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aozora_Terada-1921のコンテキスト表示

title Den'en Zakkan
author Terada, Torahiko
date 1921
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2441.html)
genre essay
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1田園雑感
 2寺田寅彦
 3現代 の 多く の 人間 に 都会 と 田舎 と どちら が 好き か という 問い を 出す の は 、 蛙 に 水 と 陸 と どっち が いい か と 聞く よう な もの かもしれない 。
 4田舎 だけ しか 知ら ない 人 に は 田舎 は わから ない し 、 都会 から 踏み出し た 事 の ない 人 に は 都会 は わから ない 。
 5都鄙 両方 に 往来 する 人 は 両方 を 少し ずつ 知っ て いる 。
 6その 結果 は どちら も わから ない 前 の 二 者 より も 悪い かもしれない 。
 7性格 が 分裂 し て 徹底 し た 没分暁漢 に なれ なく なる から 。
 8それ は とにかく 、 自分 は 今 の ところ で は 田舎 より も 都会 に 生活 する 事 を 希望 し 、 それ を 実行 し て いる 。
 9田舎 の 生活 を 避け たい 第一 の 理由 は 、 田舎 の 人 の あまり に 親切 な 事 で ある 。
 10人 の する 事 を 冷淡 に 見放し て おい て くれ ない 事 で ある 。
 11たとえば 雨 の ふる 日 に 傘 を ささ ない で 往来 を 歩き たい と 思っ た としても 、 なかなか そう は さ せ て くれ ない 。
 12鼻 の 先 に 止まっ た 蚊 を そっと し て おき たい と 思っ て も 、 それ は 一通り の 申し訳 で は 許さ れ ない 。
 13親切 で ある ため に 人 の 一挙一動 は 断えず 注意深い 目 で 四方 から 監視 さ れ て いる 。
 14たとえば 何 月 何 日 の 何 時 ごろ に 、 私 が すすけ た 麦藁帽 を かぶっ て 、 某 の 橋 を 渡っ た という よう な 事実 が 、 私 の 知ら ない 人 の 口 から 次第に 伝わっ て 、 おしまい に は それ が 私 の 耳 に も はいる の で ある 。
 15個人 の 一挙一動 は 寒天 の よう な 濃厚 な 媒質 を 透し て 伝播 する の で ある 。
 16反応 を 要求 し ない 親切 ならば 受け て も それ ほど 恐ろしく ない が 、 田舎 の 人 の 質樸さ と 正直さ は その よう な 投げやり な 事 は 許容 し ない 。
 17それで これら の 人々 から 受け た 親切 は 一々 明細 に 記録 し て おい て 、 気長 に そして なしくずし に これ を 償却 し なけれ ば なら ない の で ある 。
 18そこ へ 行く と さすが に 都会 の 人 の 冷淡さ と 薄情さ は サッパリ し て い て 気持ち が いい 。
 19大雨 の 中 を 頭 から ぬれひたっ て 銀座通り を 歩い て い て も だれ も とがめる 人 も なけれ ば 、 よけい な 心配 を する 人 も ない 。
 20万一 受け た 親切 の 償却 も 簡易 な 方法 で 行なわ れる 。
 21それ だ から 一見 閑静 な 田舎 に 住まっ て い て は 、 とても 一生懸命 な 自分 の 仕事 に 没頭 し て いる わけ に は いか ない 。
 22それ に は 都会 の 「 人間 の 砂漠 」 の 中 が いちばん 都合 が いい 。
 23田舎 で は 草 も 木 も 石 も 人間くさい 呼吸 を し て 四方 から 私 に 話しかけ 私 に 取りすがる が 、 都会 で は ぎっしり 詰まっ た 満員電車 の 乗客 で も 川原 の 石ころ どうし の よう に 黙っ て めいめい が 自分 の 事 を 考え て いる 。
 24その おかげ で 私 は 電車 の 中 で 難解 の 書物 を ゆっくり 落ち付い て 読みふける 事 が できる 。
 25宅 に いれ ば 子供 や 老人 という 代表的田舎者 が いる ので 困る が 、 電車 の 中 ばかり は 全く 閑静 で ある 。
 26この よう な 静かさ は 到底 田舎 で は 得 られ ない 静かさ で ある 。
 27静か 過ぎ て あまり に さびしい くらい で ある 。
 28これ で 都会 に 入り込ん で いる 「 田舎 の 人 」 が い なけれ ば どんな に 静か な 事 で あろ う 。
 29
 30今 では どう だ か 知ら ない が 、 私 の 国 で は 村 の 豪家 など で 男子 が 生まれる と 、 その 次 の 正月 は 村じゅう の 若い 者 が 寄っ て 、 四 畳 敷き 六 畳 敷き の 大きな 凧 を こしらえ て その 家 に かつぎ込む 。
 31そして それ に 紅白 、 あるいは 紺 と 白 と 継ぎ分け た 紙 の 尾 を 幾 条 も つけ て 、 西北 の 季節風 に 飛揚 さ せる 。
 32刈り株 ばかり の 冬 田 の 中 を 紅もめん や うこんもめん で 頬かぶり を し た 若い衆 が 酒 の 勢い で 縦横 に 駆け回る の は なかなか 威勢 が いい 、
 33近辺 の スパルタ人種 の 子供ら は めいめい に 小さな 凧 を 揚げ て それ を 大凧 の 尾 に からみつか せ 、 その 断片 を 掠奪 し よう と 争う の で ある 。
 34大凧 が 充分 に 風 を はらん で 揚がる 時 は 若者 の 二人 や 三 人 は 引きずら れる くらい の 強い 牽引力 を もっ て いる 。
 35凧揚げ の あと は 酒宴 で ある 。
 36それ は ほんとう に バッカス の 酒宴 で 、 酒 は 泉 と あふれ 、 肉 は 林 と うずたかく 、 その 間 を パン の 群れ が ニンフ の 群れ を 追い回す の で ある 。
 37豪家 に 生まれ た 子供 が 女 で あっ た ため に 、 ひどく 失望 し た 若い 者ら は 、 大きな 羽子板 へ 凧 の よう に 糸目 を つけ て かつぎ込ん だ など という 話 さえ ある 。
 38子供 の 初節句 、 結婚 の 披露 、 還暦 の 祝い 、 そういう 機会 は すべて 村 の バッカス に ささげ られる 。
 39そう し なけれ ば その 土地 に は 住ん で い られ ない の で ある 。
 40そういう 家 に 不幸 の あっ た 時 に は 村じゅう の 人 が 寄り集まっ て 万端 の 世話 を する 。
 41世話人 が あまり おおぜい で ある ため に 事務 は かえって 渋滞 する 場合 も ある 。
 42そして 最後 に は やはり 酒 が 出 なけれ ば 収まら ない 。
 43ある 豪家 の 老人 が 死ん だ 葬式 の 晩 に 、 ある 男 は 十二分 の 酒 を 飲ん で 帰る 途中 の 田んぼ道 で 、 連れ の 男 の 首玉 に かじりつい て 、 今夜 ぐらい 愉快 に 飲ん だ 事 は 近来 に ない という 事 を なん べん も なん べん も 繰り返し ながら よろけ歩い て い た 。
 44これ など は 最も 徹底的 な 一 例 で あろ う 。
 45危篤 な 病人 の 枕もと へ は おおぜい の 見舞い人 が 詰めかける 。
 46病人 の 頭 の 上 へ 逆さま に 汗臭い 油ぎっ た 顔 を さし出し て 、 むつかしい 挨拶 を し むつかしい 質問 を しかける 。
 47いっそう 親切 な の に なる と 瀕死 の 人 に いやがらせ を 言う 。
 48そうして 病人 は 臨終 の 間ぎわ まで 隣人 の 親切 を 身 に しみる まで 味わわ さ れる の で ある 。
 49
 50田舎 の 自然 は たしか に 美しい 。
 51空 の 色 で も 木の葉 の 色 で も 、 都会 で 見る の と は まるで ちがっ て いる 。
 52そういう 美しさ も 慣れる と 美しさ を 感じ なく なる だろう と いう 人 も ある が 、 そう と は 限ら ない 。
 53自然 の 美 の 奥行き は そう 見すかさ れ やすい もの で は ない 。
 54長く 見 て いれ ば いる ほど いくら で も 新しい 美しさ を 発見 する 事 が できる はず の もの で ある 。
 55でき なけれ ば それ は 目 が 弱い から で あろ う 。
 56一 年 や 二 年 で 見 飽きる よう な もの で あっ たら 、 自然 に関する 芸術 や 科学 は 数千 年 前 に 完結 し て しまっ て いる はず で ある 。
 57六 つ に なる 親類 の 子供 が 去年 の 暮れ から 東京 へ 来 て いる 。
 58これ に 東京 と 国 と どっち が いい か と 聞い て み たら 、 おくに の ほう が いい と 言っ た 。
 59どうして か と 聞く と 「 お国 の 川 に は えび が いる から 」 と 答え た 。
 60この 子供 の えび と 言っ た の は 必ずしも 動物学上 の えび の 事 で は ない 。
 61えび の いる 清洌 な 小川 の 流れ 、 それ に 緑 の 影 を ひたす 森 や 山 、 河畔 に 咲き乱れる 草 の 花 、 そういう よう な もの 全体 を 引っくるめ た 田舎 の 自然 を 象徴 する えび で なけれ ば なら ない 。
 62東京 で さかな屋 から 川えび を 買っ て 来 て この 子供 に やっ て みれ ば この 事 は 容易 に 証明 さ れる だろう 。
 63私 自身 も この えび の 事 を 考える と 、 田舎 が 恋しく なる 。
 64しかし それ は 現在 の 田舎 で は なくて 、 過去 の 思い出 の 中 に ある 田舎 で ある 。
 65えび は 今 で も いる が 「 子供 の 私 」 は もう そこ に は い ない から で ある 。
 66しかし この 「 子供 の 私 」 は 今 で も 「 おとな の 私 」 の 中 の どこ か に 隠れ て いる 。
 67そして 意外 な 時 に 出 て 来 て 外界 を のぞく 事 が ある 。
 68たとえば 郊外 を 歩い て い て 道ばた の 名 も ない 草 の 花 を 見る 時 や 、 あるいは 遠く の 杉 の 木 の こずえ の 神秘的 な 色彩 を 見 て いる 時 に 、 わずか の 瞬間 だけ で は ある が 、 この えび の 幻影 を 認める 事 が できる 。
 69それ が 消え た あと に 残る もの は 淡い 「 時 の 悲しみ 」 で ある 。
 70自然 くらい 人間 に 親切 な もの は ない 。
 71そして その 親切さ は 田舎 の 人 の 親切さ と は 全く 種類 の ちがっ た もの で ある 。
 72都会 に は この 自然 が 欠乏 し て い て その かわり に 田舎 の 「 人 」 が 入り込ん で いる の で ある 。
 73
 74盆踊り という もの は このごろ もう なくなっ た の か 、 それとも 警察 の 監視 の もと に ある 形式 で 保存 さ れ て いる 所 も ある かどうだか 私 は 知ら ない 。
 75私 が 前後 に ただ 一 度 盆踊り を 見 た の は 今 から 二十 年 ほど 前 に 南海 の ある 漁村 で の 事 で あっ た 。
 76肺結核 で そこ に 転地 し て いる ある 人 を 見舞い に 行っ て 一 晩 泊まっ た 時 が ちょうど 旧暦 の 盆 の 幾 日 か で あっ た 。
 77蒸し暑い 、 蚊 の 多い 、 そして どことなく 魚臭い 夕靄 の 上 を 眠い よう な 月 が 照らし て い た 。
 78貴船神社 の 森影 の 広場 に ほんの 五六 人 の 影 が 踊っ て い た 。
 79どういう 人たち で あっ た か それ は もう 覚え て い ない 。
 80私 に は ただ なんとなく それ が おとぎ話 に ある よう な さびしい 山中 の 妖精 の 舞踊 を 思い出さ せ た 。
 81そして その 時 なぜ だ か 感傷的 な 気分 を 誘わ れ た 。
 82その 時 見舞っ た 病人 は それ から まもなく なくなっ た の で ある 。
 83私 は 今 で も 盆踊り と いう と その 夜 を 思い出す が 、 不思議 な 錯覚 から 、 その 時 踊っ て い た 妖精 の よう な 人影 の 中 に 、 死ん だ その 人 の 影 が いっしょ に 踊っ て い た の だ という よう な 気 が し て しかたがない 。
 84そして 思う 。
 85西洋くさい 文明 が 田舎 の すみずみ まで 広がっ て 行っ て も 、 盆 の 月夜 に は 、 どこ か の 山影 の よう な 所 で 、 昔 から の 大和民族 の 影 が 昔 の 踊り を 踊っ て いる の で は ある まい か と 。
 86盆踊り という 言葉 に は イディルリック な そして センシュアス な 余韻 が ある 。
 87しかし それ は どう し て も 現代 の もの で は ない 。
 88その 余韻 の 源 に さかのぼっ て 行く と 徳川時代 など を 突き抜け て 遠い 遠い 古事記 など の 時代 に 到着 する 。
 89盆踊り の まだ 行なわ れ て いる 所 が あれ ば そこ に は どこ か に 奈良朝 以前 の 民族 の 血 が 若い 人たち の からだ に 流れ て いる よう な 気 が し て しかたがない 。
 90そうして それ が 今 滅亡 に 瀕し て いる よう な 悲しみ を 感ずる 。
 91
 92夏 の 盛り に 虫送り という 行事 が 行なわ れる 。
 93大きな 太鼓 や 鐘 が あぜ道 に すえ られ て 赤裸 の 人形 が 力 に 任せ て それ を たたく 。
 94音 が 四方 の 山 から 反響 し 、 家 の 戸障子 に はげしい 衝動 を 与える 。
 95空 に は 火炎 の よう な 雲の峰 が 輝い て いる 。
 96朱 を 注い だ よう な 裸 の 皮膚 に は 汗 が 水銀 の よう に 光っ て いる 。
 97すべて が ブランギン の 油絵 を 思い出さ せる 。
 98虫送り の 太鼓 や 鐘 の 音 を 表す 楽譜 の 図
 99耳 を 聾する よう な 音 と 、 眼 を 眩する よう な 光 の 強さ は その 中 に かえって 澄み通っ た 静寂 を 醸成 する 。
 100ただ それ は もの の 空虚 な ため の 静かさ で なくて 、 もの の 充実 し きっ た 時 の 不思議 な 静かさ で ある 。
 101はげしい 音波 の 衝動 の ため に 、 害虫 が はたして ふるい落とさ れる か 、 落とさ れ た 虫 が それきり に なる かどうか 、 たしか な 事 は だれ も おそらく 知ら なかっ た 。
 102しかし こんな 事 は どうでもいい よう な 気 が する 。
 103あれ は ある 無名 の 宗教 の 荘重 な 儀式 と 考える べき もの で ある 。
 104私 は ここ に 一 つ の 案 を もっ て いる 。
 105それ は たとえば 東京 の 日比谷公園 に ある 日 を 期し て 市民 を 集合 さ せる 。
 106そして 田舎 で 不用 に なっ て いる 虫送り の 鐘 太鼓 を 借り集め て 来 て だれ でも に それ を たたか せる 。
 107社会 に対し 、 政府 に対し 、 同胞 に対し また 家族 に対して あらゆる 種類 の 不平 不満 を いだい て いる 人 は 、 この 原始的楽器 を 原始的 の 努力 を もっ て たたきつける の で ある 。
 108もう 少し 社会 が 進歩 する と 私 の この 案 を 笑う 人 が なくなる かもしれない よう な 気 が する 。
 109
 110郷里 から あまり 遠く ない A村 に 木の丸神社 という の が ある 。
 111これ は 斉明天皇 を 祭っ た もの だ と 言わ れ て いる 。
 112天皇 が 崩御 に なっ た 九州 の ある 地方 の 名 が すなわち この 村 の 名 に なっ て いる 。
 113どういう わけ で この 南海 の 片すみ の 土地 が この 天皇 と 結びつけ られる よう に なっ た の か 私 は 知ら ない 。
 114たしか な 事 は おそらく だれ に も わかる まい 。
 115それ にもかかわらず こういう 口碑 は 人 の 心 を 三韓征伐 の 昔 に 誘う 。
 116そして 現代 の 事相 に 古い 民俗的 の 背景 を 与える 。
 117この 神社 の 祭礼 の 儀式 が 珍しい もの で あっ た 。
 118子供 の 時分 に 一二 度 見 た だけ だ から 、 もう 大部分 は 忘れ て しまっ た が 、 夢 の よう な 記憶 の 中 を 捜す と こんな 事 が 出 て 来る 。
 119やはり 農家 の 暇 な 時季 を 選ん だ もの だろう 。
 120儀式 は 刈り株 の 残っ た 冬田 の 上 で 行なわ れ た 。
 121そこ に 神輿 が 渡御 に なる 。
 122それ に 従う 村じゅう の 家々 の 代表者 は みんな 裃 を 着 て 、 傘 ほど に 大きな 菅笠 の よう な もの を かぶっ て い た 。
 123そして 左 の 手 に 小さな 鉦 を さげ て 右 の 手 に 持っ た 木づち で それ を たたく 。
 124単調 な 声 で ゆるやか な 拍子 で 「 ナーンモーンデー 」 と 唱える と 鉦 の 音 が これ を 請け て 「 カーンコ 、 カンコ 」 と 響く の で ある 。
 125どういう 意味 だ か わから ない 。
 126ある 人 は 「 南門殿 還幸 」 を 意味する と 言っ て い た が それ は あまり 当て に は なら ない 。
 127私 は むしろ 意味 の わから ない ほう が いい よう な 気 が し て い た 。
 128神輿 の 前 で 相撲 が ある 。
 129しかし それ は 相撲 を とる の で は なくて 、 相撲 を 取ら ない の で ある 。
 130美々しい 回し を つけ た 力士 が 堂々 と し て にらみ 合っ て いざ 組も う と する と 、 衛士 だか 行司 だか が 飛び出し て 来 て 引き分け 引き止める 。
 131そういう 事 が なん べん となく 繰り返さ れる 。
 132そして 結局 相撲 は 取ら ない で おしまい に なる の で ある 。
 133どういう 由緒 から 起こっ た 行事 だ か 私 は 知ら ない 。
 134それ にもかかわらず それ を 見る 人 の 心 は 遠い 昔 に 起こっ た ある 何 かしら かなり 深刻 な 事件 の かすか な 反響 の よう な もの を 感ずる 。
 135その ほか 「 棒使い 」 と 言っ て 、 神前 で 紅白 の 布 を 巻い た 棒 を 振り回す 儀式 も あっ た が 、 詳しい 事 は もう よく は 覚え て い ない 。
 136文明 の 波 が 潮 の よう に 片田舎 に も 押し寄せ て 来 て 、 固有 の 文化 の なごり は たいてい 流し て しまっ た 。
 137「 ナーンモーンデー 」 の 儀式 も いつ の ま に か 廃止 さ れ た 。
 138学校 へ 行っ て 文明 を 教わっ て いる 村 の 青年たち に は 、 裃 を つけ て 菅笠 を かむっ て 、 無意味 な よう な 「 ナーンモーンデー 」 を 唱える 事 は 、 堪え 難い 屈辱 で あり 、 自己 を 野蛮化 する 所行 の よう に 思わ れ た の で ある 。
 139これ は 無理 の ない 事 で ある 。
 140簡単 な 言葉 と 理屈 で 手早く だれ に も わかる よう に 説明 の できる 事 ばかり が 、 文明 の 陳列棚 の 上 に 美々しく 並べ られ た 。
 141そう で ない もの は 塵塚 に 捨て られ 、 存在 を さえ 否定 さ れ た 。
 142それ と共に 無意味 の 中 に 潜ん だ 重大 な 意味 の 可能性 は 葬ら れ て しまう の で ある 。
 143幾千 年 来 伝わっ た 民族固有 の 文化 の 中 から 常に 新しい もの を 取り出し て 、 新しく それ を 展開 さ せる 人 は どこ に も なかっ た 。
 144「 改造 」 という 叫び声 は 、 内 に ある もの の エヴォリューション で は なくて 、 木 に 竹 を つぐ よう な 意味 に のみ もてはやさ れ た 。
 145それで あの 親切 な 情誼 の 厚い 田舎 の 人たち は 切っ て も 切れ ぬ 祖先 の 魂 と 影 と を 弊履 の ごとく 捨て て しまっ た 。
 146そうして 自分 と は 縁 の ない 遠い 異国 の 歴史 と 背景 が 産み出し た 新思想 を 輸入 し て いる 。
 147伝来 の 家 や 田畑 を 売り払っ て 株式 に 手 を 出す と 同じ 行き方 で ある 。
 148新思想 の 本元 の 西洋 へ 行っ て 見る と 、 かえって 日本人 の 目 に ばかばかしく 見える よう な 大昔 の 習俗 や 行事 が その まま に 行なわ れ て いる の は むしろ 不思議 で ある 。
 149これ は どちら が いい か 、 議論 を する と わから なく なる に きまっ て いる 。
 150ただ このごろ の 新聞紙上 を にぎわす よう な いろいろ の 不祥 な 社会的現象 は 、 それ が 大本教事件 で も 宝塚事件 で も 、 すべて が 直接 これら の 事件 と は なん の 関係 も ない 南海 の 村落 で この 「 ナンモンデー 」 の 廃止 さ れ た 事 と どこ か で 連関 し て い て 、 むしろ それ の 当然 の 帰結 で ある よう な 気 が する 。
 151そうした 田舎 の 塵塚 に 朽ち かかっ て いる 祖先 の 遺物 の 中 から 新しい 生命 の 種子 を 拾い出す 事 が 、 為政者 や 思想家 の 当面 の 仕事 で は ある まい か という 気 も する 。