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aozora_Watanabe-1928-7のコンテキスト表示

title Heishi to Joyu
author Watanabe, On
date 1928
source Aozora Bunko (https://www.aozora.gr.jp/cards/000020/card44722.html)
genre fiction
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1オン・ワタナベ ( 渡辺温 )
 2オング君 は 戦争 から 帰っ て 、 久し振り で 街 を 歩き まし た 。
 3軒並 の ハイカラ な 飾窓 の 硝子 に 、 日やけ し て 鳶色 に 光っ て いる 顔 を うつし て み まし た 。
 4高価 な ネクタイ だの チェッコスロバキヤ の 硝子細工 だの を 売る 店 の 様子 は 戦争 に 行く 前 と ちっとも 変っ て い ませ ん でし た 。
 5「 ちょいと 、 ちょいと ってば ! 」
 6顔 に 黄色い 粉 を はたきつけ た 派手 な 様子 の 娘 が 、 オング君 を うしろ から 呼びとめ まし た 。
 7「 おや 、 ハルちゃん じゃ ない か 。
 8これ は よい ところ で ! 」
 9オング君 は 嬉しく なっ て 、 そう 云い まし た 。
 10「 どう し た の ? 」 と 娘 は 訊き まし た 。
 11「 どう し た の って 」
 12―― オング君 は そこで 娘 の 身なり を よく 見 まし た 。
 13「 君 、 いま 、 ホノルル・カフェ に は い ない の かい ?
 14僕 の 手紙 見 て くれ なかっ た の かい ? 」
 15「 うん 、 見 た 。 けれど 、 ホノルル は 夙 の 昔 に 辞職 し ちゃっ た 。 知ら ない の かい ? 」 と 娘 は 云う の です 。
 16「 知る もん かさ 」
 17「 いや だ なあ 、
 18ほら 、 そこ の エハガキ屋 を ごらん なさい 。
 19あたし の 写真 が 一っぱい 飾っ て ある ぜ 」
 20「 なんだ 。
 21キネマ の 女優 に なっ た の か 」
 22「 うん 。
 23知ら ない なんて 、
 24じゃ 、 やっぱり 戦争 に 行っ て た の は 本当 だっ た の ね 」
 25娘 は 大袈裟 に 首 を ふっ て 、 感心 し た よう な 溜息 を 吐き まし た 。
 26「 本当 とも 。
 27だから 、 戦地 で 態々 写真 まで 撮し て 送っ て やっ た じゃ ない か 。
 28それに 、 こんな に 真黒 に なっ ちゃっ た 」
 29オング君 は 、 まとも に 娘 の 鼻さき へ 顔 を つきつけ ながら 、 そう 云っ て 笑い まし た 。
 30オング君 と 娘 と は 、 それから 何 とか云う 喫茶店 で コーヒー を 飲ん で 腰 を 据え まし た 。
 31「 活動女優 って 面白い かい ? 」 と オング君 は きき まし た 。
 32「 だめ さ 。 お金 が ない ん だ もの 」 と 娘 は 答え まし た 。
 33「 だって 、 なかなか 豪勢 な きもの 着 てる じゃ ない か 」
 34「 盗ん だ も 同然 だ よ 。
 35毎日 いろんな 奴 を 欺し て ばかり いる ん だ から ね 。
 36いい きもの を 着 て ない 女優 なんて あり っこない の 」
 37「 なぜ 、 スター に 月給 どっさり 出さ ない の かね 。
 38まさか 、 みんな そう云う わけ で も ない だろう ? 」
 39「 お金 なんか 沢山 出さ なく たって 、 女優 は めいめい で 稼ぐ から いい と 、 会社 じゃ そう 思っ て いる ん だ もの 、
 40お話 に なら ない 」
 41「 馬鹿 だ なあ 」
 42「 役者 が 、 馬鹿 な の よ 」
 43「 じゃあ 、 なんだって 、 そんな 馬鹿 な もの に なっ た ん だい ? 」
 44「 それ ぁ 、 仕方 が ない わ 。
 45それじゃ 、 あんた は 、 また 何だって 戦 に なんか 行っ た の ? 」
 46「 おとなり の マメリューク・スルタン の 国 で パルチザン共 が ストライキ を 起こし て 暴れる ので 鎮め に 行っ た の さ 」
 47「 よけい な こと じゃ なくっ て ? 」
 48「 そんな こと 云う と 叱ら れる よ 。
 49パルチザン は 山賊 も 同然 だ から 、 もし あんまり 増長 し て その ストライキ が 蔓延 でも し よう ものなら 、 あの 近所 に は セシル・ロード だの 山上権左衛門 なんて 世界中 の 金満家 の 会社 や 山 など が ある し 、 飛んだ 迷惑 を 受け ない と も 限ら ぬ と 云う ので 、 征伐 する 必要 が あっ た ん だ 」
 50「 金満家 が 迷惑 すれ ば 、 あんた方 まで 戦 に 行か なけれ ば なら ない の ? 」
 51「 知ら ない よ 。
 52大将 か 提督 か に 聞い て おくれ 」
 53オング君 が 、 そう 鰾膠もなく 云っ て 、 お菓子 を 喰べ て コーヒー を 飲む の を 、 娘 は 少し ばかり 慍っ た よう な 顔 で 眺め て い まし た が 、 やがて 、 ふと 思いつい た よう に 、 反りかえっ た 鼻 の さき に 皺 を 寄せ て 薄笑い を 浮かべ まし た 。
 54「 あんた グレンブルク 原作 と 称する 『 時は過ぎ行く 』 見 た ?
 55カラコラム映画
 56―― そんな の ある かな 」
 57「 いや 、 兵隊 は 活動写真 なぞ 見 て いる 暇 は ない 。
 58それ が 、 どう か し た の かい ? 」
 59「 ううん 、 ただ その 活動 は ね 、 お客 へ向って 戦争 へ 行け行け って 、 やたら に 進軍ラッパ を 吹い たり 太鼓 鳴らし たり し て いる の 。
 60そして ね 、 戦場 って もの は 、 みんな が 考え てる よう な 悲惨 な 苦しい もの で は なく て 、 案外 平和 で 楽 で しかも 時々 は 小唄まじり の ローマンス だって ある と云う こと を 説明 し て いる の 」
 61「 はて ね ? 」
 62「 それで ね 、 その 癖 、 何 の ため に 戦争 を する ん だ か 、 正義 の ため に と は 云う ん だ けど 、 何 が 正義 な ん だ か ちっとも 判ら ない し 、 第一 敵 が 何処 の 国 やら 皆目 見当 が つか ない ん だ から 嫌 に なっ ちゃう ん だ よ 」
 63「 そいつ は 、 愉快 だ ね 。
 64僕 だって 、 今度 の 戦争 ならば 全く そう に 違いない と 思っ た ぜ 」
 65「 そう 。
 66そう云えば 、 あんた から 送っ て 来 た 戦地 の スナップショット 、 どれ も これ も 、 とても お天気 が いい ね 。
 67それに 塹壕 の 中 に は 柔か そう な 草 が 生え て いる し 、 原っぱ は まるで 芝生 の よう に 平か だ し 、 砲煙弾雨 だって 全く 芝焼 位 しか ない し 、 あたい 兵隊 が 敵 に 鉄砲 向け て いる ところ 、 ちょっと 見 たら 、 中学生 の 昼寝 じゃ ない か と 思っ た わ 」
 68「 敵 の 軍勢 が い ない ん だ よ 」
 69「 敵 が い ない 戦争 なんて あっ て ? 」
 70「 本当 は 、 兵隊ども は 自分たち の 敵 を 見つける こと が 出来 ない の だ と も 云える 。
 71もっとも 、 たった 一 度 、 我 軍 の タンク を 草むら の 中 から 覗っ て いる 野砲 が あっ た ので 、 一人 の 勇士 が タンク を 乗り捨て て 手擲弾 で その 野砲 を 退治 し て み た ところが 、 それ も やっぱり 敵 で は なく て 我々 と 同じ よう な ヘルメット を かぶっ た 味方 の 兵士 だっ た 。
 72それで ね 、 大騒ぎ に なっ て 、 いろいろ 調べ て みる と 、 莫迦げ た 話 じゃ ない か 、
 73それ は 何でも トルキスタン あたり の 或る 活動会社 が 金儲け の ため に 仕組ん だ 芝居 だっ た の だ 」
 74「 カラコラム映画会社 に 違いない わ 」
 75「 そう かも知れない 。
 76つまり 、 そうすると 我々 神聖義勇軍 たる もの は 最初 から 、 他人 の ストライキつぶし と 、 そんな 映画会社 の 金儲け の ため に 、 だし に 使わ れ て い た の も 同然 な ん だ 。
 77キャメラ は 始終 草 の 茂っ た 塹壕 の 中 や 、 人 の 逃げ て しまっ た 民家 の 戸口 の 蔭 なぞ に かくれ て 、 我々 の 行動 を 撮影 し て い た らしい 。
 78そして 、 時々 そんな 思い切った 出鱈目 な 芝居 を し て は 『 敵兵の暴虐 』 とか 何 とか タイトル を つけ て 、 しこたま 興行価値 を 上げ よう と たくらん だ ん だ 」
 79「 つまんねえ なあ 」 と 、 そこで 娘 は 口 を 尖らす と 、 紅棒 を 出し て その 唇 を 染め ながら 、 ハンドバッグ の 鏡 を 横目 で 睨み まし た 。
 80「 戦争 が 世界 の 流行 だ から 、 そう云う こと に なる ん だ 」
 81オング君 も 肩 を すぼめ て 見せ まし た 。
 82「 みんな みんな 金 さえ 儲けれ ば いい ん だ よ 。
 83悪い 世の中 じゃ ない か 。
 84…… その 紅 、 何 て ん だい ? 」
 85「 ブルジュワ・ルージュ 。
 86あら 、 洒落 じゃ ない の よ 。
 87本当 に そう 書い て ある ん だ もの ……
 88それで 可哀想 に 、 あんた みたい な 、 お母さん子 まで が 、 そんな に 真黒 に なっ て 、 戦 に 行く なんて 、 堪らない ね 」
 89「 義勇軍 だ から 、 僕 は 自ら 進ん で 行っ た ん だ 。
 90ひどい 迷信 さ 」
 91「 あたい 、 『 ビッグ・パレード 』 だの 『 ウイングス 』 で 随分 教養 の ある 青年達 が 、 ただ 兵士募集 の 触れ太鼓 を 聞い た だけ で 、 理由 も わから ず 暗雲 に 感動 し て 出征 する の を 見 て 、 男 って 野蛮人 だ なあ と 思っ て 呆れかえっ ちゃっ た 」
 92「 それで 大入満員 だ から 困る 。
 93世界中 の 一番 兵隊 に 行き そう な 何百 何千万 と云う 見物 を 煽動 し たり 、 金 を 儲け たり する の は 、 その 大勢 の 見物 を 陥穽 に かけ た 上 、 膏血 を 絞りとる もの で 、 最も 不埒 な 悪徳 と 云う べき だ 」
 94「 活動写真 は 何 より も 容易く て 人気 の ある 見せ物 だ から 、 活動 を 見る 程 の 人 の 大部分 は 一等 戦争 や なん か に 係り が ある わけ だ わ ね 」
 95「 うん 、 だから 、 そう なる と 最早や 、 芸術的価値 なぞ は 問題 で は なく て 、 その 製作者 こそ 本当 に 見物 の 敵 に 他なら なく なる の だ 」
 96「 あたし 、 よく 判ら ない けど 、 とにかく 戦争 だけ を 売物 に する 映画 なんて 、 その 根性 が 考え られ ない わ 、
 97それだのに 、 あと から あと から 、 幾 つ でも 戦争映画 ばかり が 世の中 に 出 て 来る ん だ もの 、
 98そして 、 到頭 、 カラコラム映画 なんか まで が 、 真似 し て 『 時勢は移る 』 とか 何 とか ベカベカ な 偽物 を こしらえる ん だ から 助ら ねえ な 」
 99「 『 時世は移る 』 と云う 自然 の 道理 が 解ら ない の だ よ 。
 100地球 が どんな に 規則正しく 、 決して スピード なんか かけ や し ない けど 、 きつきつ として 廻っ て いる か 、 本当 に 気がつい て い ない の だ ね 」
 101( 一九二八 年 七 月号 )