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title:Article from Japanese-English Bilingual Corpus of Wikipedia's Kyoto Articles (Version 2.01)
date:2011/01/13
source:BDS_00002.xml (Available from https://alaginrc.nict.go.jp/WikiCorpus/index.html).
genre:wikipedia
subcorpus:wikipedia Kyoto
terms of use:Creative Commons Attribution-Share-Alike License 3.0

 1臨済宗
 2臨済宗 ( 臨濟宗 、 りんざいしゅう ) は 、 中国禅五家七宗 ( ごけしちしゅう ) ( 臨済 、 潙仰宗 、 曹洞宗 、 雲門宗 、 法眼宗 ) の ひと つ で 、 唐 の 臨済義玄 ( ?-867 年 ) を 宗祖 と する 。
 3彼 は 『 喝の臨済 』 『 臨済将軍 』 の 異名 で 知ら れ 、 豪放 な 家風 を 特徴 と し て 中国禅興隆 の 頂点 を 極め た 。
 4公案 に 参究 する こと により 見性 し よう と する 看話禅 ( かんなぜん ) で 、 ただ 座禅 する 曹洞宗 の 黙照禅 と は この 点 が 異なる 。
 5中国 における 臨済宗
 6臨済宗 は 、 その 名 の 通り 、 会昌 の 廃仏後 、 唐末 の 宗祖 臨済義玄 に 始まる 。
 7臨済 は 黄檗希運 の 弟子 で あり 、 河北省 の 地 を 拠点 と し 、 新興 の 藩鎮勢力 で あっ た 成徳府藩鎮 の 王常侍 を 支持基盤 と し て 宗勢 を 伸張 し た が 、 唐末 五 代 の 混乱 し た 時期 に は 、 河北 は 5 王朝 を 中心 に 混乱 し た 地域 で あっ た ため 、 宗勢 が 振るわ なく なる 。
 8この 時期 の 中心人物 は 、 風穴延昭 で ある 。
 9臨済宗 が 再び 活気 に 満ち溢れる よう に なる の は 、 北宋代 で あり 、 石霜楚円 の 門下 より 、 とも に 江西省 を 出自 と する 、 黄龍慧南 と 楊岐方会 という 、 臨済宗 の 主流 と なる 2 派 ( 黄龍派 ・ 楊岐派 ) を 生む 傑僧 が 出 て 、 中国 全土 を 席巻 する こと と なっ た 。
 10南宋代 に なる と 、 楊岐派 に 属する 圜悟克勤 の 弟子 の 大慧宗杲 が 、 浙江省 を 拠点 と し て 大慧派 を 形成 し 、 臨済宗 の 中 の 主流派 と なっ た 。
 11日本 における 臨済宗
 12宗門 で は 、 ゴータマ・シッダッタ の 教え ( 悟り ) を 直接 に 受け継い だ 十 大 弟子 ( 迦葉 ) から 28 代目 の ボーディダルマ ( 菩提達磨 ) を 得 て インド から 中国 に 伝え られ た 、 という こと に なっ て いる 。
 13その 後 、 禅宗 の 最高峰 を 極め た 臨済宗 は 、 南宋時代 の 中国 に 渡り 学ん だ 栄西ら によって 、 鎌倉時代 に 日本 に 伝え られ て いる 。
 14日本 の 臨済宗 は 、 日本 の 禅 の 宗派 の ひと つ で ある 。
 15師 から 弟子 へ の 悟り の 伝達 ( 法嗣 、 はっす ) を 重んじる 。
 16釈迦 を 本師釈迦如来大和尚 と 、 ボーディダルマ を 初祖菩提達磨大師 、 臨済 を 宗祖臨済大師 と 呼ぶ 。
 17同じ 禅宗 の 曹洞宗 が 地方豪族 や 一般民衆 に 広まっ た の に対し 、 臨済宗 は 時 の 武家政権 に 支持 さ れ 、 政治 ・ 文化 に 重んじ られ た 。
 18その 後 時代 を 下り 、 江戸時代 に 白隠禅師 によって 臨済宗 が 再建 さ れ た ため 、 現在 の 臨済禅 は 白隠禅 と も いわ れ て いる 。
 19伝統
 20法嗣 という 師匠 から 弟子 へ と 悟り の 伝達 が 続き 現在 に 至る 。
 21師匠 と 弟子 の 重要 な やりとり は 、 室内 の 秘密 と 呼ば れ 師匠 の 部屋 の 中 から 持ち出さ れ て 公開 さ れる こと は ない 。
 22師匠 と 弟子 の やりとり や 、 師匠 の 振舞 を 記録 し た 禅語録 から 、 抜き出し た もの が 公案 ( 判例 ) と よば れ 、 宋代 から さまざま な 集成 が 編ま れ て き た が 、 悟り は 言葉 で は 伝え られる もの で は なく 、 現代人 の 文章理解 で 読も う と する と 公案 自体 が 拒絶 する 。
 23しかし 、 悟り に 導く ヒント に なる ことがら の 記録 で あり 、 禅 の 典籍 は その 創立 時 から 現在 に 至る まで 非常 に 多い 。
 24それ とともに 宋代以降 、 禅宗 は 看話禅 ( かんなぜん ) という 、 禅語録 を 教材 に 老師 が 提要 を 講義 する ( 提唱 と いう ) スタイル に 変わり 、 臨済 を 初め と する 唐代 の 祖師たち の 威容 は 見 られ なく なっ た 。
 25師匠 が 肉体 を 去る とき に は 少なくとも 跡継ぎ を 選ん で 行く が 、 跡継ぎ は 必ずしも 悟り を 開い て いる と は 限ら ず 、 その 事 は 師匠 と その 弟子 だけ が 知っ て いる 。
 26新しい 師匠 が 悟り を 開い て い なく とも 、 悟り を 開い て い た 師匠 の 時代 から 数 世代 の 間 で あれ ば 、 世代 を 越え て 弟子 が 悟り を 開く こと は 可能 な ため 、 その 様 な 手段 が 取ら れる 。
 27師匠 は 、 ひとり だけ で は なく 複数 の 師匠 を 残し て 行く こと も あれ ば 、 師匠 の 判断 で 跡 を 嗣ぐ 師匠 を 残さ ずに その 流れ が 終わる こと も ある 。
 28いく つ も の 支流 に 分かれ 、 ある 流れ は 消え て 行き 、 その 流れ の いく つ か が 7 世紀 から 現在 まで 伝わっ て いる 。
 29悟り
 30一般 に 禅宗 は 知識 で は なく 、 悟り を 重んじる 。
 31禅宗 における 悟り とは 、 生きる もの 全て が 本来 持っ て いる 本性 で ある 仏性 に 気付く こと を 言う 。
 32この ため 、 唐代 の 祖師たち は 苦闘 を 重ね ながら 悟っ て き た の で ある 。
 33しかし 宋代以降 、 悟り を 得る ため の 多く の 技法 が 考案 さ れ て き た 。
 34坐禅 ( 瞑想 と は 異なる ) 、 公案 ( 知的 な 理解 を 超え た 話 を 理解 する こと ) 、 読経 ( お教 を 読む こと ) 、 作務 ( 普段 の 作業 ) など の 修行 を 既に 悟り を 得 た 禅師 の 元 で する こと で 、 悟り が 得 られる よう に メソッド化 さ れ て き た 。
 35悟り は 、 ロウソク の 火 が 、 消え て いる ロウソク に 伝わる よう に ( 伝灯 ) 、 師 から 弟子 へ と 伝わる と さ れる 。
 36それ は 言葉 ( ロゴス ) による 伝達 で は ない 。
 37それゆえ に 正しい 禅師 を 選ぶ こと が 肝心 と さ れる 。
 38それ は 悟り を 得 て いる 事 だけ で は なく 、 自分 の 個性 に 適合 し て いる 禅師 を 選ぶ という 意味 も ある 。
 39しかしながら 、 悟り を 得 た 禅師 が 指導 し て 悟ら せる の で は ない 。
 40師 を 持た ずに 悟り を 得 た ゴータマ・シッダッタ ( 仏陀 、 釈尊 ) を 持ち出す までも なく 、 唐代 の 祖師たち は 、 師匠 から 教わっ て 悟っ た の で は ない の で ある 。
 41悟り を 言葉 により 定義 する こと は 出来 ない が 、 言葉 を始めとして いろいろ な 方法 で 悟り の 境地 を 表現 する こと は できる 。
 42その ため 特に 日本 に 伝わっ た 後 、 詩 や 絵画 を 始め と し た 芸術的 な 表現 の 上 に 悟り が 表現 さ れ て おり 、 その 香り を 味わう こと が できる 。
 43芸術 以外 に も 、 茶道 や 華道 を 始め と し た 振舞い など に も 表現 さ れ て おり 、 振舞い を たどる こと によって 、 悟り の 世界 を 味わう という 手段 も 生まれ て いる 。
 44それ は 知的 な 理解 で は ない 。
 45公案体系
 46宋代以降 公案体系 が まとめ られ 、 擬似的 かも しれ ない が 更に 多く の 悟り を 起こす こと を 可能 に し た 。
 47公案 とは 、 主に 師 と 弟子 の 間 の 会話 で 構成 さ れ 、 弟子 が 悟り を 得る 瞬間 の 事実 を 伝える 話 が 多い 。
 48また 公案 とは 論理的 、 知的論理的 、 知的 な 理解 を 受け付ける 事 が 出来 ない 、 論理 を 超え た 話 で あり 、 考える こと で は なく 、 公案 に なり 切る こと を通して のみ 知る こと が できる 。
 49これら の 公案 を 弟子 を 導く 手順 として まとめ た の が 公案体系 で あり 、 500 から 1900 の 公案 により 構成 さ れる 。
 50公案体系 は 師 の 家風 によって 異なる 。
 51初期 に 与え られる 公案 の 例 :
 52「 犬 に 仏性 は あり ます か ? 」
 53「 無 ( む ) 」
 54この 背景 に は 、 仏教 で は 誰 でも 知っ て いる 「 全て の 生き物 は 仏性 を 持っ て いる 」 という 知識 が ある 。
 55「 片手 の 拍手 の 音 」
 56弟子 は 片手 で する 拍手 の 音 を 聞い て それ を 師匠 に 示さ なけれ ば なら ない 。
 57知的 な 理解 で は 片手 で は 拍手 は でき ず 音 は し ない 。
 58宗派
 59建仁寺派
 601202 年 ( 建仁 2 年 ) 、 中国 ・ 南宋 に 渡っ て 帰国 し た 栄西 により 始まる 。
 61栄西 は 最初 に 禅 の 伝統 を 日本 に 伝え た 。
 62大本山 は 、 京都 の 建仁寺 。
 63建仁寺 は 日本最古 の 禅寺 で ある 。
 64東福寺派
 651236 年 、 宋 に 渡り 帰国 し た 円爾 ( 弁円 ) により 京都 で 始まる 。
 66本山 は 、 京都 の 東福寺 。
 67戦国時代 、 毛利家 の 外交僧 として 活躍 し た 安国寺恵瓊 は この 宗派 。
 68建長寺派
 691253 年 、 鎌倉幕府 五 代 執権 ・ 北条時頼 が 中国 ・ 南宋 から 招い た 蘭渓道隆 により 始まる 。
 70本山 は 、 蘭渓道隆 が 開山 し た 鎌倉 の 建長寺 。
 71建長寺 は 日本 で 初めて 純粋 な 禅 の 道場 が 開か れ た 日本 で 最初 の 禅寺 で 、 一時 は 1000 人 以上 の 禅僧 が 修行 を し て い た 。
 72円覚寺派
 731282 年 中国 から 招か れ た 無学祖元 により 鎌倉 で 始まる 。
 74本山 は 、 鎌倉 の 円覚寺 。
 75円覚寺 は 、 無学祖元 から 高峰顕日 ・ 夢窓疎石 へ と 受け継が れ 日本 の 禅 の 中心 と なっ た 時期 も ある 。
 76明治以降 の 有名 な 禅師 は 、 今北洪川 ・ 釈宗演 ・ 朝比奈宗源 。
 77禅 を 西洋 に 紹介 し た 鈴木大拙 は 今北 と 釈宗演 の 両師 の 元 に 在家 の 居士 として 参禅 し た 。
 78また 夏目漱石 も 釈宗演 に 参じ て おり 、 その 経験 は 「 門 」 に 描か れ て いる 。
 79南禅寺派
 801291 年 、 無関普門 により 始まる 。
 81本山 は 、 京都 の 南禅寺 。
 82国泰寺派
 831300 年 頃 、 慈雲妙意 により 始まる 。
 84総本山 は 、 明治時代 に 山岡鉄舟 の 尽力 で 再興 し た 富山県高岡市 に ある 国泰寺 ( 高岡市 ) 。
 85鉄舟開基 の 谷中 の 全生庵 も 国泰寺派 の 名刹 で ある 。
 86大徳寺派
 871315 年 、 宗峰妙超 により 始まる 。
 88本山 は 、 京都 の 大徳寺 。
 89室町時代 に は 応仁の乱 で 荒廃 し た が 、 一休宗純 が 復興 し た 。
 90向嶽寺派
 911327 年 、 抜隊得勝 により 始まる 。
 92本山 は 、 山梨県甲州市 の 向嶽寺 。
 93妙心寺派
 941337 年 、 関山慧玄 により 始まる 。
 95本山 は 、 京都 の 妙心寺 。
 96塔頭寺院 に は 、 桂春院 ・ 春光院 ・ 退蔵院 など が ある 。
 97末寺 3,400余 ヵ寺 を 持つ 臨済宗最大 の 宗派 。
 98天龍寺派
 991339 年 、 夢窓疎石 により 始まる 。
 100本山 は 、 京都嵐山 の 天龍寺 。
 101永源寺派
 1021361 年 寂室元光 により 始まる 。
 103本山 は 、 滋賀県東近江市 に ある 永源寺 ( 東近江市 ) 。
 104末寺 は 、 滋賀県 を 中心 に 約150 ヶ寺 。
 105明治 13 年 ( 1880 年 ) まで は 東福寺派 に 属し た 。
 106方広寺派
 1071384 年 、 無文元選 により 始まる 。
 108本山 は 、 浜松市北区引佐町 の 方広寺 ( 浜松市 ) 。
 109末寺 は 、 静岡県 を 中心 に 約170 ヶ寺 。
 110明治 37 年 ( 1904 年 ) まで は 南禅寺派 に 属し た 。
 111相国寺派
 1121392 年 、 夢窓疎石 により 始まる 。
 113本山 は 、 足利義満 により 建立 さ れ た 京都 の 相国寺 。
 114末寺 は 、 全国 に 約100 ヶ寺 。
 115金閣寺 ・ 銀閣寺 が 属する 。
 116佛通寺派
 1171397 年 、 愚中周及 により 始まる 。
 118本山 は 、 広島県三原市 の 佛通寺
 119末寺 は 、 広島県内 を 中心 に 約50 ヶ寺 。
 120明治 38 年 ( 1905 年 ) まで は 天竜寺派 に 属し た 。
 121関係教育機関
 122花園大学
 123正眼短期大学
 124花園中学校・高等学校