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aozora_Yosano-1921のコンテキスト表示

title Onnarashisa to wa nani ka
author Yosano, Akiko
date 1921
source Aozora Bunko (http://www.aozora.gr.jp/cards/000885/card3325.html)
genre fiction
subcorpus Aozora Bunko
terms of use Creative Commons license


 1「女らしさ」とは何か
 2与謝野晶子
 3日本人 は 早く 仏教 に由って 「 無常迅速 の 世の中 」 と 教え られ 、 儒教 に由って 「 日 に 新た にして また 日 に 新た なり 」 という こと を 学び ながら 、 それ を 小乗的悲観 の 意味 に ばかり 解釈 し て 来 た ため に 、 「 万法流転 」 が 人生 の 「 常住 の 相 」 で ある という 大乗的楽観 に 立つ こと が 出来 ず 、 現代 に 入っ て 、 舶載 の 学問芸術 の お蔭 で 「 流動進化 」 の 思想 と 触れる に 到っ て も 、 動《やや》もすれば 、 新しい 現代 の 生活 を 呪詛《じゅそ》 し て 、 黴《かび》 の 生え た 因習思想 を 維持 し よう と する 人たち を 見受け ます 。
 4たとえ て いう なら 、 その 人たち は 後ろ ばかり を 見 て いる 人たち で 、 現実 を 正視 する こと に 怠惰《たいだ》 で ある と共に 、 未来 を 透察 する こと に も 臆病 で ある の です 。
 5そういう 人たち は 保守主義者 の 中 に も あれ ば 、 似非《えせ》進歩主義者 の 中 に も ある か と 思い ます 。
 6私 の おりおり 顰蹙《ひんしゅく》 する こと は 、 その 人たち が しばしば 「 女子 の 中性化 」 という よう な 言葉 を 用い て 現代 の 重要問題 の 一 つ で ある 女子解放運動 を 善く ない こと の よう に 論じる こと です 。
 7それ は その 人たち が 女子 の 人間的進化 を 嫌う 偏見 を 先入的 に 持っ て いる と共に 、 人生 を 一 つ の 法則 、 一 つ の 様式 の 中 に 固定 す べき もの と 考える 静態的 な 因習思想 を 維持 する ため に 、 わざわざ 、 人 の 厭《いや》がる 言葉 を 掲げ て 、 一方 に は 女子 を 威嚇《いかく》 し て その 新しい 擡頭《たいとう》 を 抑え よう と し 、 一方 に は 社会 の 聡明 な 判断 を 掻《か》き乱し て 、 女子解放運動 に 同情 を 失わ しめ よう と する 卑劣千万 な 論法 で ある よう に 、 私 に は 感じ られ ます 。
 8私 は それ について 、 少し ばかり 抗議 を 書こ う と 思い ます 。
 9その 人たち の 言う 所 を かいつまん で 述べ ます と 、 女子 が 男子 と 同じ 程度 の 高い 教育 を 受け たり 、 男子 と 同じ 範囲 の 広い 職業 に 就い たり する と 、 女子特有 の 美くしい 性情 で ある 「 女らしさ 」 という もの を 失っ て 、 女 と も 附か ず 、 男 と も 附か ない 中間性 の 変態的 な 人間 が 出来上る から 宜しく ない と いう の です 。
 10私 は 第一 に 問い たい 。
 11その 人たち の いわ れる よう な 結論 は 何 を 前提 に し て 生じる の です か 。
 12一般 の 女子 に 中学程度 の 学校教育 を すら 授け ない で いる 日本 において 、 また 市町村会議員 と なる 資格 さえ 女子 に 許し て い ない 日本 において 、 どうして 、 男子 と 同等 の 教育 とか 職業 とかいう こと が 軽々しく 口 に さ れる の です か 。
 13女子 に対して まだ 何事 も 男子 と 同等 の 自由 を 与え ない で 置い て 、 早く も その 結果 を 否定 する の は 臆断 も 甚だしい で は あり ませ ん か 。
 14それ より も 、 論者 に対して 、 もっと 肉迫 し て 私 の 問い たい こと は 、 女子 が 果して 論者 の いう よう な 最上 の 価値 を 持っ た 「 女らしさ 」 という もの を 特有 し て いる でしょう か 。
 15私 に は それ が 疑問 です 。
 16論者 は 、 「 女らしさ 」 という もの を 、 女子 の 性情 の 第一 位 に 置き 、 その 下 に すべて の 性情 を 隷属 さ せ よう と し て い ます 。
 17女子 に 、 どのような 優れ た 多く の 他 の 性情 が あっ て も 、 唯だ 一 つ の 「 女らしさ 」 を 欠け ば 、 それ が ため に 人間的価値 は 零《ゼロ》 と なり 、 女子 は 独立 し た 人格者 で なく なる という の が 論者 の 意見 らしい の です 。
 18私 は 疑い ます 、
 19「 女らしさ 」 という もの が 果して そんなに 最高最善 の 標準 として 女子 の 人格 を 支配 する もの でしょう か 。
 20そもそも 、 その 「 女らしさ 」 という 物 の 正体 は 何 でしょう 。
 21我 国 で は 女子 が 外輪 に 歩く と 「 女らしく ない 」 と いっ て 批難 さ れ ます 。
 22また 女子 が 活溌 な 遊戯 でも する と 「 女らしく ない 」 と いっ て 笑わ れ ます 。
 23そうすると 、 内輪 に 歩く という こと 、 人形 の よう に 温順《おとな》しく し て いる という こと など が 「 女らしさ 」 の 一 つ の 条件 で ある こと は 確か です 。
 24しかし 日本 で は そう でしょう けれども 、 欧米 の 女子 は 悉《ことごと》く 外輪 で 歩い て い ます 。
 25また 我 国 で も 多く の 女学生 が 唯今 は 靴 を 穿《は》い て 外輪 に 歩き ます 。
 26また 欧米 で は 、 戦後 に 一層 女子 の 体育 が 盛ん に なり 、 女学生 の 帽 や 服装 に 男子 と 同じ もの を 用い て まで 、 活溌 な 運動 に 適する よう に 努力 し て い ます 。
 27そうして 、 それ が ため に 「 女らしさ 」 を 失っ た という 批難 が 欧米 において 起ら ない の を 見る と 、 論者 の 有難がる 「 女らしさ 」 という もの は 、 全人類 に 通用 し ない 、 日本人 だけ の もの で ある よう に 思わ れ ます が どう でしょう か 。
 28論者 は 、 「 男子 の する こと を 女子 が する と 、 女らしさ を 失う 」 と いう の です が 、 人間 の 活動 に 、 男子 の する 事 、 女子 の する 事 という 風 に 、 先天的 に 決定 し て 賦課 さ れ て いる もの が ある でしょう か 。
 29私 は 女子 が 「 妊娠 する 」 という 一事 を 除け ば 、 男女 の 性別 に由って 宿命的 に 課せ られ て いる 分業 という もの を 見出す こと が 出来 ませ ん 。
 30紫式部 の 日記 を 読む と 、 この 稀有《けう》 の 女流文豪 が 儕輩《せいはい》 の 批難 を 怖れ て 、 平生 は 「 一 」 という 文字 すら どうして 書く か 知ら ない よう な 風 を 装い 、 中宮《ちゅうぐう》 の ため に 楽府《がふ》 を 講じる に も 人目 を 避け て そっと 秘密 に 講じ て い ます 。
 31女子 の 学問著述 が 男子 の 領分 を 侵し て いる 事 の よう に 、 その 同性 の 間 において さえ 誤解 さ れ て い て 、 紫式部 が それ を 憚《はばか》っ た の は 、 生意気 だ と し て 憎ま れる から で あっ た の です が 、 しかし これ が ため に 紫式部 を 「 女らしさ 」 を 欠い た 人間 で ある と は 昔 も 今 も 言わ ない よう です 。
 32政治 や 軍事 は 昔 から 男子 の 専任 の よう に 思っ て い ます けれども 、 我 国 の 歴史 を 見 た だけ でも 、 女帝 が あり 、 女子 の 政治家 が あり 、 女兵 が あり 、 幕末 の 勤王婦人 等 が あっ て 、 それ が 「 女子 の 中性化 」 の 実例 として 批難 さ れ て い ない のみ なら ず 、 神功《じんぐう》皇后 は 神 として 奉祀《ほうし》 さ れ 、 その 他 の 女子 も 倫理的 の 価値 を以て 、 それぞれ 国民 の 尊敬 を 受け て い ます 。
 33また 現在 の 世界 に は 、 女子 の 代議士 、 知事 、 市長 、 学者 、 芸術家 、 社会改良家 、 教師 、 評論家 、 新聞雑誌記者 、 飛行家 、 運転手 、 車掌 、 官公吏 、 事務員 等 が あっ て 、 従来 は 男子 の 領域 で ある と さ れ て い た 活動 に 多数 の 女子 が 従事 し て い ます 。
 34殊に 最近 の 世界大戦 に は 、 英国 の 軍需省 附属 の 工場 だけ で も 二百万 の 女子 が 家庭 を 離れ て 、 戦時 の あらゆる 勤務 に 服し 、 戦場 で 用い られ た 弾丸 の 九 分 まで を 女子 の 手 で 製造 する よう な 空前 の 活動 を 示し て 、 平和克復 の 日 に 軍需大臣 が 議会 において 女子 に対する 感謝演説 を 試み た 中 に 、 「 英国 が 勝利 を 得 た 原因 の 半 は 女子 に ある こと を 拒む こと が 出来 ない 」 と 述べ た ほど でし た 。
 35して見ると 、 男子 の する 事 を 女子 も する からといって 、 「 女らしさ 」 を 失う という 批難 は 当ら ない こと に なり ます 。
 36もし 男女 の 性別 に由って 歴史的 に 定まっ た 分業 の 領域 が 永久 に 封鎖 さ れ て いる ものなら 、 男子 が 裁縫師 と なり 、 料理人 と なり 、 洗濯業者 と なり 、 紡績工 と なる こと は 、 女子 の 領域 を 侵す もの として 、 「 男子 の 中性化 」 が 論じ られ なけれ ば なら ない はず です 。
 37「 女 の する 日記 という もの 」 を 書い た 紀貫之《きのつらゆき》 も 、 同じ 理由 から 、 その 「 男らしさ 」 を 失っ た 人間 として 批難 さ れ ね ば なり ませ ん が 、 歌人 として 、 また 国語 を以て 文章 を 書い た 先覚者 として 尊敬 さ れ て いる の は どう し た 訳 でしょう か 。
 38論者 は また 、 「 女らしさ 」 と は 愛 と 、 優雅 と 、 つつましやかさ と を 備え て いる こと を いう の で ある 。
 39その 反対 に 「 女らしく ない 」 という こと は 、 無情 、 冷酷 、 生意気 、 半可通 、 不作法 、 粗野 、 軽佻 等 を 意味する の で ある と いわ れる でしょう 。
 40しかし 愛 と 、 優雅 と 、 つつましやかさ と は 男子 に も 必要 な 性情 で ある と 私 は 思い ます 。
 41それ は 特に 女子 に のみ 期待 す べき もの で なくて 、 人間 全体 に 共通 し て 欠く こと の 出来 ない 人間性 そのもの です 。
 42それ を 備え て いる こと は 「 女らしさ 」 で も なけれ ば 「 男らしさ 」 で も なく 「 人間らしさ 」 と いう べき もの で ある と 思い ます 。
 43人間性 は 男女 の 性別 に由って 差異 を 生ずる 性質 の もの で ない の です から 、 もし これ を 失う 者 が あれ ば 「 人間らしく ない 」 と し て 、 男女 にかかわらず 批難 し て 宜しい 。
 44しかるに 従来 は 男子 に対して それ が 寛仮《かんか》 さ れ 、 女子 に対して のみ 「 女らしく ない 」 という 言葉 を以て 峻厳 に 批難 さ れ て 来 た の は 偏頗《へんぱ》 極まる こと だ と 思い ます 。
 45我 国 の 男子 の 中 に は 、 まだ この 点 を 反省 し ない 人たち が あっ て 、 いわゆる 豪傑風 を 気取っ た 前代 の 男子 の 悪習 を 保存 し 、 自分自身 は 粗野 な 言動 を 慎ま ない のみ なら ず 、 その 醜さ を かえって 得意 と し ながら 、 唯だ 女子 に ばかり 、 愛 と 、 優雅 と 、 つつましやかさ と を 要求 し ます 。
 46しかし 無情 、 冷酷 、 生意気 、 半可通 、 不作法 、 粗野 、 軽佻 等 の 欠点 は 、 男子 において も 許し がたい 欠点 で ある こと を 思わ ね ば なり ませ ん 。
 47これ を 女 に ばかり 責める の は 、 性的玩弄物《がんろうぶつ》 として 、 炊事器械 として 、 都合 の 好い よう に 、 女子 を 柔順無気力 な 位地 に 退化 せ しめ て 置く 男子 の 我儘《わがまま》 から で ある と いわ れ て も 仕方がない でしょう 。
 48以上 の よう に 考察 し て くる と 、 論者 の いう よう に 、 女子 に 特有 し て 、 それ が 人間的価値 の 最高標準 と なる べき 「 女らしさ 」 という もの は 終《つい》に 存在 し ない こと に なり ます 。
 49論者 が 「 女らしさ 」 と いっ て いる もの は 、 或 物 は 、 一地方的 の もの で あり 、 時 に由って 変化 する もの で あっ て 、 決して 私たち の 生活 を 支配 する よう な 権威 を 持っ て いる もの で なく 、 また 或 物 は 、 女子特有 の もの で なくて 、 人間 全体 に 一貫 し て 備っ て いる 人間性 そのもの で ある こと が 明白 に なり まし た 。
 50人間性 の 内容 は 愛 と 、 優雅 と 、 つつましやかさ と に限らず 、 創造力 と 、 鑑賞力 と 、 なお その 他 の 重要 な 文化能力 を も 含ん で い ます 。
 51そうして この 人間性 は 何人《なんぴと》 に も 備っ て いる の です が 、 これ を 出来るだけ 円満 に 引出す もの は 教育 と 労働 です 。
 52その ため に は 、 一般 の 人間 に 高等教育 を 受ける こと の 自由 と 、 併せて あらゆる 職業 の 中 から 、 自己 に 適し た 職業 を 選ん だ 労働 に 就く こと の 自由 と を 享有 せ しめ ね ば なり ませ ん 。
 53しかるに 、 論者 が 、 女子 に対して 高等教育 を 拒み 、 労働区域 の 制限 を 固守 し よう と する の は 、 全く 理由 の ない こと だ と 思い ます 。
 54男子 において は 人間性 の 啓発 と なる 教育 と 労働 と が 、 女子 において は 反対 に 「 人間らしさ 」 を 失わ しめる 結果 に なろ う と は 考え られ ない こと です 。
 55論者 は これ に対して 、 現在 の 女教師 や 、 女学生 や 、 女流文人 や 、 職業婦人 や に 共通 する 半可通的 な 、 軽佻 な 、 生意気 な 、 あるいは 粗野 な 習気 を 挙げ て 、 その 自説 を 弁護 し よう と する かも知れません が 、 私 は 、 かえって それ こそ 論者 の 意見 を 顛覆 さ せる もの だ と 思い ます 。
 56現在 の それら の 女子 に 人間性 の 不足 し て いる と 見える の は 、 私 も 同感 です が 、 それ は 畢竟《ひっきょう》 それら の 女子 に 人間らしい 教育 が 余りに 尠《すくな》く しか 授け て なく 、 また それら の 女子 に 人間らしい 労働 が 余りに 狭く しか 許し て ない から です 。
 57男子 と 同じ 程度 の 教育 を 授ける と共に 、 男子 と 同じ 位 の 責任 ある 位地 に 立た せ て 、 その 手腕 を 振える だけ の 職業 に 就く こと の 自由 を 女子 に 許し て 御覧 なさい 。
 58そうして 、 少くとも 明治 以来 男子 に 与え て 来 た だけ の 激励 と 設備 と 年月 と を 女子 に 与え て 御覧 なさい 。
 59日本 の 女子 が その 内 に 潜在 する 人間性 を 発揚 し て 驚く べき 飛躍 を 示す こと は 、 決して 欧米 の 女子 に 劣る もの で なかろ う と 思い ます 。
 60男子 にしても 中学時代 が 一番 生意気盛り の もの で ある 通り 、 今日 の 婦人 に 軽佻 と も 粗野 と も 見える 言動 の ある の は 、 男子 の 中学卒業 に も 当ら ない よう な 貧しい 程度 の 教育 で 、 その 人間性 の 陶冶《とうや》 が 打切っ て ある から です 。
 61女子 の 職業範囲 が 少し ずつ 広がっ て 行く といっても 、 まだ 女子 は 小学 の 校長 に さえ なれ ない の です 。
 62何処 へ 行っ て も 、 女性 で ある という 理由 だけ で 男子 の 隷属者 と なり 、 実力 の 優れ て いる 場合 に も 、 詰らない 男子 の 下風 に 立た せ られ て いる という 有様 です から 、 女子 自ら その 人間性 を 鍛え 出す 機会 を も 失っ て いる の です 。
 63論者 は また 言う でしょう 、
 64子供 を 生み かつ 育てる こと は 女子 で なくて は 出来 ない 。
 65従って 「 女らしさ 」 の 主要条件 は 母 と なる こと で ある 。
 66しかるに 女子解放運動 は 、 女子 を して その 母性 を 失わ しめる から 宜《よろし》く ない 。
 67新しい 女子 は 母 たる こと を 回避 する と 。
 68私 は これ に対して も 、 その 母 と なる という こと が 「 女らしさ 」 という 言葉 で 尽す べき もの で ない こと を 述べ て 、 第一 に 訂正 し たい と 思い ます 。
 69如何に も 、 女子 で なけれ ば 妊娠 する こと の 出来 ない の は 事実 です が 、 これ が ため に 生殖 の こと は 女子 の 独占 で ある と 思っ て は 間違い です 。
 70妊娠 という こと が 男子 の 協力 に 待た ね ば なら ない の を 初め と し て 、 子供 を 養育 する に も 、 教育 する に も 、 父 と 母 と の 両者 の 愛 、 両者 の 聡明 、 両者 の 労力 を 合せる こと が 必要 です 。
 71従来 は 余りに 父性 が 等閑 に さ れ て い まし た から 、 母性 に 不当 の 重荷 を 課し て 、 生殖生活 は 女子 のみ の 任務 の よう に 誤解 し て 来 まし た が 、 この 事 も また 男女 に 共通 し た 「 人間的活動 」 です 。
 72形 に 現れ た 所 の 相異 を 見 て 、 男子 に は 軽微 で 、 女子 に は 重大 な 任務 で ある と 速断 し て なり ませ ん 。
 73人 の 親 に なる こと は 、 両者 に取って 共 に 重大 な 任務 で ある の です 。
 74従って 生殖 の 生活 を 母性 に のみ 帰し て しまっ て 、 「 女らしさ 」 の 主要条件 と する の は 不当 です 、
 75形 と 作用 の 上 において 父 と 母 と に 分れ て い て も 、 親 として の 精神 は 男女 同一 で あっ て 、 ひとしく 人間性 の 表現 です から 、 一方 に 偏し た 「 女らしさ 」 という 言葉 を以て 評価 す べき で なく 、 両者 を 統一 し た 「 人間性 の 表現 」 もしくは 「 人間的活動 」 という 言葉 を以て 称す べき もの と 思い ます 。
 76次 に 女子解放運動 が 、 女子 を して 、 その 母性 を 失わ しめる と 論じる の も 理由 の ない こと で 、 事実 を 離れ た 、 一種 の 杞憂《きゆう》 です 。
 77それ は 女子 が 数千 年 来 の 奴隷的位地 を 脱し て 、 独立 し た 一 個 の 人格 として 、 あらゆる 「 人間的活動 」 を 完成 し よう と する 自己改革 の 運動 です から 、 生殖 の 生活 に対して も 、 これ を 回避 する どころか 、 反対 に 、 愛 と 聡明 と 勇気 と に 満ち た 、 より 完全 な 母 と なる こと を 熱望 し て いる の です 。
 78論者 は 「 母性 を 失う 」 という よう な 言葉 を 無思慮 に 用い られる よう です けれども 、 親 と なる こと の 欲求 は 、 固《もと》より 人間 の 内部 に 備っ て いる 最も 強烈 な 本能 の 一 つ です 。
 79即ち 人間性 の 内容 として 重要 な 位地 を 占め て いる もの です 。
 80それ が どうして 人間 の 力 で 失わ れ よう 。
 81教育 の 進歩 に由って 、 唯だ 益々 それ が 動物的 の 親性 から 人間的 の 親性 へ 醇化《じゅんか》 さ れ て 行く ばかり です 。
 82現代 の 父母 が 如何に 前代 に 比べ て 、 その 子 に対する 愛 が 進化 し て いる か は 、 何人 に も 領解 さ れる こと で あろ う と 思い ます 。
 83しかも また 、 論者 に 注意 し たい こと は 、 人間 は 必ずしも 人 の 親 に なる と も 定まっ て い ない という こと です 。
 84また 、 大多数 の 男女 が 親 に なる として も 、 その 子供 を 必ず 育て 得る もの と も 定まら ね ば 、 その 子供 が 必ず 育ち 得る もの と 限っ て い ない という こと です 。
 85もし 女子 が 母 と なら ない ため に 「 女らしさ 」 を 失う と いう なら 、 男子 も 父 と なら ない ため 「 男らしさ 」 を 失う と いわ ね ば なら ない でしょう 。
 86世間 に は 先天的 もしくは 後天的 の いろいろ の 事情 に由って 、 結婚 を せ ず 、 結婚 を し て も 子供 を 生ま ない 男女 が あり ます 。
 87既に 述べ まし た よう に 、 人間性 の 中 に は 親 と なる こと の 熱烈 な 本能 を 所蔵 し て い ます 。
 88高度 の 教育 に由って 人間性 を 精錬 さ れ た 男女 は 、 最も 理想的 な 父母 と なる こと を 意欲 し ない で 置き ませ ん 。
 89これ を 抑制 し 、 または 回避 する よう な 不良 な 傾向 が ある なら 、 それ は 唯だ 一 つ の 理由 、 即ち 社会 の 経済的分配 が 法外 な 不公平 を 示し て 、 過度 の 労働 の 下 に 生産 し た 物質価値 の 大部分 を 資本階級 に由って 搾取 さ れ て しまっ た 後 の 私たち 無産階級 の 生活 が 、 子供 を 育てる どころか 、 結婚 を する に も 甚だしく 不適当 で ある という 理由 に 帰する 外 は あり ませ ん 。
 90現に 結婚難 は 都鄙《とひ》 の 別 なく 年 を 追う て 我 国 に も 増大 し て 行き ます 。
 91病人 と 不具者 と で ない 限り 、 誰 も 好ん で 老嬢 と なる 者 は あり ませ ん が 、 今日 は 多数 の 男子 が 一身 の 物質生活 に さえ 欠乏 し て い て 、 その うえ 妻子 を 扶養 する 経済的負担 の 苦痛 を 重ねる の に 忍びない で 、 やむをえず 結婚 を 回避 し て いる 有様 です から 、 女子解放運動 が 母性 を 失わ しめる という よう な 批難 は 全く 見当違い です 。
 92また 万人 に 結婚 の 可能 な 新社会 が 出現 し た からといって 、 人間 は 必ずしも 結婚 し て 親 と なら ね ば なら ない という 事 は なかろ う と 思い ます 。
 93「 人間的活動 」 の 領域 は 濶大《かつだい》 さ れ 、 それ に 参加 する 自由 と 機会 と を 万人 が 保障 さ れ て いる 社会 に 、 男 も 女 も 、 適材 を以て 適処 に 就く の が 宜しい 。
 94殊に 私たち の 期待 し て いる 新社会 で は 、 恋愛 が 結婚 の 基礎 に なり ます から 、 恋愛 の 対象 を 発見 し ない 限り 生殖生活 から 遠ざかる 男女 を 生じる の も 当然 です 。
 95しかし 男女交際 の 自由 な 新社会 で は 、 恋愛 の 対象 を 慎重 に 選択 する 機会 も 多く 、 実際 の 生殖生活 から 遠ざかる 男女 は 極めて 尠《すくな》い こと であろう と 想像 し ます 。
 96社会 に は また 、 昔 から 、 或 種 の 活動 に 専心 し て 、 わざと 家庭 を 作ら ない 男女 も あり ます 。
 97何事 も 個人 の 自由意志 に 任す べき もの です から 、 そういう 人たち に 生殖生活 を 強要 する こと も 出来 ませ ん 。
 98その 人たち は 、 家庭 の 楽み 以上 に 、 自己 の 専門的生活 を 評価 し て いる の です 。
 99それでこそ 、 その 人たち の 人間性 が 完全 に 表現 さ れ も する の です 。
 100世界人類 の 中 に 、 そういう 人たち の 貢献 が ある ので 、 昔 も 今 も 、 どれ だけ 文化行程 の 飛躍 を 示し た か 知れ ませ ん 。
 101私 は 、 人類 の 中 に そういう 人たち の まじっ て いる こと を 例外 と せ ず 、 望ましい 配剤 として 、 肯定 し たい と 思い ます 。
 102以上 は 甚だ 粗雑 な 考察 ながら 、 私 は これ によって 、 論者 の いう よう な 「 女らしさ 」 という もの が 特に 女子 の 上 に 存在 し ない という こと を 突き詰め て 知る こと が 出来 まし た 。
 103「 女らしさ 」 という もの は 、 要するに 私 の いわゆる 「 人間性 」 に 吸収 し 還元 さ れ て しまう もの です 。
 104女子 に 特有 し て 、 女子 を 男子 から 分化 し 、 女子 のみ の 生活 という もの を 基礎づける 第一 原理 と なり 、 最高 の 価値標準 と なる もの で ない こと が 明白 に なり まし た 。
 105「 女らしさ 」 という 言葉 から 解放 さ れる こと は 、 女子 が 機械性 から 人間性 に 目覚める こと です 。
 106人形 から 人間 に 帰る こと です 。
 107もし これ を 論者 が 「 女子 の 中性化 」 と 呼ぶ なら 、 私たち は むしろ それ を 名誉 として 甘受 し て も 好い と 思い ます 。
 108「 女らしくない 」 という 一 語 が 、 昔 から 、 どれ だけ 女子 の 活動 を 圧制 し て 来 た か 知れ ませ ん 。
 109習慣 という もの は 根強い もの で 、 今 で も 「 女らしく ない 」 と いわ れる と 、 一部 の 女子 は 蛇 でも 投げつけ られ た よう に ぎょっと し て 身 を 縮め ます 。
 110しかし 現代 の 女子 の 大多数 は 最早 「 女らしく ない 」 という 言葉 くらい に 恐れ ませ ん 。
 111それ は もっと 恐ろしい 言葉 の ある こと を 直感 し て いる から です 。
 112即ち 「 人間らしくない 」 という 言葉 に由って 表現 さ れる 人間性 の 破滅 が 、 何より も 現代人 に取って 恐ろしい もの で ある こと を 思わ ずに い られ ない から です 。
 113( 一九二一 年 一 月 )