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Context

title:Aohige
author:Perrault, Charles --Kusuyama, Masao (trans.)
date:1950
source:Aozora Bunko (http://www.aozora.gr.jp/cards/001134/files/43117_21536.html)
genre:fiction
subcorpus:Aozora Bunko
terms of use:Creative Commons license

 1青ひげ
 2ペロー Perrault
 3楠山正雄 訳
 4
 5むかしむかし 、 町 と いなか に 、 大きな やしき を かまえ て 、 金 の 盆(ぼん) と 銀 の お皿(さら) を もっ て 、 きれい な お飾(かざ)り と ぬいはく の ある 、 いす 、 つくえ と 、 それに 、 総金(そうきん)ぬり の 馬車 まで も もっ て いる 男 が あり まし た 。
 6こんな しあわせ な 身分 でし た けれど 、 ただ ひと つ 、 運 の わるい こと は 、 おそろしい 青ひげ を はやし て いる こと で 、 それ は どこ の おくさん でも 、 むすめさん でも 、 この 男 の 顔 を 見 て 、 あっ と いっ て 、 逃げ出さ ない もの は あり ませ ん でし た 。
 7さて 、 この 男 の やしき 近く に 、 身分 の いい 奥(おく)さん が あっ て 、 ふたり 、 美しい むすめさん を もっ て い まし た 。
 8この 男 は 、 この むすめさん の うち どちら でも いい から 、 ひとり 、 およめさん に もらい たい と いっ て 、 たびたび 、 この 奥さん を せめ まし た 。
 9けれど 、 ふたり が ふたり とも 、 むすめたち は 、 この 男 を 、 それはそれは きらっ て い て 、 逃げまわっ て ばかり い まし た 。
 10なにしろ 青ひげ を はやし た 男 なんか 、 考え た だけ でも 、 ぞっと する くらい です し 、 それに 、 胸 の わるい ほど いや な こと に は 、 この 男 は 、 まえ から も 、 いく 人 か 奥さま を もっ て い て 、 しかも それ が ひとり のこら ず 、 どこ へ どう 行っ て しまっ た か 、 ゆくえ が 分から なく なっ て いる こと でし た 。
 11そこで 、 青ひげ は 、 これ は 、 この むすめさん親子 の ごきげん を とっ て 、 じぶん が すき に なる よう に しむける こと が 、 なにより ちか道 だ と 考え まし た 。
 12そこで 、 ある とき 、 親子 と 、 その ほか 近所(きんじょ) で 知りあい の 若い 人たち を おおぜい 、 いなか の やしき に まねい て 、 一 週間(しゅうかん) あまり も とめ て 、 ありったけの もてなしぶり を みせ まし た 。
 13それ は 、 まい日 、 まい日 、 野あそび に 出る 、 狩(かり) に 行く 、 釣(つり) を する 、 ダンス の 会 だの 、 夜会(やかい) だの 、 お茶 の 会 だの と 、 目 の まわる よう な せわしさ でし た 。
 14夜(よる) に なっ て も 、 たれ も ねどこ に はいろ う と する もの も あり ませ ん 。
 15宵(よい) が すぎ て も 、 夜中 が すぎ て も 、 みんな そこ で も ここ で も 、 おしゃべり を し て 、 わらいさざめい て 、 ふざけっこ し たり 、 歌 を うたい あっ たり 、 それはそれは 、 にぎやか な こと でし た 。
 16とうとう こんな こと で 、 なに もかも 、 とんとんびょうし に うまく はこん で 、 すえ の 妹 の ほう が まず 、 この やしき の 主人 の ひげ を 、 もう そんな に 青く は 思わ ない よう に なり 、 おまけ に 、 りっぱ な 、 礼儀(れいぎ)ただしい 紳士(しんし) だ と まで おもう よう に なり まし た 。
 17さて 、 うち へ かえる と まもなく 、 ご婚礼(こんれい) の 式 が すみ まし た 。
 18それから 、 ひと 月 ばかり たっ た のち の こと でし た 。
 19青ひげ は 、 ある 日 、 奥(おく)がた に むかっ て 、 これ から 、 ある たいせつ な 用むき で 、 どう し て も 六 週間(しゅうかん) 、 いなか へ 旅 を し て こ なけれ ば なら ない 。 そのかわり 、 るす の あいだ の 気ばらし に 、 お友だち や 知りあい の 人たち を 、 やしき に 呼ん で 、 里 の 家 に い た じぶん と おなじ よう に 、 おもしろおかしく 遊ん で 、 くらし て も かまわ ない から 、 と いい まし た 。
 20「 さて 、 」 と 、 その あと で 、 青ひげ は 奥がた に いい まし た 。
 21「 これ は ふた つ とも 、 わたし の いちばん 大事(だいじ) な 道具(どうぐ) の はいっ て いる 大戸棚(おおとだな) の かぎ だ 。
 22これ は ふだん 使わ ない 金銀 の 皿 を 入れ た 戸棚 の かぎ だ 。
 23これ は 金貨(きんか) と 銀貨 を いっぱい 入れ た 金庫(きんこ) の かぎ だ 。
 24これ は 宝石(ほうせき)箱 の かぎ だ 。
 25これ は へや のこら ず の 合いかぎ だ 。
 26さて 、 ここ に もう ひと つ 、 ちいさな かぎ が ある が 、 これ は 地下室(ちかしつ) の 大ろうか の 、 いちばん 奥(おく) に ある 、 小べや を あける かぎ だ 。
 27戸棚 という 戸棚 、 へや という へや は 、 どれ を あけ て みる こと も 、 中 に はいっ て みる こと も 、 おまえ の 勝手(かって) だ が 、 ただ ひと つ 、 この 小べや だけ は 、 けっして あけ て みる こと も 、 まして 、 はいっ て みる こと は なら ない ぞ 。
 28これ は かたく 止め て おく 。
 29万一 に も それ に そむけ ば 、 おれ は おこっ て 、 なに を する か 分から ない ぞ 。 」
 30奥がた は 、 おいいつけ の とおり 、 かならず 守り ます と 、 やくそく し まし た 。
 31やがて 青ひげ は 、 奥がた に やさしく せっぷん し て 、 四輪馬車 に 乗っ て 、 旅だっ て 行き まし た 。
 32
 33すると 、 おくがた の 知りあい や 、 お友だち は 、 お使 を 待つ ま も 、 もどかしがっ て 、 われさき に あつまっ て 来 まし た 。
 34およめ入りさき の 、 りっぱ な 住まい の ようす が 、 どんな だ か 、 どの くらい 、 みんな は 見 た がっ て い た でしょう 。
 35ただ 主人 が うち に いる とき は 、 れいの 青ひげ が こわく て 、 たれ も 寄りつけ なかっ た の で ござい ます 。
 36みんな は 、 居間(いま) 、 客間(きゃくま) 、 大広間 から 、 小べや 、 衣裳(いしょう)べや と 、 片っぱし から 見 て あるき まし た が 、 いよいよ 奥ぶかく 見 て 行く ほど 、 だんだん りっぱ に も 、 きれい に も なっ て いく よう でし た 。
 37とうとう おしまい に 、 いっぱい 家具(かぐ) の つまっ た 、 大きな へや に 来 まし た 。
 38その なか の 道具(どうぐ) や おきもの は 、 この やしき の うち でも 、 一等 りっぱ な もの でし た 。
 39かべかけ でも 、 ねだい でも 、 長いす でも 、 たんす でも 、 つくえ や 、 いす でも 、 頭 の てっぺん から 、 足 の 爪(つま)さき まで うつる すがたみ でも 、 それ は むやみ に たくさん あっ て 、 むやみ に ぴかぴか 光っ て 、 きれい な ので 、 たれもかれも 、 ただ もう 、 かんしん し て 、 ふうと 、 ため息 を つく だけ でし た 。
 40すがたみ の なか に は 、 水晶(すいしょう) の ふち の つい た もの も あり まし た 。
 41金銀めっき の ふち の つい た もの も あり まし た 。
 42なに もかも 、 この 上 も なく けっこうずくめ な もの ばかり でし た 。
 43お客たち は 、 まさか これ ほど まで と も おもわ なかっ た 、 お友だち の 運 の よさ に 、 いまさら 感心 し たり 、 うらやましがっ たり 、 いつ まで も はてし が あり ませ ん でし た が 、 ご主人 の 奥がた は 、 いくら りっぱ な おへや や 、 かざりつけ を 見 て あるい て も 、 じれったい ばかり で 、 いっこう に おもしろく も 楽しく も あり ませ ん でし た 。
 44それ という の が 、 夫(おっと) が 出がけ に きびしく いいつけ て おい て いっ た 、 地下室 の ひみつ の 小べや という の が 、 しじゅう 、 どう も 気 に なっ て 気 に なっ て 、 なら ない から で ござい ます 。
 45いけ ない という もの は 、 とかく 見 たい の が 、 人間 の くせ です から 、 その うち いよいよ 、 がまん が し きれ なく なっ て くる と 、 この 奥(おく)がた は 、 もう お客 にたいして 、 失礼(しつれい) の なん の という こと を 、 おもっ て は い られ なく なっ て 、 ひとり そっと 裏(うら)ばしご を おり て 、 二 ど も 三 ど も 、 首 の 骨 が おれ た か と おもう ほど 、 はげしく 、 柱 や 梁(はり) に ぶつかり ながら 、 むちゅう で かけ出し て 行き まし た 。
 46でも 、 いよいよ 小べや の 戸 の 前 に 立っ て みる と 、 さすが に 夫(おっと) の きびしい いいつけ を 、 はっと おもい出し まし た 。
 47それ に そむい たら 、 どんな ふしあわせ な 目 に あう か しれ ない 、
 48そう おもっ て 、 しばらく ためらい まし た 。
 49でも 、 さそい の 手 が 、 ぐんぐん つよく ひっぱる ので 、 それ を はらい きる こと は 、 でき ませ ん でし た 。
 50そこで 、 ちいさい かぎ を 手 に とっ て 、 ぶるぶる 、 ふるえ ながら 、 小べや の 戸 を あけ まし た 。
 51窓 が しまっ て いる ので 、 はじめ は なんに も 見え ませ ん でし た 。
 52その うち 、 だんだん 、 くらやみ に 目 が なれ て くる と 、 どう でしょう 、 そこ の 床(ゆか) の 上 に は 、 いっぱい 血 の かたまり が こびりつい て い て 、 五六 人 の 女 の 死がい を 、 ならべ て かべ に 立てかけ た の が 、 血 の 上 に うつっ て 見え て い まし た 。
 53これ は 、 みんな 青ひげ が 、 ひとりひとり 、 結婚(けっこん) し た あと で 殺し て しまっ た 女たち の 死がい でし た 。
 54これ を 見 た とたん 、 奥がた は 、 あっ と いっ た なり 、 息 が とまっ て 、 からだ が すくん で 動け なく なり まし た 。
 55そうして 、 戸 の かぎ穴 から ぬい て 、 手 に もっ て い た かぎ が 、 いつ か 、 すべり落ち た の も 知ら ずに い た くらい です 。
 56しばらく し て 、 やっと われ に かえる と 、 奥がた は あわて て 、 かぎ を 拾いあげ て 、 戸 を しめ て 、 いそい で 二 階 の 居間 に かけ て かえる と 、 ほっと 息 を つき まし た 。
 57でも 、 いつ まで も 胸 が わくわく し て 、 正気(しょうき) が つか ない よう でし た 。
 58見る と 、 かぎ に 血 が つい て いる ので 、 二三 ど 、 それ を ふい て とろ う と し まし た が 、 どう し て も 血 が とれ ませ ん 。
 59水 に つけ て 洗っ て み て も 、 せっけん と みがき砂 を つけ て 、 といし で 、 ごしごし 、 こすっ て み て も 、 いっこう に しるし が みえ ませ ん 。
 60血 の つい た あと は 、 いよいよ 、 こく なる ばかり でし た 。
 61それ も その はず 、 この かぎ は 魔法(まほう) の かぎ だっ た の です 。
 62ですから 、 おもてがわ の ほう の 血 を 落し た か と おもう と 、 それ は うらがわ に 、 いつ か 、 よけい こく 、 にじみ出し て い まし た 。
 63
 64すると 、 その 日 の 夕方 、 青ひげ が 、 ひょっこり 、 うち へ かえっ て 来 まし た 。
 65それ は 、 まだ むこう まで 行か ない うち 、 とちゅう で 、 用むき が 、 つごう よく 片づい た 、 という 知らせ を 聞い た から だ と 、 青ひげ は 話し まし た 。
 66だしぬけ に かえっ て こ られ た とき 、 奥がた は 、 ぎょっと し まし た が 、 いっしょうけんめい 、 うれし そう な 顔 を し て 見せ て い まし た 。
 67さて 、 その あくる 朝 、 青ひげ は 、 さっそく 、 奥がた に 、 あずけ た かぎ を お出し と いい まし た 。
 68そう いわ れ て 、 奥がた が かぎ を 出し た とき 、 その 手 の ふるえよう と いっ たら あり ませ ん でし た から 、 青ひげ は 、 すぐ と かんづい て しまい まし た 。
 69「 おや 。 」 と 、 青ひげ は いい まし た 。
 70「 小べや の かぎ が ひと つ ない ぞ 。 」
 71「 じゃあ 、 きっと 、 あちら の つくえ の 上 に おきわすれ た の でしょう 。 」 と 、 奥がた は こたえ まし た 。
 72「 すぐ 持っ て こい 。 」 と 、 青ひげ は 、 おこっ た 声 を 出し まし た 。
 73五六 ど 、 あちら へ 行っ たり 、 こちら へ 行っ たり 、 まごまご し た あと で 、 奥がた は 、 しぶしぶ かぎ を 出し まし た 。
 74青ひげ は 、 かぎ を 受けとる と 、 こわい 目 を し て 、 じっと ながめ て い まし た が 、 「 この かぎ の 血 は どう し た の だ 。 」 と いい まし た 。
 75「 知り ませ ん 。 」 と 、 泣く よう な 声 で こたえ た 奥がた の 顔 は 、 死人 よりも 青ざめ て い まし た 。
 76「 なに 、 知り ませ ん だと 。 」 と 、 青ひげ は いい まし た 。
 77「 おれ は よく 知っ て いる よ 。
 78おまえ は よくも おもいきっ て 、 小べや の 中 に はいっ た な 。
 79えらい どきょう だ 。
 80よし 、 そんな に はいり たけれ ば 、 あそこ へ はいれ 、
 81はいっ て 、 そこ に いる 奥さんたち の なかま に なれ 。 」
 82こう いわ れる と 、 奥がた は 、 いきなり 夫(おっと) の 足もと に つっぷし て 、 いかに も まごころ から 、 くいあらため た ようす で 、 もう けっして 、 おいいつけ に は そむき ませ ん から 、 と いっ て 、 わび まし た 。
 83この うえ も なく 美しい 人 の 、 この うえ も なく 悲しい すがた を 見 て は 、 岩 で も とろけ 出し た でしょう 。
 84けれど 、 この 青ひげ の 心 は 、 岩 よりも 、 かね よりも 、 かたかっ た の で ござい ます 。
 85「 奥さん 、 あなた は 死な なけれ ば なら ない 。 今 すぐ に 。 」 と 、 青ひげ は いい まし た 。
 86「 わたくし 、 どう し て も 死な なけれ ば なら ない の でし たら 。 」 と 、 奥がた は こたえ て 、 目 に いっぱい 涙 を うかべ て 、 夫 の 顔 を 見 まし た 。
 87「 せめて しばらく 、 おいのり を する あいだ だけ 、 待っ て ください まし 。 」
 88「 しかたがない 、 七 分 半 だけ 待っ て やる 。 だが それ から 、 一 秒(びょう) も おくれる こと は なら ない ぞ 。 」 と 、 青ひげ は いい まし た 。
 89ひとり に なる と 、 奥がた は 、 女 の きょうだい の 名 を 呼び まし た 。
 90「 アンヌねえさま
 91( アンヌ という の は 、 きょうだい の なまえ でし た 。 )
 92アンヌねえさま 、 後生(ごしょう) です 、
 93塔(とう) の てっぺん まで あがっ て 、 にいさまたち が 、 まだ おいで に なら ない か 見 て ください 。
 94にいさまたち は 、 きょう 、 たずね て くださる やくそく に なっ て いる の です 。
 95見え たら 、 大いそぎ で くる よう に 、 合図(あいず) を し て ください 。 」
 96アンヌねえさま は 、 すぐ 塔 の てっぺん まで あがっ て 行き まし た 。
 97半分 きちがい の よう に なっ た 奥がた は 、 かわいそう に 、 しじゅう 、 さけび つづけ て い まし た 。
 98「 アンヌねえさま 、 アンヌねえさま 、 まだ なに も こ ない の 。 」
 99すると 、 アンヌねえさま は いい まし た 。
 100「 日 が 照(て)っ て 、 ほこり が 立っ て いる だけ です よ 。
 101草 が 青く 光っ て いる だけ です よ 。 」
 102その うち に 青ひげ が 、 大きな 剣(けん) を ぬい て 手 に もっ て 、 ありったけの われがね声(ごえ) を 出し て 、 どなりたて まし た 。
 103「 すぐ おり て こい 。
 104おり て こ ない と 、 おれ の ほう から あがっ て 行く ぞ 。 」
 105「 もう ちょっと 待っ て ください 、 後生(ごしょう) です から 。 」 と 、 奥がた は いい まし た 。
 106そうして 、 ごく ひくい 声 で 、 「 アンヌねえさま 、 アンヌねえさま 、 まだ なに も 見え ない の 。 」 と 、 さけび まし た 。
 107アンヌねえさま は こたえ まし た 。
 108「 日 が 照(て)っ て 、 ほこり が 立っ て いる だけ です よ 。
 109草 が 青く 光っ て いる だけ です よ 。 」
 110「 早く おり て こい 。 」 と 、 青ひげ は さけび まし た 。
 111「 おり て こ ない と 、 あがっ て 行く ぞ 。 」
 112「 今 まいり ます 。 」 と 、 奥がた は こたえ まし た 。
 113そうして 、 その あと で 、 「 アンヌねえさま 、 まだ なに も 見え ない の 。 」 と 、 さけび まし た 。
 114「 ああ 。 でも 、 大きな 砂けむり が 、 こちら の ほう に むかっ て 、 立っ て い ます よ 。 」 と 、 アンヌねえさま は こたえ まし た 。
 115「 それ は きっと 、 にいさまたち でしょう 。 」
 116「 おやおや 、 そう で は ない 。
 117ひつじ の むれ です よ 。 」
 118「 こら 、 おり て こ ない か 、 きさま 。 」 と 、 青ひげ は さけび まし た 。
 119「 今 すぐ に 。 」 と 、 奥がた は いい まし た 。
 120そうして 、 その あと で 、
 121「 アンヌねえさま 、 アンヌねえさま 、 まだ 、 だあれ も こ なくっ て 。 」
 122「 ああ 、 ふたり 馬 に 乗っ た 人 が やってくる わ 。
 123けれど 、 まだ ずいぶん 遠い の よ 。 」
 124「 ああ 、 ありがたい 。 」 と 、 奥がた は 、 うれし そう に いい まし た 。
 125「 それ こそ 、 にいさまたち です よ 。
 126わたし 、 にいさまたち に 、 いそい で くる よう に 合図(あいず) し ましょ う 。 」
 127その とき 、 青ひげ は 、 家 ごと ふるえる ほど の 大ごえ で どなり まし た 。
 128奥がた は 、 しおしお 、 下 へ おり て 行き まし た 。
 129涙 を いっぱい 目 に ため て 、 かみの毛 を 肩 に たらし て 、 夫(おっと) の 足もと に つっぷし まし た 。
 130「 今さら どう なる もの か 。 」 と 、 青ひげ は あざわらい まし た 。
 131「 はやく 死ね 。 」
 132こう いっ て 、 片手 に 、 奥がた の かみの毛 を つかみ ながら 、 片手 で 、 剣(けん) を ふりあげ て 、 首 を はね よう と し まし た 。
 133おくがた は 、 夫 の ほう を ふりむい て 、 今 に も たえ入り そう な 目つき で 、 ほんの しばらく 、 身づくろい する あいだ 、 待っ て ください と 、 たのみ まし た 。
 134青ひげ は こう いっ て 、 剣 を ふりあげ まし た 。
 135「 ならん 、
 136ならん 。
 137神さま に まかせ て しまえ 。 」
 138その とたん 、 おもて の 戸 に 、 ドンと 、 はげしく ぶつかる 音 が し た ので 、 青ひげ は おもわず 、 ぎょっと し て 手 を とめ まし た 。
 139とたん に 、 戸 が あい た と おもう と 、 すぐ 騎兵(きへい) が ふたり はいっ て 来 て 、 いきなり 、 青ひげ に むかっ て 来 まし た 。
 140これ は 奥がた の 兄弟(きょうだい) で 、 ひとり は 竜騎兵(りゅうきへい) 、 ひとり は 近衛騎兵(このえきへい) だ という こと を 、 青ひげ は すぐ と 知り まし た 。
 141そこで 、 あわて て 逃げ出そ う と し まし た が 、 兄弟 は もう 、 うしろ から 追いつい て 、 青ひげ が 、 くつぬぎ の 石 に 足 を かけ よう と する ところ を 、 胴中(どうなか) を ひと つき つきさし て 、 ころし て しまい まし た 。
 142でも その とき に は 、 もう 奥がた も 気 が 遠く なっ て 、 死ん だ よう に なっ て い まし た から 、 とても 立ちあがっ て 、 兄弟(きょうだい)たち を 迎(むか)える 気力(きりょく) は あり ませ ん でし た 。
 143さて 、 青ひげ に は 、 あとつぎ の 子 が あり ませ ん でし た から 、 その 財産(ざいさん) は のこらず 、 奥がた の もの に なり まし た 。
 144奥がた は それ を 、 ねえさま や にいさまたち に 分け て あげ まし た 。
 145ものめずらしがり 、 それ は いつ でも 心 を ひく 、 かるい たのしみ です が 、 いち ど 、 それ が みたさ れる と 、 もう すぐ 後悔(こうかい) が 、 代っ て やってき て [ # 「 やってきて 」 は 底本 で は 「 やっきて 」 ] 、 その ため 高い 代価(だいか) を 払わ なくて は なり ませ ん 。