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aozora_Nomura-7-1954のコンテキスト表示

title Zuihitsu Zenigata Heiji (07. penneemu yuraiki)
author Nomura, Kodo
date 1954
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/001670/card57221.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1随筆銭形平次
 2ペンネーム由来記
 3野村胡堂
 4筆名 の 由来 を よく 訊か れる 。
 5胡堂 など という の は 、 徳川末期 の 狂詩 でも 捻る 人 に あり そう で 、 どう 考え て も 現代人 の ペンネーム で は ない 。
 6いつ か 村松梢風氏 が 「 お互 に 古風 な 筆名 を 持っ て いる が 、 こんな の は もう 流行ら ない ね 」 と 言っ た こと が ある が 、 まこと に 同感 に 堪え ない 。
 7親 の つけ た 名 は 長一 と いう 。
 8長四郎 の 長男 で 長一 、
 9至極 簡単 明瞭 な 名 だ が 、 この 名前 、 世間 に ザラ に あり そう で 、 滅多 に ない から 不思議 で ある 。
 10昔 で は 、 織田信長 の 家来 に 、 美濃金山 の 城主 、 森武蔵守長一 という の が あり 、 森蘭丸 の 兄 で 、 鬼武蔵 と 言わ れ た 豪勇 の 侍 だ が 、 二十七 歳 で 若死 し て いる 。
 11尤も 武蔵守長一 の 方 は 、 ナガカズ と 読ま せ た らしい 。
 12私 の 長一 は オサカズ と 読む の が 本当 で 、 子供 の 時 私 は そう 呼ば れ た 。
 13五十 年 前 くらい まで は 村 へ 帰る と 近所 の 老人達 は そう 呼ん で くれ た もの で ある 。
 14それが 何時 の 間 に やら チョウイチ と なり 、 今 で は 私 自身 で も 振仮名 を 付ける 場合 は 、 チョウイチ と 書い て いる 。
 15胡堂 の 方 は 、 大正 初め 、 新聞 の 政治記者 を し て いる 頃 、 政閑期 に は 政治面 の 「 かこいもの 」 という 閑文字 を 書い て い た が 、 筆名 が ない ので 、 長某 と 署名 する と 、 編集局 の 悪童共 が 、 「 お前 も 雅号 を 拵えろ 」 と 言う の で ある 。
 16その 頃 は 筆名 と も ペンネーム と も 言わ ず 、 親 の 付け た 名前 で ない 、 気取っ た 仮名 を 昔 から の 言い慣わし で 雅号 と 言っ た もの で ある 。
 17映画 を 活動写真 、 レコード を 種板 と 言っ た 時代 の こと で ある 。
 18「 何 か いい の を つけ て くれ 」 と 言う と 、 編集 の 助手達 が 、 「 お前 は 東北 の 生れ だ から 、 蛮人 は どう だ 、 強 そう で 良い ぞ 」 と 言う の で ある 。
 19「 蛮人 で は 可哀相 だ 、 人食い人種 みたい じゃ ない か 」 と 言う と 「 それでは 胡堂 と 付けろ 、 胡馬北風 に 依る の 胡 だ 、 秦 を 亡ぼす もの は 胡 なり の 胡 だ 。 堂 という 字 は それ 、 木堂 、 咢堂 、 奎堂 など と いっ て 皆んな エライ 人 は 堂 という 字 を つける 。 それ に きめ て おけ 」 と 本人 の 私 の 意見 など を 無視 し て 、 翌る 日 の 新聞 の 閑文字 から 、 胡堂 という 署名 が 入っ た わけ で ある 。
 20それから 、 社会部 の 音頭 を 取っ て 、 部長 という もの に 祭り上げ られ 、 新聞 に 専念 さ せる ため に 、 社 の 方針 で 他 の 新聞雑誌 に 一切 書く こと を 禁じ られ 、 しばらく 胡堂 という 雅号 も 、 実際 に 用いる 折 も なく 、 権利 だけ を 留保 し て 、 温め て おい た の で ある が 、 大正 十一 年 社会部長 を よし て 学芸部長 に なり 、 再び 雑文 や 、 短評 など を 書い て 、 七 年目 に カビ の 生え た 雅号 を 取り出し 、 昭和 二 年 始めて 「 奇談クラブ 」 という 小説 を 書い た 時 、 本名 を 名乗る の も 極り が 悪く 、 新た に 筆名 を 拵える の も 面倒臭い ので 、 はなはだ 不精 で は あっ た が 、 堅い もの を 書い た 昔 の 雅号 を その まま 、 胡堂 と 署名 し て しまっ た が 、 今日 まで 道連れ に なっ た 因縁 で ある 。
 21「 あらえびす 」 の 方 は 、 新聞 に 音楽 や 、 絵 の こと を 書く のに 、 胡堂 で は はなはだ 堅い ので 、 胡 という 字 を 柔らかく 訓ん で 、 「 あらえびす 」 と し た まで の こと で ある 。
 22「 袖萩祭文 」 という 芝居 の 中 に 、 桂中納言 に 化け て 出 た 安倍貞任 が 、 花道 の 中 ほど で 、 引き抜き に なり 、 「 奥州のあらゑびす 」 と 威張る ところ が ある 。
 23これ を 歴史的 に せんさく すれ ば 、 「 にぎゑびす 」 に対する 「 あらゑびす 」 で 、 更に 砕い て 言え ば 熟蕃 に対する 生蕃 で ある 。
 24本当 の 仮名遣い は 、 あらゑびす で なけれ ば なら ない が 、 仮名遣い問題 の うるさかっ た 時 で 、 読み よく 「 あらえびす 」 と し た に 過ぎ ない 。
 25一時 ふざけ た 意味 で R・A・B・C と 署名 し た こと も ある が 、 気障 な ので 止し て しまっ た 。
 26横文字 と 安倍貞任 で は 少しく 調和 が 悪い 。
 27雑文 に 長沢無人 と 署名 し た こと も ある 。
 28私 の 生家 は 長沢尻 という ところ に あり 、 無人 は 傍若無人 の 無人 だ 、
 29今 は 亡き 友人 の 一人 が 、 私 の 生家 の 小字 まで 知っ て おり 、 長鞘尻 の 親分 など と からかっ た ハガキ を くれ て 、 私 を 困らせ た こと が ある 。
 30ところで 、 私 に は 、 本名 の 長一 で 来る 手紙 と 、 胡堂 または 「 あらえびす 」 で 来る 手紙 と が ある 。
 31長一 と 書く の は 、 キリスト教関係 か 、 若い キマジメ な 人達 で 、 銭形平次 など は 読み そう も ない 人 。
 32胡堂 と 書い て くる の は 全体 の 九十 パーセント で 、 これ は 普通 。
 33「 あらえびす 」 と 書い て 来る の は 、 音楽関係 の 人 か 、 レコードファン で 八 パーセント くらい は ある だろう 。
 34大分 前 の こと 、 本名 と 筆名 で 、 全く 同じ 所得税 の 徴税命令 が 二 通 来 た こと が ある 。
 35早速 出かけ て 行っ て 、 わけ を 話し て 、 一 通 は 取り消し て もらっ た こと は 申す までも ない 。
 36三十 年 も 前 の 話 、 新聞社 の 給仕 が ( その 頃 は コドモ と 言っ た 、 今日 は 少年社員 と 言う そう だ ) 私 の 卓 の 前 で 電話 を 取り次い で い て 、 「 ナニ 、 野村コゾウ ? そんな コゾウ は い ませ ん よ 」 と 、 電話 を ガチリと 切っ た こと が ある 。