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title:Article from Japanese-English Bilingual Corpus of Wikipedia's Kyoto Articles (Version 2.01)
date:2011/01/13
source:CLT_00003.xml (Available from https://alaginrc.nict.go.jp/WikiCorpus/index.html).
genre:wikipedia
subcorpus:wikipedia Kyoto
terms of use:Creative Commons Attribution-Share-Alike License 3.0


 1四神相応
 2四神相応 ( しじんそうおう ) は 、 中国 ・ 朝鮮 ・ 日本 において 、 天 の 四 方 の 方角 を 司る 「 四神 」 の 存在 に 最も ふさわしい と 伝統的 に 信じ られ て き た 地勢 や 地相 の こと を いう 。
 3四地相応 と も いう 。
 4なお 四神 に 中央 に 「 黄龍 」 ( おうりゅう ) 、 あるいは 麒麟 を 加え た もの が 「 五神 」 ( ごじん ) と 呼ば れ て いる 。
 5ただし 現代 で は 、 その 四神 と 現実 の 地形 と の 対応付け について 、 中国 や 韓国 ・ 朝鮮 と 日本 で は 大きく 異なっ て いる 。
 6中国 ・ 朝鮮
 7中国 や 朝鮮 で の 風水 における 四神相応 は 、 背後 に 山 、 前方 に 海 、 湖沼 、 河川 の 水 ( すい ) が 配置 さ れ て いる 背山臨水 の 地 を 、 左右 から 砂 ( さ ) と 呼ば れる 丘陵 もしくは 背後 の 山 よりも 低い 山 で 囲む こと で 蔵風聚水 ( 風 を 蓄え 水 を 集める ) の 形態 と なっ て いる もの を いう 。
 8この 場合 の 四神 は 、 背後 の 山 が 玄武 、 前方 の 水 が 朱雀 、 玄武 を 背 に し て 左側 の 砂 が 青龍 、 右側 が 白虎 で ある 。
 9日本 の 京都 において も 、 北 の 丹沢山地 を 玄武 、 東 の 左大文字山 を 青龍砂 、 西 の 嵐山 を 白虎砂 、 南 に あっ た 巨椋池 を 朱雀 と する 対応付け が 可能 で 、 標準的 な 風水 の 観点 から 正しく 京都 は 四神相応 の 地 で あっ た 。
 10ただし 巨椋池 が 完全 に 埋め立て られ て しまっ た ため に 、 京都 の 四神相応 は 破壊 さ れ て いる 。
 11なお かつて 朱雀大路 を 見通す こと の でき た 船岡山 は 、 玄武 と する に は 小規模 で ある 。
 12標準的 な 風水 の 観点 で は 、 船岡山 を 玄武 を 伝っ て やってくる 山龍 が 目指す 星峰 と 解釈 し て いる 。
 13日本
 14現代 の 日本 で は 次表 の よう な 、 四神 を 「 山川道澤 」 に 対応 さ せる 解釈 が 一般 に 流布 し て いる 。
 15しかし 、 この 対応付け は 古来 から 定まっ て い た という わけ で は ない 。
 16しかし 『 作庭記 』 自体 に は 平安京 について の 言及 は なく 、 ましてや 山川道澤 の 具体的地名 など は まったく 記さ れ て い ない 。
 17その ため 、 同説 が 8 世紀 後葉 に 建設 さ れ た 平安京 選地 の 思想的背景 で ある との 前提 に 立っ た 主張 について は 裏付け が ない こと に 注意 が 必要 で ある 。
 18さらに 、 平安京 で うまく 行っ た と さ れる 山川道澤 と の 対応付け は 、 江戸時代以降 に 主張 さ れる よう に なっ た もの で あり 、 それ が 一般的 な 解釈 と さ れる よう に なっ た の は ようやく 明治時代 に なっ て から で ある 。
 19つまり 、 江戸時代以前 の 都市デザイン が 四神相応 と なる よう に 設計 さ れ て い て も 、 その 四神 が 山川道澤 で ある と は 考え にくい 。
 20平城京 の 立地 は 、 平安京 で 説か れる よう な 山川道澤 に は あてはまら ない 。
 21しかし それ を 四神相応 と する 以上 、 奈良時代 に は 別 の 解釈 が とら れ て い た こと に なる 。
 22『 柳営秘鑑 』 の 著者 で ある 菊池弥門 にとって 、 江戸城 は 四神相応 の 地 に 建設 さ れ た 城郭 で ある 。
 23さらに 言え ば 、 姫路城 や 福山城 ( 備後国 ) 、 熊本城 など を 「 山川道澤 」 の 四神相応 と する もの 同様 に 後世 に 創ら れ た 解釈 で ある 。
 24『 金城温古録 』 で 語ら れ て いる 四神相応 も また 「 山川道澤 」 で は ない 。
 25また 古代中国 の 風水 で は 特定 の 方位 について 固定 し た 吉凶 を とる 考え は なく 、 鬼門 ・ 裏鬼門 を 忌む の は 日本独自 の 考え方 で ある 。
 26そういう 点 で 『 竈門山旧記 』 を 根拠 と し て 、 竈門神社 が 大宰府 の 鬼門 を 護る ため に 大宰府建設時 に 創建 さ れ た という 記述 から 、 大宰府 が 風水 に 則っ て 作ら れ た と する 説 は 問題 が 多い 。
 27この よう に 四神相応 の 解釈 は 古代 から 近世 にかけて 変化 し て いき 、 古代中国 の 風水 と は 異なる 独自 の もの で あっ た と 考え られる 。
 28現代 に 残る 四神相応 の 例