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aozora_Togawa-1937-3のコンテキスト表示

title Houmuraretaru Himitsu (A Dead Secret)
author Koizumi, Yakumo (translator: Togawa, Meizo)
date 1904
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/000258/card42926.html)
genre fiction
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1葬られたる秘密
 2小泉八雲
 3むかし 丹波の国 に 稻村屋源助 という 金持ち の 商人 が 住ん で い た 。
 4この 人 に お園 という 一人 の 娘 が あっ た 。
 5お園 は 非常 に 怜悧 で 、 また 美人 で あっ た ので 、 源助 は 田舎 の 先生 の 教育 だけ で 育てる 事 を 遺憾 に 思い 、 信用 の ある 従者 を つけ て 娘 を 京都 に やり 、 都 の 婦人達 の 受ける 上品 な 芸事 を 修業 さ せる よう に し た 。
 6こうして 教育 を 受け て 後 、 お園 は 父 の 一族 の 知人 ―― ながらや と云う 商人 に 嫁(かたづ)けら れ 、 ほとんど 四 年 の 間 その 男 と 楽しく 暮し た 。
 7二人 の 仲 に は 一人 の 子 ―― 男の子 が あっ た 。
 8しかるに お園 は 結婚後 四 年目 に 病気 に なり 死ん で しまっ た 。
 9その 葬式 の あっ た 晩 に お園 の 小さい 息子 は 、 お母さん が 帰っ て 来 て 、 二 階 の お部屋 に 居 た よ と 云っ た 。
 10お園 は 子供 を 見 て 微笑ん だ が 、 口 を 利き は し なかっ た 。 それで 子供 は 恐わく なっ て 逃げ て 来 た と 云う の で あっ た 。
 11そこで 、 一家 の 内 の 誰れ彼れ が 、 お園 の であっ た 二 階 の 部屋 に 行っ て みる と 、 驚い た こと に は 、 その 部屋 に ある 位牌 の 前 に 点(とも)さ れ た 小さい 灯明 の 光り で 、 死ん だ 母 なる 人 の 姿 が 見え た の で ある 。
 12お園 は 箪笥 すなわち 抽斗 に なっ て いる 箱 の 前 に 立っ て いる らしく 、 その 箪笥 に は まだ お園 の 飾り道具 や 衣類 が 入っ て い た の で ある 。
 13お園 の 頭 と 肩 と は ごく 瞭然 ( はっきり ) 見え た が 、 腰 から 下 は 姿 が だんだん 薄く なっ て 見え なく なっ て いる
 14―― あたかも それ が 本人 の 、 はっきり し ない 反影 の よう に 、 また 、 水面 における 影 の 如く 透き通っ て い た 。
 15それで 人々 は 、 恐れ を 抱き 部屋 を 出 て しまい 、 下 で 一同 集っ て 相談 を し た ところ 、 お園 の 夫 の 母 の 云う に は 『 女 という もの は 、 自分 の 小間物 が 好き な もの だ が 、 お園 も 自分 の もの に 執著 し て い た 。
 16たぶん 、 それ を 見 に 戻っ た の であろう 。
 17死人 で そんな 事 を する もの も ずいぶん あり ます
 18―― その 品物 が 檀寺 に やら れ ずに いる と 。
 19お園 の 著物 や 帯 も お寺 へ 納めれ ば 、 たぶん 魂 も 安心 する であろう 』
 20で 、 出来る限り 早く 、 この 事 を 果す という 事 に 極め られ 、 翌朝 、 抽斗 を 空(から) に し 、 お園 の 飾り道具 や 衣裳 は みな 寺 に 運ば れ た 。
 21しかし お園 は つぎ の 夜 も 帰っ て 来 て 、 前 の 通り 箪笥 を 見 て い た 。
 22それから その つぎ の 晩 も 、 つぎ の つぎ の 晩 も 、 毎晩 帰っ て 来 た
 23―― ために この 家 は 恐怖 の 家 と なっ た 。
 24お園 の 夫 の 母 は そこで 檀寺 に 行き 、 住職 に 事 の 一伍一什 を 話し 、 幽霊 の 件 について 相談 を 求め た 。
 25その 寺 は 禅寺 で あっ て 、 住職 は 学識 の ある 老人 で 、 大玄和尚 として 知ら れ て い た 人 で あっ た 。
 26和尚 の 言う に 『 それ は その 箪笥 の 内 か 、 または その 近く に 、 何 か 女 の 気 に かかる もの が ある に 相違ない 』
 27老婦人 は 答え た
 28―― 『 それでも 私共 は 抽斗 を 空(から) に いたし まし た ので 、 箪笥 に は もう 何 も 御座い ませ ん の です 』
 29―― 大玄和尚 は 言っ た
 30『 宜しい 、
 31では 、 今夜 拙僧 ( わたし ) が 御宅 へ 上り 、 その 部屋 で 番 を いたし 、 どう し たら いい か 考え て みる で御座ろう 。
 32どうか 、 拙僧 が 呼ばる 時 の 外 は 、 誰れ も 番 を 致し て おる 部屋 に 、 入ら ぬ よう 命じ て おい て いただき たい 』
 33日没後 、 大玄和尚 は その 家 へ 行く と 、 部屋 は 自分 の ため に 用意 が 出来 て い た 。
 34和尚 は 御経 を 読み ながら 、 そこ に ただ 独り 坐っ て い た 。
 35が 、 子の刻 過ぎ まで は 、 何 も 顕れ て は 来 なかっ た 。
 36しかし 、 その 刻限 が 過ぎる と 、 お園 の 姿 が 不意 に 箪笥 の 前 に 、 いつとなく 輪廓 を 顕し た 。
 37その 顔 は 何 か 気 に なる と云った 様子 で 、 両眼 を じっと 箪笥 に 据え て い た 。
 38和尚 は かかる 場合 に 誦する よう に 定め られ て ある 経文 を 口 に し て 、 さて その 姿 に向って 、 お園 の 戒名 を 呼ん で 話しかけ た
 39『 拙僧 ( わたし ) は 貴女 ( あなた ) の お助け を する ため に 、 ここ に 来 た もの で 御座る 。
 40定めし その 箪笥 の 中 に は 、 貴女 の 心配 に なる の も 無理 の ない 何 か が ある の であろう 。
 41貴女 の ため に 私 が それ を 探し出し て 差し上げ よう か 』
 42影 は 少し 頭 を 動かし て 、 承諾 し た らしい 様子 を し た 。
 43そこで 和尚 は 起ち上り 、 一番 上 の 抽斗 を 開け て み た 。
 44が 、 それ は 空 で あっ た 。
 45つづい て 和尚 は 、 第二 、 第三 、 第四 の 抽斗 を 開け た
 46―― 抽斗 の 背後(うしろ) や 下 を 気 を つけ て 探し た
 47―― 箱 の 内部 を 気 を つけ て 調べ て み た 。
 48が 何 も ない 。
 49しかし お園 の 姿 は 前 と 同じ よう に 、 気 に かかる と云った よう に じっと 見つめ て い た 。
 50『 どう し て もらい たい と 云う の かしら ? 』 と 和尚 は 考え た 。
 51が 、 突然 こういう 事 に 気がつい た 。
 52抽斗 の 中 を 張っ て ある 紙 の 下 に 何 か 隠し て ある の かもしれない 。
 53と 、 そこで 一 番目 の 抽斗 の 貼り紙 を はがし た が ―― 何 も ない !
 54第二 、 第三 の 抽斗 の 貼り紙 を はがし た が ―― それでも まだ 何 も ない 。
 55しかるに 一番 下 の 抽斗 の 貼り紙 の 下 に 何 か 見つかっ た
 56―― 一 通 の 手紙 で ある 。
 57『 貴女 の 心 を 悩まし て い た もの は これ かな ? 』 と 和尚 は 訊ね た 。
 58女 の 影 は 和尚 の 方 に 向っ た
 59―― その 力 の ない 凝視 は 手紙 の 上 に 据え られ て い た 。
 60『 拙僧 が それ を 焼き棄て て 進ぜ よう か ? 』 と 和尚 は 訊ね た 。
 61お園 の 姿 は 和尚 の 前 に 頭 を 下げ た 。
 62『 今朝 すぐ に 寺 で 焼き棄て 、 私 の 外 、 誰れ に も それ を 読ま せ まい 』 と 和尚 は 約束 し た 。
 63姿 は 微笑 し て 消え て しまっ た 。
 64和尚 が 梯子段 を 降り て 来 た 時 、 夜 は 明け かけ て おり 、 一家 の 人々 は 心配 し て 下 で 待っ て い た 。
 65『 御心配 なさる な 、 もう 二 度 と 影 は 顕れ ぬ から 』 と 和尚 は 一同 に向って 云っ た 。
 66果して お園 の 影 は 遂に 顕れ なかっ た 。
 67手紙 は 焼き棄て られ た 。
 68それ は お園 が 京都 で 修業 し て い た 時 に 貰っ た 艶書 で あっ た 。
 69しかし その 内 に 書い て あっ た 事 を 知っ て いる もの は 和尚 ばかり で あっ て 、 秘密 は 和尚 と共に 葬ら れ て しまっ た 。