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Context for book_excerpt-52

title:Umezawa Takeshi zenshuu
date:2001
source:Umezawa Takeshi. (2001). Umezawa Takeshi zenshuu. Shogakkan.
genre:bookpublished book


 1地ひびき 立て て うち倒れる 、 体 の 上 に 物の具 が からから 鳴っ た 。
 2また イードメネウス は 、 バイストス を 殪し た 、
 3マーイオネス の 族 なる ボーロス の 息子 で もっ て 、 土塊 の 沃え た タルネー から やって来 た 者 、 この 男 を 槍 に 名 を 得 た イードメネウス が 、 長柄 の 槍 で 馬車 に いま 乗ろ う という の を 、 右肩 を つき刺し た ので 、 乗物 から 倒れ て 落ちる 、 その 人 を 、 おぞましい 闇 が おっとりこめ た 。
 4( 中略 )
 5その 男 を メーリオネース が 、 追い掛け て ゆき 追いつい た とき 、 右側 の 尻 を ぐさりと 突け ば 、 その まま ずっぷり 貫きとおし て 、 まっすぐ に 膀胱 の 辺 へ 骨 を くぐっ て 穂先 が 出 た のに 、 一声 喚い て 膝 を 突く なり 倒れ た 彼 を 、 死 が すっかり 包ん で しまっ た 。
 6( 中略 )
 7こう 言い ながら ( 槍 を ) 抛っ た 、
 8その 投槍 を アテーネー が 眼 の わき の 、 鼻筋 へ と 導き 、 白い 歯並 を つきとおさ せ た 。
 9それから 舌 を 、 磨り減ら ない 青銅 が 根本 から すっぽり 断ち切り 、 その 鋩 は 顎 の 底 の わき から 外 へ つき出 た のに 、 戦車 から 倒れ て 落ちれ ば 、 身体 の 上 に 物の具 が からから 鳴っ た 、 きらきら と 輝やき 渡っ て 。
 10また 足 の 疾い 馬 さえ 傍 へ 恐れ て 退れ ば 、 その まま 其処 に 、 彼 の 魂 も 意気 も くずおれ去っ た 。
 11( 『 イーリアス 』 第五 書 )
 12先 に いっ た よう に 、 ホメロス に は 、 「 アイヌユーカㇻ 」 と 同じ よう に 、 残酷 な 死 の 場面 の 描写 が 多い 。
 13戦闘 の 場面 の 描写 は 、 近代人 から 見る と あまり に 残酷 、 あまり に 凄惨 で ある 。
 14これ で も か 、 これ で も か という ところ が あり 、 ちょっと つい て ゆけ ない 。
 15この 点 は 共通 で ある が 、 ユーカㇻ と ホメロス の 「 死 」 の 考え方 は 根本 において 異なる 。
 16ユーカㇻ で は 、 その 肉体 は 滅び て も 、 その 魂 は 肉体 を 離れ て 天上 に 行く 。
 17ユーカㇻ で は 、 人 が 死ぬ と 「 魂 が 昇天 する 音 」 が 聞こえ た とか 、 東 に 昇天 し た 魂 は 再生可能 で ある が 、 西 に 昇天 し た 魂 は 再び この 地上 に もどる こと は でき ない 、 など という 話 が 語ら れ て いる 。
 18しかし ホメロス で は 魂 は 昇天 し ない 。
 19英雄 を 襲う の は 、 黒々 と し た 死 の 闇 で ある 。
 20この 点 が 、 アイヌ や 沖縄 や 古代 の 日本 の 信仰 と も 異なる の で ある 。
 21ヘシオドス が 歌う よう に 、 人間 は 金 の 時代 、 銀 の 時代 、 青銅 の 時代 を 経 て 鉄 の 時代 に き た の で ある 。
 22鉄 の 時代 に き た 人間 は 昇天 する こと が でき ない 。
 23そこ で 、 天上 と は ちがっ た 別 の 異界 へ 行く の で ある 。
 24この よう に 見 て みる と 、 人類 の 長い 精神史 の 中 で 、 ギリシア思想 の 立つ 位置 が よく わかる 。
 25私 は 、 ホメロス は 一 つ の 神々 の 黄昏 の 時代 の 文学 で は ない か と 思う 。
 26神々 は とっく の 昔 に 仲間割れ し て 、 統一 を 失っ て い た 。
 27ゼウス が 神々 の 王 で ある はず な のに 、 ゼウス は すでに 神々 の 王 として の 統率力 を 失っ て い た 。
 28神々 の 世界 に は アナーキズム が 広がっ て い た 。
 29そして 神々 は 相互 に 戦い 、 人間 も 互い に 相争わ せ た 。
 30そして その うえ 、 神々 は 人間 と も 戦い 、 ついに 神々 の 中 に は 、 人間 に 負け 、 人間 に 傷つけ られる もの すら あっ た 。
 31それゆえ 、 たとえ 神々 が 不死 という 、 人間 に は 与え られ ない 特性 を 持つ にせよ 、 そういう 有様 で は 、 人間 の 神々 にたいする 尊敬 を 失う の は 当然 で あっ た 。
 32まさに 、 神々 は 神々 の 尊さ を 失お う と し て い た 。
 33それ に 人間たち も 、 天上 へ の 翼 を 失っ て い た の で ある 。
 34人間 の 魂 は 、 もう 、 死 とともに 肉体 を 離れ て 天上 へ 飛翔 せ ず 、 地下 の 闇 の 国 へ 行く という 定め で あっ た 。
 35この 二 点 において 、 ホメロス に あらわさ れ た 古代ギリシア の 信仰 は 、 古代日本 の 信仰 と 根本的 に 異なる 。
 36神 が 神 として の 力 を 失う とともに 、 人間 は 天 へ 昇る 力 を 失っ て しまっ た の で ある 。
 37とすれば 、 人間 は どこ へ 行く の か 。
 38それ を 明らか に する の が 、 『 オデュッセイアー 』 で 描か れる オデュッセウス の 異境めぐり の 話 で ある 。