭形平次 」 にとって 、 冷やかし の 種 に は なっ た が 、 良い 宣伝 に も なっ た こと は 確か で ある 。
 8かつて 二十 世紀 の はじめ の 頃 、 ドイツ で 素晴らしい 人気 を 博し た 、 美しい 歌い手 の ジェラルディン・ファーラー が 、 時 の 皇太子 ( 後 の カイゼル ) と 浮名 を 流し 、 一時 は 大変 な 評判 に なっ た こと が ある が 、 その 噂 が 下火 に なっ た 時 、 新聞記者 の 臆面 も ない の が 、 その 真相 を 訊ねる と 、 ファーラー 少し も 騒が ず 「 確か に 宣伝 に は なっ た ワ 」 と 軽く いなし た という 欧羅巴交際社会 の 一 つ の 話 が ある 。
 9銭形平次 に関する 噂 も 、 吉田首相 は 迷惑 を し た こと であろう が 、 私 にとって は 、 ファーラー くらい の 軽い 気持 に なっ て 一向 差支え は ある まい と 思う 。
 10吉田首相 にしても 、 毎朝 有難い お経 を 読む とか 、 ジイド の 『 狭き門 』 を 愛読 する とか 、 あり そう も ない 噂 を 立て られる より 「 銭形平次 」 の 方 が 、 どんな に 気 が 楽 か も わから ない の で ある 。
 11私 は ある 結婚 の 披露式 で 、 吉田首相 に 一 度 逢っ た こと が ある 。
 12その 印象 によれば 、 少し 皮肉っぽい が 、 座談 も 巧み で 、 なかなか 好感 の 持てる 老人 で あっ た 。
 13世 の 政治家 という 概念 から みる と 、 非常 に うち解け た 感じ で 、 私 は 四十 年 前 政治記者 として 、 明治 大正 の 多く の 政治家 に も 逢っ て いる が 、 その 中 で は 、 何 人 か の 親しみ深い 政治家 の 一人 と いえる だろう 。
 14この 人柄 は 単純 で 強さ は 感じ させる が 、 世にいう 政治家らしい 空々しさ や 無気味 な ところ は なく 、 私 の 老妻 が 、 首相 を 前 に し て 、 「 お目 に かかる まで 、 怖い お方 か と 思っ て おり まし た 」 と 無遠慮 な こと を いう と 、 吉田首相 莞爾 と 受け て 「 実際 お逢い に なっ て みる と 少し も 怖く は ない でしょう 」 と すこぶる 上機嫌 で あっ た 。
 15その 時 一座 し た お歴々 は 、 自由党 の 幹部会 ほど の 顔ぶれ で あっ た が 、 その 中 で 、 抜群 の 座持ち は 吉田首相 で あり 、 諧謔 に 富ん だ 明るい 応酬 は 、 なかなか に 忘れ 難い 。
 16やはり 外交官 として も 、 一流 の 人 で あっ た という 感じ で あっ た 。
 17もし 首相 が 、 文学青年的 な 愛読書 を 列挙 し た と し たら 、 一部 の 青白き インテリ は 喜ぶ かもしれない が 「 銭形平次 」 を 読む と 言い切っ た ほど の 人気 は 湧か なかっ た であろう 。
 18「 銭形平次 」 の 著者 なる 、 私 が そう 考える こと を 許し て もらい たい 。
 19
 20もう 一人 かつて の 総理大臣 芦田均君 は 、 一高 で 席 を 並べ た 、 間違い も ない 私 の 同窓 の 一人 で ある 。
 21彼 は 総理大臣 に なっ た かもしれない が 、 私 にとって は ただ の 芦田君 で 、 逢え ば お前仕掛 で 話す の も 、 旧友 の 誼み という もの だろう 。
 22もっとも 芦田君 は 、 ある 文学者 の 会合 で 、 チェホフ について 蘊蓄 を 傾け 、 三十 分 以上 も 論じ た という 、 文学好き政治家 として の 記録保持者 で ある 。
 23その 時 の 拝聴者たち は 、 随分 当て られ た 様子 で あり 、 にがにがし がっ た ロシア文学 の 専門家 も あっ た らしい が 、 ともかく 文筆 で 御飯 を 頂戴 し て いる 数百 人 の 前 で 、 三十 分 に 及ぶ チェホフ論 を ブチまける という の は 、 一知半解 の 老文学青年 で は できる こと で は ない 。
 24そう だっ た からといって それ だ から など と 、 芦田内閣 の 領分 に 因果づけ て は いけ ない 。
 25ある 座 で 芦田君 は 私 を 紹介 し た こと が ある 。
 26曰く 「 野村君 の 銭形平次 を 、 私 は かつて 読ま ない が 、 私 の 家内 は 非常 に 愛読 し て いる 様子 で ある 」 と ―― まこと に 有難い こと で ある 。
 27挂冠首相 芦田均君 に 読ん で 貰う より 、 私 は まだ 、 かけ違っ て お目にかかっ た こと は ない が 、 有名 な 美人 ―― 現代政治家 の 夫人 として は 、 並ぶ もの なし と いわ れる 、 芦田夫人 に 愛読 し て 貰う 方 が 、 どんな に 有難い か わから ない の で ある 。
 28だが 、 芦田君 が 、 もう 少し 政治家的俗才 が あっ た ならば 、 夫人 が 読ん で いる の を 、 暫く 失敬 し て 「 私 が 愛読 し て いる 」 と いっ て くれ たら 、 旧阿蒙 の 老胡堂 が 、 よき 友人 を 持っ た こと に 感激 する だろう 。
 29―― これ ほど さよう に 芦田君 は 正直 で あり 、 無技巧 で あり 、 お世辞 など を いわ ない 男 で ある 。
 30銭形平次 など を 読む より は 、 やはり チェホフ を 読ん だ 方 が 、 お為 に なる こと は 、 銭形平次 の 著者 なる 私 も よく 知っ て いる 。
 31私ども が 一高 へ 入っ た 時 、 若く て 死ん だ 仏文学者 の 福岡易三郎君 ( 後 の 白水社主 ) が 一 番 で 、 芦田君 は さまで 振るわ なかっ た が 、 学年 が 進む と共に 、 河上弘一君 と 芦田均君 が 頭角 を 現わし 、 爾来 卒業 まで 、 この 二人 が 首席 を 争っ た よう で ある 。
 32はばかりながら 私 など は 野次馬学 の 優等 で 、 喧嘩 に は 強かっ た が 、 学校 の 成績 の 方 は 、 二人 の 秀才 に 及び も つか なかっ た 。
 33芦田君 は その 頃 から 怜悧 な 青年 で 、 三 年間 下宿屋 から 一高 へ 通っ て い た よう で ある 。
 34発祥 の 地 は 丹波 の 篠山 だ が 、 お国名物 の デカンショ節 と は 縁 が 遠く 、 下宿 の 本棚 に は 、 何やら 六つかしい もの を 列べ て 置く といった 肌合い で あっ た と 思う 。
 35一高 卒業 の 時 、 私 は 病気 に なっ て 、 摂生室 に 籠もら さ れ て しまっ た 。
 36その ため 幾ら か の 学科試験 を 受ける こと が でき なかっ た ため に 、 危うく 落第 を し そう に なっ た が 、 芦田君 が クラス の 交渉委員 として 、 先生方 を 歴訪 し 、 私 の ため に なかなか 良い 見こみ点 を 獲得 し て き た こと が ある 。
 37日本 へ はじめて ラグビー を 輸入 し た クラーク先生 は 、 慶応 と 一高 を 教え て い た が 、 リョーマチ で 松葉杖 を 離さ ない 不自由 な 身体 に拘わらず 、 スポーツ の 指導者 として も 有名 な 人 で あっ た 。
 38芦田君 が この 先生 を 訪ね て 、 私 の ため に 八十五 点 の 見こみ点 を 獲得 し 「 お前 は まとも に 試験 を 受け て も 、 こう は いか ない ぞ 」 と 恩 に 着せ られ た こと を 今 で も 知っ て いる 。
 39芦田君 が 冷たい 老獪 な 感じ を 与える の は 、 あの 多く の 漫画 の せい で 、 人間 として は なかなか 良い ところ が あり 、 友人たち に も 感謝 さ れ て いる 例 を 、 私 は いく つ か 知っ て いる 。
 40これ は 友人 の 一人 として 、 銭形平次 は 読ん で くれ ない が ―― 芦田君 の ため に 大提灯 を 持っ て おき たい 。
 41
 42社会党左派 の 、 鈴木茂三郎委員長 は 、 私 にとって は 、 四十 年 前 の 新聞社 の 同僚 で あり 、 当代 の 政治家中 で は 、 最も なつかしい 存在 で ある 。
 43四十 年 前 の 私 は 政治部一 外交記者 で 、 政党方面 など を 受け持っ て い た が 、 社会部 を やっ て い た 原田譲次君 が 、 急 に 大阪 へ 行っ て しまい 、 社会部長 の 椅子 が 空い た ので 、 私 と 永井柳夢 が その 後 を 襲い 、 二人 の 寄合世帯 で 社会部 を やっ て いく こと に なっ た が 、 夕刊 を 受け持っ た 私 が 、 他 へ の 接触 が 多かっ た ので 、 自然社会部長らしく 振る舞っ た の で ある 。
 44その 頃 の 社会部 は 、 小姑 沢山 で 随分 悩まさ れ た が 、 幸い に し て 部員 に 後 の 大阪放送部長 煙山二郎君 など が おり 、 素人 の 私 が 友人たち の 後援 で どう やら 責 を 果たし て い た わけ で ある 。
 45申し遅れ た が 、 私 の 入っ て い た 新聞 は 、 報知新聞 の 前身 で 、 当時 は 東洋 第一 と 謳っ た 時代 で あり 、 社内 の 空気 も 覇気満々 で は あっ た が 、 相当 に 六つかしい もの で あっ た 。
 46鈴木茂三郎君 が 入社 し て き た の は 、 その 翌年 あたり の よう に 記憶 し て いる 。
 47早稲田大学出 の 颯爽 たる 青年 で 、 眼鏡 を かけ て 、 茶色 の 背広 を 着 た 、 ニコニコ し た 青年 を 、 私 は 今 で も はっきり 記憶 し て いる 。
 48四十 年 前 の 若い 記者 を 、 こう まで 明瞭 に 記憶 し て いる という こと は 、 鈴木茂三郎君 に は 若い 時 から 、 なん か 特色的 な もの が あっ た ため かもしれない 。
 49今 の 委員長 鈴木茂三郎君 が 、 慷慨激越 に 演説 を する と 、 ラジオ で 聴い て も 、 その 武者振り は なかなか に 凄まじい 。
 50だが 当人 として は 六十幾 歳 の 今日 、 老政治家 と なっ た 風格 の うち に 言うに言われぬ 、 青年らしさ が あり 、 政治家 として の 愛嬌 と 魅力 は まさに 満点 で ある 。
 51そう いっ て は 済まない が 、 私 が 見 来 たった 五十 年 の 間 の 政治家 も 少なく ない が 、 鈴木茂三郎君 ほど の 親しめる 人 は 少ない と 思う 。
 52昔 から 、 大衆 の 人気 を 掴ん だ 大きい 政治家 に は 、 こういった 、 万人 を ひきつける 魅力 が あっ た の かもしれない 。
 53鈴木君 の 男っ振り の ため に 、 祝盃 を 挙げ て も よろしい 。
 54それ は ともかく と し て 、 四十 年 前 の 鈴木君 は 、 才能 から いっ て も 、 申し分 の ない 良い 記者 で あっ た 。
 55社会部 に 号令 し て い た 私 は 、 もちろん まだ 小説 など いう もの は 書か ず 、 新聞 の 社会部 の 記事 に 、 新しい 方向 を 開拓 する 野心 に 燃え て 、 その ころ まで 新聞 の 社会部 など が 、 あまり 試み なかっ た 文芸美術 や 政治経済 の 分野 に まで 首 を 突っこみ 、 そういった 材料 を 柔らかく 扱っ て 、 ひとかど 良い 心持 に なっ た もの で ある 。
 56後 に 鈴木君 が 、 社会党 随一 の 財政経済通 に なっ た の も 、 四十 年 前 の この 修業 が 素地 に なっ た の で は ある まい か 。
 57当時 鈴木君 を 動かし た 社会部長 の 私 は 、 ひそか に 誇り を 持っ て い て も 差支え ない わけ で ある 。
 58それ から 暫く 経っ て 、 鈴木君 は 大正日日 に 走り 、 東京毎日 に 転じ 、 そして 革命後 の ソ連 に 入国 し 、 その 旅行記 を 書い たり し た 。
 59鈴木君 の 去来 は 、 まこと に 端倪すべからざる もの で あっ た が 、 一転 する 毎 に 箔 を つけ 、 貫禄 を 供え 、 社会運動 の 闘士 として 大きく クローズアップ さ れる よう に なっ た の で ある 。
 60戦争中 新宿駅 で 逢っ た 時 は 、 憲兵 か なん か に 追わ れ て いる 時 で 、 鈴木君 も はなはだ 落ち着か ぬ 様子 で あっ た が 、 互い に 肩 を 叩い て 別れ た が 、 間もなく 戦争 は 終り 、 世の中 が 変わっ て 、 鈴木君 は 新時代 の 政治家 、 新しい 指導者 として 華々しく われ等 の 前 に 立っ て い た 。
 61この 人 の 特質 は 、 いろいろ 数え挙げ られる だろう が 、 青年時代 の 印象 から いえ ば 、 政治家 より は むしろ 、 文学者 に なり そう な 、 敏感 な 青年 で あっ た 。
 62二十 歳代 は 文章 も 美しく 、 恐らく 心掛け さえ すれ ば 、 なん でも やり遂げる こと が できる 質 の 人 で あっ た かもしれない 。
 63前 に も 書い た が 、 今 から 数 年 前 、 捕物作家クラブ が 、 浅草 の 花屋敷 に 半七塚 を 建て た 時 、 吉田首相 と 広川弘禅氏 など の 花輪 を 飾っ た から 、 この 催し が 一 党 一 派 に 偏し ない よう に 、 社会党 から も 貰っ て くれ ない か という 作家クラブ の 幹部 から の 申し出 が あっ た 。
 64もう 半七塚 除幕 の 日 が 迫っ て い た 。
 65私 は 長い 間 交渉 も 往来 も なかっ た 鈴木君 に 、 その 時 久し振り で 電話 を かけ た 。
 66鈴木君 は すぐ 電話 へ 出 て 来 た 、
 67そして 私 の 言葉 が 終る か 終ら ない うち に
 68「 あ 、 いい とも
 69ぜひ 僕 の 花輪 も 並べ て くれ 、
 70俺 も 銭形平次 の 愛読者 の 一人 だ よ 」
 71そういう 鈴木君 の 声 は 好意 に はずん で い た 。
 72鈴木委員長 は ( その 頃 書記長 だっ た かもしれない ) その 実 、 シェクスピーア の 愛読者 で あっ た かもしれず 、 あるいは ツルゲネーフ の 愛読者 で あっ た かもしれない 、
 73しかし 深夜 の 電話口 で すっかり はずみ 切っ て 「 俺 も 銭形平次 の 愛読者 だ よ 」 と いっ て くれる 心根 は 嬉しい で は ない か 。
 74
 75銭形平次 に 関心 を 持つ と いわ れる 吉田首相 は 、 書斎 や 事務室 で なく 、 寝室 で 催眠薬 の 代わり に 読ん で くれる と も 伝え られ て いる 。
 76私 にとって は なお 有難い こと で ある 。
 77これ に対して 右 と 左 と 政界 の 立場 は 違っ て も 、 一方 の 読者 に 鈴木茂三郎君 を 持つ こと は 、 対照 の 面白さ だけ で も 私 を 鼓舞 する 。
 78芦田均君 が 、 美しき 夫人 を もっ て 、 愛読者 を 代表 さ し て くれ た の も 、 この 際 決して 悪い こと で は ない 。
 79総理大臣 の 読書 という 題目 が 出る たび ごと に 新聞 に 雑誌 に 、 吉田首相 を 苦笑 さ せ て いる に 違いない 銭形平次 、
 80まこと に お気の毒 で も ある が 、 再び ジェラルディン・ファーラー の 啖呵 を 拝借 し て 「 こいつ は 案外 宣伝効果 が あっ た ワイ 」 と 、 ガラッ八 の ごとく 私 は 顎 を 撫でる の で ある 。
 81
 82大政治家 の 読書 という もの は 、 昔 から うるさい 問題 に なっ て いる 。
 83銭形平次 を プルタークス の 『 英雄伝 』 に 入れ換え た ところ で 、 今 の 御時世 で は 、 総理大臣 を 偉大 に する 途 で は ある まい 。
 84街 の 媚 を 売る 女たち に 、 愛読 の 書 を 書か せる と 、 何十 パーセント か は ジイド の 『 狭き門 』 だ という こと で ある 。
 85愛読書 の 欄 に 記入 さ れ た 本 が 、 高尚 に なれ ば なる ほど 、 それ は 読ま ない 本 に きまっ て いる から で ある 。
 86政治家 の 読書 という の は 、 六つかしい 問題 で ある 。
 87本 は 読む に 越し た こと は ない が 「 書 を 読ん で ことごとく 信ずる は 書 無き に 如か ず 」 で 、 本 を 沢山 読ん で エライ と 思う の は 、 飯 を 沢山 食っ て エライ と 思う 思想 と 、 あまり 大した 違い は ない 。
 88この 世の中 に 存在 する 人間 の 中 で 「 物識り と 称する 人間 ほど イヤ な もの は ない 」 と 私 は 考え て いる ほど で ある 。
 89本 を 沢山 読ん だ から 、 エライ 政治家 に なれる と 思う の は 、 飯 を 沢山 食う から 英雄 に なれる と 思う 考え方 と 同じ こと だ 。
 90一 つ の 面白い 例 が ある 。
 91大正 の 初年ごろ 、 私 が 若い 新聞記者 として 訪問 し た 、 ある 進歩的 な 大政治家 の 書斎 に 、 その 頃 流行っ た 、 一 冊 金 十 銭 の 「 早わかり本 」 が 、 かなり うずたかく 積ま れ て いる の を 見 て 、 胆 を つぶし た こと が ある 。
 92「 社会主義早わかり 」 「 相対性原理早わかり 」 など 、 十 銭 で 最上最高 の 知識 を 供給 し て くれる と 信じ て いる らしい 、 日本 の 大政治家 など という もの は 、 大変 な もの だ と 思っ た から で ある 。
 93だが 、 一面 、 その 「 早わかり本 」 の 愛読者 なる 政治家 が 、 その 頃 最も 新しい 政治家 で 、 生涯 の うち に 、 かなり の 良い 仕事 を し て くれ 、 人 の ため に も 、 国 の ため に も 、 大きな 手柄 を 立て て くれ た こと を 考える と 、 ダイジェスト智恵 や 「 早わかり本 」 の 手柄 も 満更 で は なかっ た という 結論 が 生み出せ ない こと も ない わけ で ある 。
 94大正 の 初年 は 、 そういう もの で あり 、 それ で よかっ た の で も ある 。
 95それ に 比べる と 、 今 の 政治家 は 学識 も 教養 も 格段 の 違い が ある こと は 、 私 が 改めて 証拠 を 持ち出す までも なかろう 。
 96芦田君 が チェホフ を 持ち出し た 如き は 、 まだまだ やさしい 。
 97私 の 知っ て いる 範囲 の 政治家 に さえ 、 なかなか の 文化人 が 、 どんな に 多数 いる か 、 勘定 し 切れ ない ほど で ある 。
 98吉田首相 は 好ん で 英文 の 探偵小説 を 読む という こと で ある 。
 99コナン・ドイル を 知る こと は 、 英国 の 紳士 の たしなみ で あり 、 その 寝室 の 小卓 の 上 に 、 アガサ・クリスティ を 置く こと は 、 少し も 恥ずかしい こと で は ない 。
 100国会図書館長 の 金森徳次郎氏 は 、 これ も 私 の 昔 の 同窓 の 一人 で 、 篤学達識 の つわもの だ 。
 101先年 アメリカ諸図書館 を 見学 し て 、 ある 国会図書館 へ 行っ た 時 、 館 の 事務員 の 一人 に 「 議員さんたち は どんな 本 を 読む の か 」 と 訊ねる と 、 事務員 は 肩 を 聳やかし て 、 こう 答え た という こと で ある 。
 102「 大抵 は 探偵小説 です よ 」 ―― と 。
 103それ で 良い で は ない か 。
 104日本 の 政治家たち は 、 掴み合い の 喧嘩 は する が 、 気 の きい た 探偵小説 を 読む 人 は あまり ない らしい 。
 105コナン・ドイル が 読め て 、 あの 味 が わかる 人 が 多く なっ たら 、 日比谷 の 空気 も もう 少し 寛闊聡明 に なる の かもしれない 。
 106その 時 は 「 銭形平次 」 など は 、 束ね て 包ん で 、 物置 の 中 へ 抛りこん で も 怨み は ない 。
 107ムト金 という 代議士 が あっ た 。
 108四十 年 も 前 の こと で ある 、
 109外交質問 を ぶっ て 「 英国 の ジェノア 」 と いっ て 、 議場 で 哄笑 を 招い た 男 で ある 。
 110その 勇敢 なる 代議士 が 、 その 頃 の 政友会 の 幹部室 で 、 葉巻 を くゆらし ながら 「 この 節 の 新聞記者 は 、 無学 で 無知 で 話 に なら ない 、 一 つ 国家 が 新聞記者 の 資格試験 を やっ たら どう か ね 、 ハッハッハッ 」 と 太鼓腹 を ゆすっ て 笑っ た こと が ある 。
 111若い 新聞記者 で あっ た 私 は フト その 部屋 に 居合わせ て 、 あまり の こと に 腹 を 立て 「 お言葉 だ が 、 新聞記者 は 無学 で 不勉強 か は しら ない が 馬鹿 じゃ 勤まら ない 、 それ より 先 に 、 代議士 の 資格試験 を し たら どう だ 」 と やっ た 。
 112ムト金代議士 一 句 も なかっ た こと は いう までも ない 。
 113この 対話 を 聴い て い た もの に 、 前田蓮山君 や 里見謹一君 や 後 の 何 やら 次官 に なっ た 青木精一君 その 他 五六 人 の 新聞記者 が い た よう に 思う 。
 114その 頃 から 見る と 、 議員 の 質 も 向上 し 、 立派 な 人物 も 非常 に 多く なっ た こと は 事実 で ある 。
 115だが 、 下劣 な 野次 と 、 乱闘 は ますます はなはだしく 、 議場 の 混乱 は 年 と共に ひどく なる ばかり だ 。
 116新聞記者 の 方 は 、 東京 の 大新聞 の 採用試験 は ますます 峻厳 を 極め 、 近頃 で は 百 人 に 一人 、 千 人 に 一人 という 採用率 に なっ て いる らしい 。
 117妙 な 世の中 だ と 思う 。
 118政治家 の 読書 が 妙 な 話 に 脱線 し て しまっ た が 、 決して 決して 、 小著 「 銭形平次 」 を 読む 政治家 が エライ という わけ で は ない 、
 119くれぐれ も 誤解 の ない よう に 願い たい 。